第14話 雑貨屋Candy Box

カラン、カラン。


「うお?」


ドアを開けた拍子に、落ち着いた可愛らしい音色の鐘が鳴った。



「おかえりなさーい」


「どうしたんだ、これ」


谷崎が持っていた段ボール箱をカウンターに置くと、ドアの上にぶら下がってる小さなカワイイ鐘を指さした。


「どう?いいでしょ?レジの下の荷物を整理してたら、あの鐘が出てきたの。ちょうどいいと思ってつけてみたんだ。お客さんが出たり入ったりするのもわかるから、『いらっしゃいませ』も『ありがとうございました』もいいタイミングで言えるでしょ?』


「へぇー。いいじゃん。奥の方にいたら、お客が来てもすぐ気づけない時もあるもんな。これならわかるな。そのレジの下の荷物はよ、オレの知り合いからもらったんだよ。ちょっと前までカフェ経営してた人でさ。だけど、体調崩して店閉めることになって。で、なんか使えるかもしんねーからって、いろいろくれてよ」


「そうだったんだ。なんかオシャレなのがいろいろ入ってた」


「おお、そうか。オレもまだちゃんと見てねーんだけど、他にもなんか使えそうなもんあるかもな。ーーーーっていうか。あれ。もしかして、店の中掃除した?」


谷崎が辺りをキョロキョロ見回して私の方を向いた。



えっへん。


ヤツがいない間、私は店中をピカピカに掃除したんだから。


「もぉ、店長ー。掃除、全然してなかったでしょー。奥の物置にあった掃除用具、新品のままなにも使ってなかったよ。それらを使って、床も棚も全部キレイにしました。販売の仕事の基本は掃除から、ですよ!」


私がふざけて腕組みすると。


「えらいっ!っつーか、ありがとう!おまえ、なかなかやるじゃねーか。いやぁ、やっぱおまえに決めて大正解だったよ。これからもよろしくな、春姫!」


ガバッ。


「うわっ」


谷崎のヤツってば、いきなり外国人がフレンドリーにハグし合うように私にもハグしてきたんだ。


ドッキン、ドッキン。


もぉ!いきなりハグとか、私慣れてませんからっ。


しかも、いきなり『春姫』なんてサラッと下の名前で呼ぶから。


ハグ&いきなり下の名前で、こっちは何気に心臓バクバクしちゃったじゃないかっ。


でも、ヤツはまるでなにも気にせず……というか、まるでお手伝いができた子どもを褒めるかのように、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でたりポンポン叩いたり。


そして。


「おおっ?客も来たのか⁉︎」


数行書き込んである売上表を手に取ると、またもや驚いたように私を見る谷崎。


「うん、来たよ。若い女の子が数人」


「おお……!おまえすげーわ。マジ嬉しいっ」


「それはこの店がカワイイからだよ。外観から目を引くからねー。オシャレだし。それで私もひと目でここが好きになっちゃったからね」


「マジか!」


谷崎ってば大喜び。


表現がストレートで、大人なんだけどちょっと子どもみたい。


でも、私もすごく嬉しい。


まだオープンしたての店だし、場所も賑やかな大通りからちょっと外れたところにあるからお客もまだ少ないけど。


少しずつ口コミとか噂とかで、この店のことが広まってくれればもっとお客も増えると思うんだ。


これからが楽しみだよ。




「ところで春姫。おまえ、今日の夜空いてるか?」


「え?」


「飯でも食いに行くか。無事、店を手伝ってもらうパートナーも決まったことだし。お互いの親睦を深めるという意味合いも兼ねて」


「し、親睦っ?」


「おお、これから仲良く協力して店盛り上げていこう!の親睦会だ」


「あ、ああっ……。だね!」


「あ、おまえ。もしかしてなんか変なこと想像しなかった?若干顔赤いけど」


谷崎がにやっとしながら私の顔を覗き込んできた。


「な、なに言ってんのっ?変なことってなによっ。顔だって赤くなんかないっ。変態っ」


「ひでーな。人を変態呼ばわりするとは。やっぱオレ1人で飯行こう。なに食うかなー。やっぱ焼肉だな」


「え、焼肉っ?行く行く!」


「いや、牛丼にすっかなー」


「やっぱ行かない」


「いや、焼肉かなー」


「行く」


「やっぱ牛丼」


「行かない」


「なんてヤツだ。おらおら」


谷崎がふざけて私のほっぺたをぶにゅーっとした。


そんなぶにゅっとなった私の顔を見て大笑いしてる。


「なにすんだよっ。やめろーっ」


えいっ。


私はすかさず谷崎の脇腹めがけてつんつんチョップ。


「おわっ!やめろってっ」


お店は営業中だというのに、私と谷崎は大爆笑。


その時の私は、昨日のマザコン男からの告白のこともなにもかも忘れて。


心の底から笑っていたんだ。






ジューーーーーーー……。


肉の焼けるいい匂いが漂う店内。



「うううー。おいすぃーーー!」



私は歓喜の声を上げた。


私、お肉大好き。


美味し過ぎて幸せ感じちゃうよ。


私が喜びいさんでパクパク焼けたお肉を食べていると、向かいに座っていた谷崎がふっと笑った。


「おまえ、うまそうに食うな」


「だってうまいんだもん」




今は夜の7時過ぎ。


お店が閉店してから、谷崎は昼間言ってたとおり、私を焼肉屋に連れてきてくれたのだ。


美味しくて評判で、谷崎もよく来るお店らしい。



「さーてと。そろそろ春姫の面接でもさせてもらうかなっと」


「えっ?」


口いっぱいに詰まったパンパンのほっぺたで眉をしかめる私の顔を見て、谷崎が吹き出した。


「安心しろ。もうしっかり採用してんのに今更面接なんてしねーよ。っていうか、おまえの顔!」


谷崎ってば涙目になりながら大爆笑してるんだよ?失礼しちゃうよ。


私がパンパンのほっぺたでモグモグしたまま更に眉をしかめてムスッとしてると。


「わりぃわりぃ。あまりにもおもしろ過ぎて」


謝りながらまだクスクス笑ってるの。


「笑い過ぎだから。人の顔で」


私はちょっとふてくされながら、ゴクゴクとビールを飲み干した。


「いやぁ、久々に泣くほど笑ったわ。なんかさ、春姫見てるとおもしろくてさ。飽きないっつーか。あの時の飛び蹴りだってホントすごかったしよー。もしかして、おまえ元ヤンか?」


ぶっ。


飲み干したビールを吹き出しそうになった。



「元ヤンじゃないしっ。私はフツウの女です!ただ……確かに空手三段、剣道二段、プロレス技も得意で。まぁ、フツウの女の子よりは若干強いかもしれないけど……」


そう言って、ちろ……っと谷崎の方を見たら。


「空手三段、剣道二段?おまけにプロレス技っ。そういやあの時も4の字固め決めてたもんな!おまえ、すっげーな。カッケーじゃん」


満面の笑顔で私の頭ををくしゃくしゃしてきたんだ。


どうやらホントに感心してる様子。


「……ビビんないの?コイツ、女のくせに強いのかよって」


「なんでビビるよ。悪いけどな、いくらおまえが空手三段、剣道二段だからって男のオレには敵わないっつーの」


ピンッとおでこをつつかれた。


「でもまぁ、あの飛び蹴りに点をつけるとしたら、なかなかの高得点だな。100点満点中……97点ってとこだな」


谷崎の笑顔につらて、私も笑っちゃった。


私は、なんだかすごく嬉しかったんだ。


人よりちょっと強い自分を恥ずかしいと思ったことはないけれど、これを言うと、男の人はみんなかすかに『げ』って顔して一歩引くのがわかってたから。


だから、谷崎もそうかなと思ったんだけど……。


ヤツは違ったんだ。


それが、なんだかすごく嬉しかったんだ。




それから、私と谷崎はいろんな話をしたよ。


私の数々の素晴らしい逮捕劇の話や、今まで働いてきたところでのいろんなエピソードや、この《Candy Box》の店と出会うきっかけになった子犬の話なんかもいろいろ。


そして、谷崎の話もたくさん聞いたよ。


なんと驚くべきことに、谷崎の実家は観光客や出張サラリーマンを主としたあの有名なビジネスホテルの経営をしてるらしく。


もちろん社長はお父さんという、れっきとした金持ちの息子だったんだ。


でも、谷崎はホテル経営には全く興味がなくて、親の仕事とは全然関係ない会社に勧めてたんだって。


自分の力だけで店を出すのが夢で、その頃から必死に働いてお金貯めて……。


それで、今年の初めに会社を辞めて、今の店を建てたんだって。


すごいなぁ……って。


私、心の底から感心しちゃった。



「でも、店オープンしたばっかだっていうのに、なんか雲行き怪しくってよぉ」


「え?店の経営が危ない……ってこと?」


「ああ、いや、そっちの方じゃなくて。親父がここんとこ体の調子悪くてさ。病院行く回数も増えてきてよ。まぁ、歳だからしゃーねーんだけどさ」


「お父さん……病気なの?」


「病気っつーか。あっちこっちにガタがきてるみたいでさ。お袋も疲れ気味で。だもんだから、オレもやむを得なくホテル業の方にもちょくちょく顔出したりってカンジでさ……」


谷崎が、ふぅーっとタバコの煙を大きく吐いた。



「もしかして……。そういう事情でアルバイト雇ったとか?」


「まぁ、それだけが理由じゃないけどな。確かにホテルの方もやらなきゃいけないこととかあるけど、もちろんオレの店の仕事もいろいろあるし」


「店長って1人っ子なの?」


「いや、兄貴がいんだけどよ。これがまた好き勝手やりやがって、日本にいねーんだよ」


「そうなんだぁー」


「だからよぉ、親父もお袋も、おまえがホテル継げ継げってうるさくてさー」


「そっかぁ……。店長も大変なんだね、いろいろ」


「ああ……。っつーか。なんでオレおまえにこんな話してんだ?」


「え?」


「なんかオレの話、暗くねーか?」



「………………」


「………………」



2人で一瞬沈黙になって。


それからなんだかおかしくなって、一緒に大笑いしちゃった。



そんなカンジで。


谷崎とたくさんいろんな話ができて、谷崎がどんな人なのかだいぶわかったような気がしたし、私のことも少しわかってもらえたかなって……。


焼肉もビールもすごく美味しかったし。


とても有意義な時間を過ごせた2人のこの親睦会を締めとして、初日の勤務も無事終わり。



いよいよ。


雑貨屋 Candy Box を拠点とする、私の新しい生活がスタートしたんだ。









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