第13話 今日から仕事!
ピチチチチ……。
小鳥のさえずりが響き渡る爽やかな秋晴れの空の下。
私はモヤモヤする頭のまま大通りをてくてく歩いていた。
今日からあの店で働くことになった私。
ホントはね。
元気いっぱい張り切って出勤する予定だったのに、昨日のあの変な電話のせいでなんだか頭がスッキリしなくて……。
想定外。
マザコン男からのまさかの電話とまさかの告白。
おかげで夜も全然寝れなかったし。
と言っても、決してドキドキして……とか、そういうことではなくて。
ただひたすら、『なんで?どういうこと?』という疑問系による寝不足で。
だって、あんなハチャメチャなお見合いで、相手の母親も相当ご立腹だったのに。
アイツだって私の行動や言動にいちいち目が点になってたくせに。
それがいきなり『好きになりました!もう一度会って下さい!』って言われても。
どういうことよ?ってカンジじゃない?
そのマザコン男も、『すぐに会ってくれとは言いませんっ。少し考えてみて下さいっ。またお電話させてもらいますので!』とか勝手なこと言って電話切るし。
蘭太郎も『どういうこと⁉︎』って大騒ぎし出すし。
もう、新しい仕事が決まったお祝いどころじゃなくって大変だったよー。
あのお見合い騒動なんて、とっくに終わったことだと思ってたのに。
もう、勘弁してってカンジ。
そんなうだうだする頭のまま、店の前に到着。
「やっぱりカワイイ……」
カワイイお店の外観に、ちょっと笑顔が戻る。
私の勤務時間は、月曜から土曜のお昼の12時から夜6時までで、休みが日曜・祝日なの。
個人でやってる小規模なお店ということもあり、ゆとり出勤でかなりありがたい。
お店が軌道に乗ってきたら、日曜・祝日も出番になるかもしれないけど、今のところは平日勤務で頼まれたんだ。
基本的にスタッフは谷崎と私の2人。
谷崎は午前中はお店に立ち、午後からは仕入れや配達やその他事務作業などでいろいろ忙しいみたいで、主に私がひとりで店番するってカンジみたい。
私、ずっと販売の仕事してきたから経験も長いし、ちょっと前まで雑貨屋で働いていたから、大体の要領や流れはわかってるってことで。
アイツも安心してるみたいで、店全般業務を私に任せてくれたんだ。
オープンしたての店でいろんなことがこれから……ってカンジで。
ありがたいことに、なんかちょっとだけ共同経営者的な気分も味あわせてもらえて、かなりのやりがいがあるってもんだよ。
それなのに、私ってば。
こんなモヤモヤした顔で初日を迎えようとしてるなんて……。
そんなのダメだ!
余計なことは忘れて、今日からの仕事に集中しよう!
よーーーーーーしっ!!
私は大きく深呼吸してから、ほっぺたをパンパン!と叩いて気合を入れた。
そして、元気よく店の中に入って行った。
「おはようございまーーーーーすっ!」
店の中では、既になにやら忙しそうに作業をしていた谷崎が笑顔でこっちを向いた。
「おっ。来たな。おはようっ」
カラッと笑うアイツの笑顔に、私もつられて笑顔になった。
小麦色に焼けた肌に、あごヒゲのワイルド系の大男。
名前は
ご存知のとおり、前に盗人3人組を取り押さえてくれた男気あるたくましいヤツ。
若い男3人をいっぺんにとっ捕まえてしまうだけあって、細いんだけど体つきはけっこうガッシリしてて、そしてなにより背が高い。
確か186センチとか言ってた。
あんだけ背が高いと、視線もだいぶ違って見えるんだろうなぁ。
まぁ、それはよしとして。
とにかく、私はこの谷崎という男がどういうヤツなのかはまだよく知らないけど、なんとなくいいヤツだってことだけはよくわかる。
それだけは間違いなさそうだ。
雑貨が大好きで。
いつか自分のお店を持つことが夢だったーーーーって話を、昨日アイツから聞いたんだ。
それでようやくその夢が叶って、1週間前にこの店をオープンしたんだって。
がんばったんだな、って思った。
がんばりやなんだな、って思った。
まだそれくらいしかヤツのことは知らないけど、私は不思議となんの不安も感じなかったんだ。
むしろ、これから楽しいことが始まるんだっていう期待感しかなかったかも。
でも、最初は3つか4つくらい年上かなって思ってたんだよね。
私と2つしか違わなくてビックリしたよ。
この歳でこんな素敵な自分のお店を出しちゃうなんて、ちょっと……いや、かなり尊敬だよ。
しかも、アルバイトを雇う余裕まで持ち合わせているなんて。
やっぱりすごいな、谷崎。
そんな谷崎から、ひと通り商品やレジやらの説明を受け終わったあと、アイツが言った。
「じゃ、そんなわけで。さっそく店頼むわ。オレ、ちょっと出てくるから」
「オッケー!……じゃなくて、はい」
私が慌てて言い直すと谷崎が笑った。
「いいよ。楽なしゃべり方で。飛び蹴りかますお嬢さんがかしこまってるのも似合わねーしな」
「ちょっと。飛び蹴りかましたってフツウの女だよっ。それに四六時中飛び蹴りかましてるわけじゃないですっ」
「そうそう、そのくらい元気な方がおまえには似合ってるよ」
ケラケラ笑った。
ふんだ。
「じゃ、行ってくるわ。なんかわかんないことあったらオレのケータイに電話して」
「了解。いってらっしゃい」
「おう」
そう言うと、アイツは店の前に停めてある車に乗って走り去っていった。
1人になった店内。
こじんまりとした空間の小さなお店。
このカワイイもの、楽しいものがぎゅっといっぱい詰まったカンジ。
好きだなぁ。
私、前からこういう小さくてカワイらしいお店で働いてみたかったんだよねー。
いつも割と大きいお店で、スタッフの人数もけっこう多かったから。
こんな風に1人でレジに立って、お店に来たお客さんにものんびり自由に楽しんでもらって。
で、時々お客さんとおしゃべりしたり。
いいないいな、なんかそういうのすごくいい。
そんな私もすっかりお気に入りのこのお店。
名前は Candy Box(キャンディ ボックス)
キュートでハッピーな名前だよね。
どうしてこの名前にしたのかは聞いてないけど、この店の雰囲気にすごく合ってる。
私的にはね、このお店自体をカワイイ箱やケースに例えて、その中にはワクワクするものがいっぱい詰まった、まるでカラフルでいろんな味を楽しめるキャンディ箱みたいな。
そんなイメージかなって。
そういうポップで楽しい雰囲気のするお店だから、その名前はすごくピッタリだと思うんだ。
甘くて美味しいキャンディを食べたらみんな元気になちゃうように、このお店に来たお客さん達もみんな楽しく元気になってくれたらいいなぁ。
ーーーーというわけで。
お客さんが来ないうちに、いろいろやっておこう。
まずはなにからは始めようかな。
このお店にたくさんのお客さんが来てくれるように。
もっともっと素敵なお店になるように。
精一杯、がんばるぞぉーーーーー!
私は腕まくりをして、ドーンと店の真ん中に立った。
それから数時間後。
谷崎が、でっかい段ボール箱を抱えて戻ってきた。
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