第10話 気になる大男

「ギャハハハハハハ」



大爆笑のユリと蘭太郎。


「ホントにあの現場を見てほしかったよ。もう相手親子の反応がおかしいのなんのって。特にあの母親。私を見る目が、もはや宇宙人かはたまた謎の生物を見るかのような目つきで、ずーっと顔引きつってたからね」


話しながら自分でも思い出して、私もゲラゲラ笑ってしまった。



ここは蘭太郎のマンション。


今ユリと蘭太郎と3人で焼肉パーティーしてるとこなんだ。


私のお見合いが無事?済んだお祝いにね。


ああ、肉もビールもうまくて最高!


イェーーーーイ!


身も心もスッキリだと、ホント酒もすすむよ。


私は3本目の缶ビールをプッシュと開けた。


「とりあえず。春姫ちゃんがお見合い結婚……なんてことにならなくてホントによかったよぉ。僕のあの電話もちょっとは役に立ったんだね」


ニコニコしながらビールを飲む蘭太郎。


「立った立った、大いに役に立ったよ。蘭太郎」


あのブルース・リーの着信も、わざわざあの日のためにダウンロードしたんだよねー。


クククククク。


「いやぁ、さっすが春姫だね、やることが違うもん。私には到底マネできないわ」


ユリが笑いながらバシバシ背中を叩いてきた。


「まぁ、私が本気出したらざっとこんなもんよっ」


へへんだっ。


「でも春姫ちゃん、おばさんにすごく怒られたんじゃないの?」


「ものすごくどころか。雷ドッカンだよ。あれはもう地獄の閻魔大王並だね。ガッツリやられたよ」




あの日。


ギャンギャン怒られたのはもちろんのことだけど、お母さんってば3日間口聞いてくれなかったからね。


でも、あの相手親子が出て行った時の『勇雄ちゃん』『ママぁー』というやり取りは、どうやらお母さんも聞き逃さなかったみたいでさ。


結果的には、相手の男もまさかのマザコン男だったし。


母親もひとクセふたクセありそうな、ちょっと面倒そうな人だったし。


どのみちこの縁談はうまくいかなかっただろうってことで、ひとまずまとまったカンジで。


だけど。


『それにしたって、あんたのあの非常識過ぎる態度はひどかった!相手に嫌われようとわざとやってるのが見え見えだった!』


と、念を押されて説教されたけどね。



「まぁ、これに懲りてウチのおかんも二度とお見合い話なんて持ちかけてこないでしょ」


「よかったね、春姫ちゃん。これでひと安心だね」


蘭太郎もニッコリ。


「うんっ」


お母さんは『夢が破れたぁーー』とおいおい嘆いていたけどね。


「でも、お見合い……。ちょっとしてみたい気もするなぁ」


ユリがうっとりしながら言った。


「なに言ってんの。ユリには素敵な彼氏がいるじゃん。私なんて、もうかれこれ10年近く彼氏いないんだよ?うらやましい限りだよ」


私がため息をつくと。


「春姫ちゃんには僕がいるじゃない」


笑顔の蘭太郎。


「そうだよ。春姫、いっそ蘭ちゃんとつき合っちゃえば?カッコイイし、経済力あるし、優しいし。申し分ないじゃん」


「ユリさん、もっと言って下さいっ」


蘭太郎が嬉しそうにユリをせかす。



「だーかーら。何度も言ってるけど、蘭太郎はそういうんじゃないのー。私的には、妹……じゃなくて、弟みたいなもんだから」


「今はそれでもいいよ。いつでも待ってるからね、春姫ちゃん」


「春姫、あんた幸せ者ねぇー。こんなに想ってくれる優しくてカッコイイ幼なじみがいて。私も蘭ちゃんとの結婚には大賛成だからね」


「はいはい」


私は適当にヒラヒラ手を振った。



まぁ、蘭太郎はホントに素晴らしい青年だよ。


それは間違いない。


かなり女の子ちっくなとこは否めないが。


でも、ホントにいいヤツ。


でもね。


私が理想とする恋愛相手っていうのはぁ……。


ぼんやり考えていたら、なぜかふっと……ある男の姿が頭に浮かんだんだ。


それは、この前の盗人3人組を取り押さえてくれた。



あの、大男ーーーーーーーー。



「………………」


フルフル。私は慌てて頭を振った。


なんで?


ほんの数秒パッと顔を合わせたくらいの全然知らない人なのに。


いや、でも……。


アイツの取った行動は、やっぱりえらく男前だったよ。


今まで数々の悪と戦ってきたけれど、誰1人として私に協力してくれた男はいなかったもん。


だから、なんか印象に残ってたんだろうな。


お礼を言いたかった……っていうのもあったから余計かもしれないな。


だから、なんとなくヤツの姿が頭に浮かんだんだ。


とは言っても。


ヤツの顔もそんなにじっくり見たわけじゃないから、ハッキリは覚えてないんだけど。


ホントに数秒のことだったから。


でも、カッコイイかそうでもないかで言ったら。


まぁまぁカッコイイーーー部類に入ってた気はするなぁ。


なんか、確かあごヒゲが生えてて、キリッとワイルド系だったような……。



「春姫?どしたの?ぽやんとしちゃって」


ユリの声でハッと我に返った。


「え?ああ、なんでもない」


気を取り直してビールをぐびぐび。


「ちなみにさ。春姫はどんな男がタイプなわけ?」


「えー?タイプー?」


ユリの質問に、肉をモグモグしながら考える。



うーーーーーーん。



「………………」


と、なぜかしら、またあの大男の姿がパッと頭に浮かんできたんだ。


げ。


「っだぁーー!なんであの大男が出てくるわけっ?」



私はブンブン頭を振った。


「なに『あの大男』って」


ユリがキョトンとしながら聞き返してきた。


「大男って……。え、もしかして。お見合いの前の日に春姫ちゃんが捕まえた3人組を、ひと足先に取り押さえてくれた……って言ってたその人のこと?」


蘭太郎が箸を置いて私の顔を覗き込んできた。


「えっ。なにそれなにそれ」


ユリも興味しんしんと言った様子で近寄ってくる。


「春姫ちゃん、まさか……その大男にひと目惚れしちゃったとかっ?」


「ひと目惚れっ?」


蘭太郎が『納得いかない!』みたいな表情で私の腕をつかむ横で、目をキラキラさせながら身を乗り出してくるユリ。


「もぉ、なに言ってんの?ひと目惚れなんかしてないっつーの」


「じゃあじゃあ、なんでユリさんが『どんな男がタイプ?』って聞いた時、その人のことが浮かんだの?春姫ちゃんっ」


「わかんないよ、私だって。勝手にふっと浮かんできたんだもん」


そうだよ、勝手にソイツの姿が頭に浮かんできたんだもん。


「ねぇねぇ、誰なのよそれ。教えてよっ」


ユリがじれったそうに私の腕を引っ張る。



「いや、大したことじゃないんだけどさ。そのお見合いの前日に、蘭太郎と街でブラブラしてて。偶然おばあさんの財布から財布を抜き取ろうとしてる3人組を発見したんだよ。で、私追いかけて。『ソイツら捕まえて!』って叫んだの。すごい人混みでなかなか追いつけなかったから。そしたら、その私の叫びに応えてくれた男がいたのよ」


「それがその大男!」


ユリがビシッと指を立てた。


「うん。私が飛び蹴りをかます前に、とっ捕まえてくれて。すごい背の高いヤツでさ。ほんの数秒顔合わせただけで、気がついたらいつの間にかいなくって」


「へぇー。なんか〝通りすがりのヒーロー〟ってカンジじゃん。で、顔は?カッコよかったの?」


「ハッキリは覚えてないけど。ヒゲが生えてて……。まぁ、カッコ悪くはなかったかな」


「ふーん。春姫、もしかしてその人のこと、なぁんか気になってんじゃないの?意外と蘭ちゃんの言うとおり、ひと目惚れーーーー。とかだったりしてー」


ユリがにやーっとしながら、肘でつついてきた。


「なに言ってんだか」


私は肩をすくめてビールを飲む。



「……春姫ちゃん、怪しいっ。そう言えば、その男の人にお礼が言いたかったとか言ってすごく残念そうな顔してたもん!」


ずいっと顔を寄せる蘭太郎。


「なによ、お礼くらい言いたいと思ったっていいじゃん。犯人逮捕に協力してくれたんだから」


「そりゃそうだけど……」


「でもまぁ。その大男さん?は、残念ながらどこの誰かもわからない知らない人のわけでしょ?もう会うことはないかもしれないわねー。でも、いい出会いだったじゃん。一期一会だな。うーん。人生って素晴らしい!」


肉をひっくり返していたユリが大きくうなずきながら言った。



「そういうこと。もう会うこともないどこの誰かもわからない通りすがりのヤツ。ただ、稀に見る男気あるヤツだったから、ちょっと頭に残ってただけ。わかった?蘭太郎」


「うん……。わかった」


「そんなことより、ほら飲もう!ユリは明日休みなんだし、蘭太郎も仕事休んじゃえっ」


「ええー。そうはいかないよ。でも……今夜は2人にとことんつき合うよ」


「イェーーーーイ」


そんなほろ酔い気分の私達は、今夜三度目の乾杯をして再び陽気に飲み出した。



でも。


私は頭の隅で、まだその大男のことを考えていた。



どこの誰かも知らないんだから。


もう会うことはないんだ。


初めて会った、男気あるヤツだったけどーーーーーー。



まぁ……ソイツのことはもういっか。


飲もう飲もう。


ぐびぐびとビールを飲み干す私。


だったのだがーーーーーーー。



こののち。


なんと、その噂の大男ととある場所で偶然の再会を果たすこととなる。


そんな奇跡のような出来事が起こるなんて。


その時の私は全く持ってつゆ知らず。


ユリと蘭太郎と夜明け近くまで陽気に飲み明かしたんだ。




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