第9話 お見合い破談大作戦
「うげー。苦しいっ」
着付けを終えた私は、着物の窮屈さにげんなりしながらお腹をさすった。
今日は9月12日、日曜日。
お見合い当日。
で、今はお母さんの行きつけの美容室。
「ちょっと春姫っ。あんた、お見合いの席で『うげー』なんて言葉、間違ってもつかわないでよっ?それと、その左手のケガのこともベラベラしゃべらないで黙ってるのよ?絶対に、財布を盗んだ犯人をとっ捕まえてできた傷だなんて言ったらダメよっ」
お母さんがペシッと軽く私を叩く。
「へいへい」
と、返事をしつつ。
思いっ切り言わせてもらいます。
イヒヒヒヒ。
「でも、馬子にも衣装だわね。春姫、意外とよく似合ってるわよ」
「いや、そこはフツウに『すごくカワイイね』とかでいいでしょ』
そんなやりとりを見て、着付けをしてくれた美容室のオーナーがにっこり笑って言った。
「春姫ちゃん、ホントに綺麗。これじゃあ、
イサオくん?
ああ、今日お見合いする相手の名前か。
まぁ、イサオだかマサオだか知らないけど、私もとことんイヤな女を演じるから。
あんたもとっとと私のこと嫌いになって、このお見合いサッサと終わらせてよね。
だけど……なんだか、ちょっとなにげにワクワクおもしろくなってきている私がいる。
一体どうなることやら。
フフフフ。
ピン。
またしても、私の悪魔のしっぽが顔を出した。
そしてその数時間後。
ついにお見合いの時がやってきたのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ここは、ロイヤルプリンスホテル。
チンーーーーー。
7階に着いても降りないお母さん。
「ちょっとお母さん?着いたよ?」
「え?あ、ああ。そうねっ」
ソワソワしながら慌ててエレベーターから降りるお母さん。
「ちょっと大丈夫ー?お母さん、緊張し過ぎだって」
お見合いする当事者の私よか、お母さんの方がよっぽど緊張してるよ。
そりゃ、私も多少は緊張してるけど。
なんせ、目的も意気込みも違うからね。
いろんな意味で。
ある意味、もうどうにでもなれ精神で来てるから、逆に開き直ってるよ。
そんな娘の胸の内とは裏腹に。
お母さんは、お見合いがうまくいって、ゆくゆくは娘がセレブな結婚をして玉の輿に乗ることを夢見ているんだろうけど。
残念ながらそうはいかないのだよ。
ごめんよ、母ちゃん。
あとで泣くことになると思うから、今のうちに謝っておくわ。
心の中でだけど。
こんな親不孝な娘をお許し下さい。
そして……ついに!
鳥越春姫、人生初のお見合いがスタートしたんだ。
カコーンーーーーーーー。
室内庭園が窓から眺められるようになっている、和室の落ち着いた雰囲気が漂うオシャレな部屋。
そして。
艶やかで高級そうな木目調のテーブルの向かいには、あのお見合い写真の人物『
ふーん。
まぁ、写真どおりのなかなかのいい男だよ。
だけど、どうやらえらく緊張してる様子で、ずっと下を向いたまま私の方を見ようともしない。
なんだなんだ?
顔だけ男前で、中身はやわなダメ男か?
それより……あの、カコーンっていう竹のヤツ。
ドラマのお見合いシーンとかでよく見るけど、ホントにあるんだぁ。
なんか感動。
へぇーへぇー。
全てが物珍しくて、私は辺りをキョロキョロ。
すると、お母さんが私の腕をぎゅっとつねってきた。
「いたっ」
「え?」
私の言葉に、相手の男が顔を上げた。
「あ、ああ、いえ。なんでもないですのよ。ホホホ」
お母さんってば笑ってごまかして。
でも、これをきかっけに相手親子もなにやら少し緊張がほぐれた様子で、親同士がポツリポツリと話をし出した。
まぁ、娘の紹介くらいは当たり障りなくやらせてあげるよ。
ちら。
私は手元の巾着のバッグの中のケータイをこっそり見た。
そろそろだ。
作戦1。
ミッション遂行の相方は蘭太郎。
まずは手始めに、このおごそか?なお見合いの真っ只中、派手にケータイを鳴らして場の雰囲気をぶち壊してやろうの巻。
くふふふ。
もうすぐかかってくるぞ。
「それにしても、お着物がとってもお似合いの綺麗なお嬢様でいらっしゃいますねぇ」
「まぁ、ありがとうございます」
母親達が、アハハオホホとやっていたその時。
♬デーーーンデデッ!ワチョォーーーー!♬
突如、私のケータイから武道の達人ブルース・リーのテーマ曲が大音量で流れ出した。
きたーーーーーっ。
びくっとなる相手親子。
シーンとなった部屋に響き渡る大音量の着信音。
「あっ。すみませーん。ちょっと失礼しまぁす」
と、あたかも席を立つかのように見せかけときながら。
「もしもしーーーー?」
私は作戦どおり、その場でひどくデカイ声でいけしゃあしゃあとしゃべり出した。
マナーモードにせず、お見合いの最中に電話を鳴らすだけでも既にマナー違反なのに。
そこにきて更にその場で大声でしゃべり出す、この絵に描いたようような非常識さ!
あっけに取られて私を見ている相手親子。
そして、そんな私の横でアワアワ取り乱しているお母さん。
「こ、こらっ!春姫っ。なにやってんのっ。失礼でしょっ。早く電話を切りなさい!」
「あ……いえ。お気になさらないで下さい……」
相手の母親の引きつった笑顔。
プクククク。
私は心の中で大爆笑。
「じゃあねーーー」
ピ。
蘭太郎相手に適当にしゃべった私は、涼しい顔で電話を切った。
「春姫っ。どうして電源切っておかないの!謝りなさい!ホントに申し訳ございませんっ」
お母さんに無理やりぐいっと頭を下げさせられた。
「あ、いえ……。大丈夫です。あのぉ、春姫さんはブルース・リーがお好きなんですか……?」
今まで黙って出された料理を食べていた相手の男が、初めて箸を置いて私に話しかけてきた。
「え?あ、はいっ。武道とか格闘技とかが大好きなんです。見るのもやるのも」
「ああ、そうなんですか……。え?やるのも……?」
親子揃って私を見る。
「はい、大好きです!空手三段、剣道二段。それとプロレス技も少々。ホホホ」
目が点になっている相手親子。
お母さんは、私の横でもはや茹でダコのように真っ赤になっていた。
フフフ。
いいカンジになってきたぞ。
ほら、相手の母親の顔見てよ。
明らかに『こんな子だったなんて。話と全然違うじゃない!』的な具合で、顔も完全にピクピク引きつってるもん。
ククク、おもしろい。
よし、それではそろそろ。
作戦2。
自らをもっとボロボロにアピールして、相手親子にドン引きさせるの巻。
だんだん愉快になってきた私は、軽快かつにこやかな口調で相手の男に話をふった。
「えっと……。勇雄さんは、どんなお仕事をされているんですか?」
「あ……。えっと、IT関連の企業でして……」
「まぁ、すごいっ。私なんて、今プー太郎です」
男がまだ話してる途中で割り込み、わざわざマイナス発言をしてにっこりほほ笑む私。
またしても目が点の親子。
「あ、あのっ。家事手伝いの花嫁修行の最中なんですのよっ。オホホホ」
母が慌てて笑ってごまかす。
「あ、ああ……。花嫁修行中ですか。では、お料理などもけっこう練習されているのかしら。お得意のお料理はなにかおありですか?」
相手の母親が、引きつった笑顔で私に聞いてきた。
そこで私は、とびっきりの笑顔でひと言。
「いいえ。全く」
しーーーーーーーん。
静まり返るこの広間。
もはやウチの母は、顔を真っ赤にしながらあぶら汗をダラダラかいている。
そんな気まずい雰囲気の中。
更にこの場を静まり返らせるため、私は何食わぬ顔で涼しげに相手の男に話を持ちかける。
「勇雄さんは、なにか趣味はおありですか?」
「あ、ああ……。趣味、ですか。ええ、走るのは割と好きでして……。休日の朝などは、よくジョギングをしています」
「そうなんですかぁー。私もよく走ってますよ」
「あ……じゃあ、春姫さんもジョギングがお好きで……?」
「うーん。っていうか、私の場合は犯人逮捕のために走るのがほとんどなんですけどね」
「……逮捕?」
キョトンと聞き返す相手の男。
作戦3。
女性らしさとはほど遠い、男勝りな自分を惜しみなくアピールして更にドン引きさせるの巻。
「はいっ。私、悪事を働こうとしてる悪いヤツらを見ると黙っていられないんです。得意の飛び蹴りや4の字固めでギャフンと言わせるんですよ」
「ギャフン……」
「はいっ。ギャフンです。あ、そうそうこの傷見て下さいよ。これもね、昨日街中でおばあさんのバッグの中から財布を抜き取ったスリの犯人をとっ捕まえて、思いっ切りねじ伏せてやったんです!で、その時にけっこう擦りむいちゃったみたいで」
そんな私を、ポカンと口を開けてあっけに取られて見ている2人。
私の横では、お母さんが隠れるように小さくなっていた。
くっくっく。
もうひと息だわ。
あと数分したら、あの母親は立ち上がって息子を引っ張って出て行くよ、絶対。
ようし、最後のとどめ!
作戦4。
相手親子を幻滅させて、ご立腹で帰宅させるの巻。
私は、パクパク料理を食べて箸を置くと、パンッと帯を叩いた。
そして……。
「ううう、苦しい。うげー」
おまけにもひとつ、帯をパンッ。
と、その直後。
相手の母親が、勢いよく立ち上がったんだ。
そして。
「お話に聞いていたお嬢さんとは、だいっぶ違うようですねっ!申し訳ありませんが、このお話はなかったことにさせていただきますっ!勇雄ちゃん、帰るわよっ!」
よっしゃーーー!
心の中で、待ってましたのガッツポーズ。
でも……ちょっと待って。
今、〝勇雄ちゃん〟て言わなかった?
「あ、ちょっと待ってよ。ママぁ……!」
え。
マ、ママぁーーーーーー⁉︎
いやいや、こっちの方こそちょっと待って。
今、ママって言った⁉︎
言ったよね、言ったよね⁉︎
ママぁ……!って!
げげげげっ。
コイツ、マザコン野郎だったのかよっ!キモ!
私が引いた目で見ていると。
「それでは、失礼させていただきますっ」
ピシャッ。
激しく音を立てて障子の扉が閉まり、お母さんはふにゃぁーっとその場にへたり込んだ。
そして数十秒後。
「は、春姫ィィィーーーーーーーーっ!!」
うるうるわなわな涙目のままの母から。
史上最強の雷が落とされたことは、言うまでもない。
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