第8話 お見合い前日の逮捕劇
「ええっ⁉︎」
「しっ」
驚いて声を上げた蘭太郎の口をサッとふさいだ。
よくあるパターンだよ。
1人が持ち主の気をそらしてるうちに、1人が見張り役、1人が抜き取り役。
アイツらもその手口でおばあさんの財布を盗もうって魂胆だよ。
間違いない。
ちきしょう、許せない。
パキ、ポキ。
私はフツフツと込み上げる怒りの中、指を鳴らし出した。
「春姫ちゃん?まさか……アイツら捕まえようと思ってる……?」
「あったり前よっ。こんな目の前で犯罪が起きようとしてるのを見過ごすわけにはいかないよ」
「えーっ。やめようよ、危ないよーっ」
「蘭太郎。あんた男でしょ?しっかりしなさいよっ。いい?あの、バッグを見てるヤツが財布を抜き取ったら。すぐにダッシュだからねっ」
「えええ⁉︎」
情けない声を出してる蘭太郎の横で、私は息を凝らしてアイツらを監視する。
と、その瞬間。
「!!」
やった!
見張り役の合図と共に、バッグを狙っていた1人がサッと手を突っ込み、バッグの中から黒い財布を抜き取ったんだ。
そして、瞬間的に自分のジーンズの後ろポケットにしまい込みやがったんだ。
ぬぉぉーーーーーーーっ!!
許せーーーーーーーーんっ。
ばっ。
「うわっ。春姫ちゃん!」
私はとっさに、持っていた食べかけのクレープを蘭太郎に押しつけて猛ダッシュをかけた。
「待てぇーーーーーーーっ」
その声に気づいた3人組は、パッとこっちを向くと、『やべぇ!』という顔で、一目散に逃げ出したんだ。
「くぉらぁぁーーーーーーーっ!!」
私は叫びながら全力疾走。
騒然となる周辺。
なにごと?といったカンジで立ち止まる人々。
そんな中、人混みをかき分けながら走る私と3人組の犯人。
なかなか距離が縮まらない。
くそぉ!人が多過ぎて進みづらいっ。
「誰かぁーっ。その3人組を捕まえてーー!」
私が大声でそう叫んでも、誰もアイツらを追いかけようとはしない。
ちきしょう!
私、足にもかなり自信があるんだけど、さすがにこの人混みの中だと追いつけないよっ。
「だ、誰かぁーーーーっ。アイツら、おばあさんの財布を盗んだ犯人だから、捕まえてーーー!」
そう叫んでるのに。
みんな見て見ぬフリかよっ。
なんでそうなんだよぉー!
と、思っていたその時。
うお?
数メートル先の3人組の動きがなんだか変な様子。
なにやらその場でごちゃごちゃ揉み合ってるらしい。
おお!もしかして、誰かひっ捕まえてくれたのか⁉︎
それともすっ転んだのか?
ええい、どっちでもいいわい。
今が、チャーーーーーンス!
私はアイツらめがけて突っ走り。
「でぇぇーーーーーーーいっ!!」
ドカッ!!
財布抜き取り係だった赤のスカジャン野郎の背中に向かって、思いっ切り飛び蹴りをかましてやったんだ。
「いっでっ」
私は倒れ込んだソイツの腕を一気にねじ伏せた。
途端に、周りの野次馬どもが私達をぐるりと取り囲んだ。
「あんた。私しっかり見てたんだよ。ポケットの中の盗んだ財布を出しなっ」
ザワザワ。
通行人らが見守る中、ヤツは観念したかのように無言のままおずおずとジーンズのポケットの中から盗んだ財布を取り出した。
まったく、なに考えてんだか。
私はその財布をソイツの手から奪い取った。
あとの2人はどこだ?
キョロキョロしていると。
「おまえ、やるじゃん」
ふと、そんな声が後ろから聞こえてきたんだ。
振り向くと。
そこには残りの2人の首根っこをつかんだ長身の男が、かすかに笑って立っていたんだ。
デカイ、人ーーーーーーーー。
なに、この大男がコイツらを捕まえてくれたの?
私が目をパチクリしていたら。
「もう二度とすんなよっ」
大男はそう言って、ドンッと2人の背中を押した。
すると3人組は、腰を抜かしたかのようななんとも情けない姿でヨロヨロと走って逃げて行った。
そこへ。
「春姫ちゃぁーーーーん」
後ろから、蘭太郎がおばあさんの手を引きながらオタオタと走ってきた。
「蘭太郎!」
「やっと追いついたぁ……。おばあさんに事情を説明して一緒に来てもらったよ。おばあさん、大丈夫?」
蘭太郎が息を切らしながら、おばあさんの肩に手を優しく手を置いた。
「えらいよ、蘭太郎っ。よくやった。はい、おばあさん。財布ちゃんと取り返したからね」
笑顔でおばあさんに差し出すと。
「お嬢さん、本当にどうもありがとう。私、全然気づかなくて……。この財布には、さっきおろしたばかりのお金が入っていたんです。銀行を出て歩いていたら、あの3人組の男の人達に声をかけられて道を聞かれまして……。まさか、財布を盗まれていたなんて………」
おばあさんが、私を拝むように何度も何度も頭を下げた。
アイツら、おばあさんが銀行から出てくるのを待ってずっとつけてやがったんだ。
どうしようもないぜ。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
「おばあさん、もういいですよ。頭を上げて下さい。おばあさんにケガがなくてよかった。それに、私より先に3人組を取り押さえてくれた人がいたんですよ。ほら、あの……」
あれ?いない。
振り向くと、あの大男の姿は消えてどこにも見当たらなかった。
あれー?
「どうしたの?春姫ちゃん」
「うん、それがさ。背の高い男の人が、私よりひと足先にアイツらをとっ捕まえてくれたんだよ。さっきまでそこにいたんだけど……」
もう行っちゃったんだ。
私の叫び声に応えてくれて、犯人逮捕に協力してくれたから。
ひと言だけお礼を言いたかったのに……。
「いなくなっちゃったの?」
「うん」
しかし……中にはいるんだな。
ああいう男気あるヤツが。
ドイツもコイツもろくでもないのばっかだと思ってたけど。
ふーん。
「ところで蘭太郎。あんた、服にべっとりチョコレートついてるけど」
「もぉ!春姫ちゃんがやたんでしょっ。いきなり僕にクレープぐちゃって押しつけてっ」
「え。あ、そうだっけ?ごめんごめん」
笑いながらポンポンと蘭太郎の頭をなでる。
「もぉー。あれ、春姫ちゃん左手擦りむいて血が出てるよっ。大丈夫?」
「え?」
見てみると、左手の甲のところが大きくガッツリ擦れて傷になっていた。
げ、これまたずいぶん目立つとこにデカデカと……。
またお母さんになんか言われそうだな。
まぁ、いっか。
おばあさんも無事だったし。
振り返ってはペコリとお辞儀をしながら去っていくおばあさんに、私は笑顔で手を振った。
「蘭太郎、走ったらお腹減っちゃった。なんか食べに行こう」
「えー?さっきクレープ食べたのに?」
「半分しか食べてないもん。ハンバーガー食べたくない?よし、マックに行こうっ」
「じゃあ、僕ダブルチーズバーガーセット」
「私ダブチセットとナゲット」
私は、とても清々しい気持ちで蘭太郎と肩を組んで歩き出した。
でも、あの大男。
ひと言お礼言いたかったのにな。
それだけが、私の中でちょびっと心残りだった。
だって、ああいう男気あるたくましい男ってなかなかいないんだもん。
私、なにげに嬉しかったんだよ。
でもまぁ、しょうがないっか……。
もう会うこともないだろうし。
そんな風に私は思っていた。
ところがーーーーーーーー。
その大男が、思わぬところで再び偶然私の前に姿を現すことになるなんて。
その時の私は、夢にも思わなかったんだ。
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