第6話 悪魔のしっぽ
「えええっ⁉︎春姫ちゃん、お見合いするの⁉︎」
日曜の昼下がり。
明るい日差しが差し込む蘭太郎のマンションの部屋に、スットンキョーな声が響き渡った。
うううっ。
私はガラステーブルに突っ伏した。
「春姫ちゃん、お見合いなんて絶対しない!って言ってたじゃないっ。なんでっ?」
「だってーーーー。ウチのおかんがしつこいのなんのって……。滞納していた光熱費や家賃払ってもらった弱みにつけ込んで、その上お金もないの毎月家に食費3万入れろとか言うんだよっ?それができないならお見合いしろって。
更には、お金持ちになるのが子どもの頃からのお母さんの夢だったから、代わりに叶えてくれーって泣きついてくるんだからっ」
「えー。そうなの?」
「だから、つい勢い余って『今面接の結果待ちしてる会社があるから、そこが受かったらお見合いはしない。落ちたら観念してお見合いする!』って言っちゃったんだよね……」
「ええっ⁉︎そんなこと言っちゃったのっ?」
「うん……。でも、そこ、絶対落ちてる気がするんだよぉー。手応えなかったし」
あああ。
なんでこんなことになっちゃったんだよぉ。
「イヤだ!僕、絶対イヤだ!春姫ちゃんがお見合いするなんて。絶対イヤだーーーーっ」
蘭太郎が半べそかきながら、私の体をポカポカ叩いてきた。
「私だってイヤだよ!ああ、万が一この前面接したところが受かってくれてればなぁ。お見合いなんかしなくて済むんだけど……」
「受かってるよ、絶対。信じようよ、春姫ちゃん!」
「私もそう信じたいけど……」
8割型落ちてる気がする……。
ガク。
「その結果はいつ来るの?」
「それがさ、今日か明日あたりに電話か郵送で連絡が来るんだよ。もうさ、落ちてても『受かった』ってウソつちゃおうかと思ったんだけどさ。郵送の場合住所は私のアパートになってるんだけど、ウチのお母さん、『届いてるかどうか確認しに行ってあげるね』とかって、ウキウキしてるし。電話なら電話で、お母さん絶対そばで聞き耳立ててるし。もうどうしようもないってカンジ。あああっ」
「……わかったよ、春姫ちゃん。こうなったら、いっそ僕と結婚しよう!」
ズコッ。
蘭太郎が、覚悟を決めたように力強くうなずいた。
「しませんっ。そりゃ、私もそんな浅はかな考えが一瞬ちらっとよぎったりもしたけど。やっぱり蘭太郎と私が結婚なんてあり得ないもん」
「なんでっ?春姫ちゃん、僕のこと嫌いっ?」
「嫌いじゃないよ。蘭太郎のことは大好きだよ。だけど、私達は仲良しの幼なじみっていう関係以外の何者でもないでしょ」
「ひ、ひどい、春姫ちゃんっ。僕はいつか春姫ちゃんをお嫁さんにしたいと思ってるくらい大好きなのにっ。そんな言い方っ……」
うるうる泣きそうな蘭太郎。
「あー。わかった、わかった。よしよし。でも、とりあえず今は誰とも結婚したくないの。結婚自体に興味がないのっ」
「そうなの……?」
「当たり前でしょ?ろくに恋愛もしないでいきなり結婚なんて。絶対イヤ!」
「でも、お見合いするかもしれないんでしょ?っていうか、ほぼするって決まってるんでしょ?」
「最悪の場合、そうなるかもしれない。っていうか、ほぼ……っていうか。でも!お見合いしたとしたって、私はその人と結婚なんてしないもんっ」
そうだよ。
いくらお見合いしたからって、そこから先はお母さんの思いどおりにはいかないんだからっ。
……ん?
そう硬くこぶしを握っていた私は、はっと顔を上げた。
……もし、致し方なくお見合いすることになったとしても。
結婚はしない。
というか、結婚ということろまでいかないようにすればいい。
いくらお見合いしたからって、そのあとはお互いの気持ちしだいでしょ?
ーーーーーーってことは!
つまり、破談させればいいってことじゃない?
お互いの気持ちがどうのこうのという以前に、私がめちゃくちゃやって、最初から相手に嫌われればいいって話じゃない?
これだ。
「……フフフ」
口元からにんまりと笑みがこぼれる。
「春姫ちゃん……どうしたの?」
「ーーーーー蘭太郎。私、お見合いするわ」
「ええっ?なに突然!春姫ちゃん、結婚したくなったの?急に気が変わっちゃったのっ?」
「その逆よ!そんな結婚なんか絶対したくないっ。だから、めちゃめちゃにしてやるのよ。そのお見合い!」
「え?」
「とんでもない女を演じて、相手にとことん嫌われてやる。そんでもってお母さんの面目丸つぶれ。イヤがる娘にお見合いを強要した罰よっ。へっへっへ」
ヒヒヒヒ。
なんかおもしろいことになってきた。
こうなったらそのお見合い、とことんハチャメチャにしてやる。
ピン。
私のお尻から、悪魔のしっぽが顔を出した。
そして、翌日ーーーーーーー。
「春姫ー。あんた宛の手紙が届いてたから持ってきてあげたわよー。それ、面接の結果じゃない?封書で来てる場合って、大抵『不採用のお知らせ』とかなんだよねー」
買い物から帰ってきた母が、ピラピラと手紙をちらつかせながら嬉しそうに部屋に入ってきた。
やはり、私のアパートまで行っていたか!
「……貸してっ」
私はお母さんから手紙を取った。
むむ……この前面接した会社だぜ。
ゴクリ。
「ほらー。早く開けなさいよぉ」
「うるさいなぁ、今開けるよっ」
ハサミを手に取る。
ジョキジョキ……。
中から1枚の紙。
「どれどれー?」
後ろから母が覗き込む。
数行の文章の中にひときわ目立つ、
『不採用』
の3文字。
「………………」
ガーーーーーーン。
や、やっぱり落ちた……。
覚悟はしていたものの……。
ショック。
私の上に、重い石がずしっとのしかかってきた。
「不採用!春姫ー。残念だったわねぇ。でもまぁ、ダメだったもんはダメだったんだし。しょうがないじゃない。だからこのことはスッパリ忘れて、気持ち切り替えて。お母さんとの約束、守ってちょうだいね」
ポン。
嬉しそうに私の肩を叩くと、母はスキップしながら部屋を出ていった。
く……くそぉーーーーーーっ。
でも!!
私にだって考えはあるんだから。
お母さん、この私が聞き分けよく諦めてすんなりとおとなしくお見合いを受けるとでも思ってる?
ヒッヒッヒッ。
まぁ、当日までは仕方なく諦めてお見合いに挑むフリをしてやるよ。
ただし、本番ではどうなることか……。
お母さん、覚悟していてね。
オーッホホホホホ。
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