第5話 母の夢
「ほらぁ。春姫見てごらんなさい。とってもハンサムな人じゃない。こういうのって、いい噂だけ先走って実際に写真を見たら、それほどでも……ってこともよくある話だけど。彼なんて、ホントにハンサムな上にとっても優しそうじゃない。
おまけに、なんて言ったかしら……R会社?L会社?だかに勤めていて、ちょーエリートだって言うじゃないのっ。もう玉の輿じゃなーい。こんないいお話、めったにないわよ。ね、会うだけ会ってみない?」
「………………」
パリ、ポリ。
テーブルの上のせんべい食べながらテレビを観ている私の隣で、しつこくお見合い相手の写真を突き出してくる母。
私は知らんぷりしてテレビに夢中なフリ。
「春姫ー。お母さんの話聞いてるの?ほら、ちゃんと見なさいっ。あんた、そんなにイヤイヤ言ってるけど、これは見ておく価値があるわよ。ほらっ」
無理やりずいっと顔の前に持ってきて、テレビを観えなくさせる母。
「……もうっ。言ったでしょっ?私はお見合いなんてする気ないの!いくらお母さんがさせようとしたって無駄だからね。諦めた方がいいよ」
ふんっ。
そう言いながら私がそっぽを向くと。
「水道代、ガス代、電気代、来月の家賃……。そして。この家に入れる食費3万円」
ぶっ。
耳元でボソッとつぶやくお母さんの声に、私は思わず食べていたせんべいを吹き出しそうになった。
「3万⁉︎なにそれっ」
「当然でしょ。あんたはもう26歳の立派な社会人なんだから。この家で暮らすなら食費くらい入れなさい。章介も、悠太も、将人もここを離れて自立して、ちゃんと自分達の力で生活してるんだから。それができないなら……。お見合い、受けてちょうだい。しょうがないから、それで全部チャラにしてあげるから」
にっこりほほ笑む母。
ズコッ。
なんだよっ。
そんな交換条件ないだろっ。
大体さ、イヤがる娘になんでこんなにもお見合いを強要させようとしてるわけ?この母親は!
「ねぇ、お母さん。なんでそんなに私にお見合いさせたがるの?そりゃ、26にもなるのに未だに彼氏も紹介したこともない私を心配する気持ちもわかるけど。でも、今は結婚なんて遅くても全然平気な時代なんだよ?そもそも、結婚自体するしないも自由な時代だし。それとも、なにか他に理由があるわけ?」
私の質問に。
「春姫……。実はね……」
お母さんが突然しゅんとうつむき出した。
「な、なによ」
「お母さんね……」
「だ、だからなによ」
お母さん、なにを言いだすわけ?
ゴクンとツバを飲み込み、緊張の面持ちで母を見ていると。
「今まで誰にも言ったことなかったんだけど……。実はお母さん……」
「う、うん……」
「小さい頃からずっとずっと。ものすごーーーくお金持ちの人と結婚するのが夢だったのよぉぉーーー」
ズコーーーッ。
おいおい顔を埋める母。
「……はぁーーーー?」
ものすごくお金持ちの人と結婚するのが夢だったぁ?
「26歳。お母さんも、今の春姫の歳に結婚したの。お父さんのことはもちろん大好きよ。優しいし、ハンサムだし、可愛い子ども達にも恵まれてとっても幸せよ。
でも……。ひとつだけ欲を言えば。もうちょっとお金持ちの〝社長夫人〟とか〝オーナーの妻〟とか〝セレブー〟みたいな……。そんな生活を送ってみたかったのよぉぉ」
こ、この母親は……。
ピキピキと引きつる私の顔。
「なにを言いだすかと思えば、くっだらない」
「あらっ。くだらなくなんかないわよっ。お母さん、最近ふと気づけば白髪も増えてきて。お友達や知り合いでも病気で入院したり、大好きだった芸能人達もだんだんと亡くなっていって………。
ああ、お母さんに残された時間も、だんだんと少なくなってきたんだなぁ……って。そうしたらね、子どもの頃からの叶えられなかった夢をまた思い出してね……」
ズコーーッ。
「いやいや。そこ、そんなしんみりするとこじゃないでしょ。お母さんまだまだ若いしでしょ!そりゃ、確かにウチは大金持ちではないかもしれないけど、そんな貧乏でもないでしょ?今のままで十分幸せじゃん。大体、それはお母さんの……割とどうでもいい夢であって。私には関係ないじゃん」
そう言う私の手を、お母さんはガシッと強く握ってきた。
「春姫っ。お母さんの叶えられなかった夢、あんたに託すわっ!そして、晩年は世界一周旅行に連れて行ってちょうだい!」
ズコーーッ。
「勝手に託すな!世界一周旅行って。どんだけセレブだよ。もう、バカなことばっかり言ってないでお父さんとのんびり温泉旅行でも行ってきなよ。悪いけど、お母さんの夢に私の人生巻き込まないでくれる?私はお金持ちとか興味ないからっ」
「はぁ。春姫。あんただって四捨五入したらもう30なのよ?仕事もないわ、お金もないわ、男もいないわ。お母さん、あんたのことが心配でますます白髪が増えちゃうわ。だから、いっそのこととっとと結婚して幸せになりなさい。
いえ、いきなり結婚とは言わないわ。結婚に向けての前向きな姿勢……ということで許してあげるから。親孝行だと思って、お母さんのお願いを聞いてちょうだいっ。ね、ね、春姫っ」
涙ながらに私の肩をガクガク揺さぶる母。
「お、お母さんっ……」
っていうか、勝手に四捨五入するなー!
「あんたが勝手にクビになってフラフラしてるところ、滞納していた光熱費も家賃も蘭太郎ちゃんちの居候代も全部払ってあげたでしょっ。なんて優しい母!それに、これまでの26年間。あんたが大乱闘を巻き起こす度に、お父さんとお母さんがどれだけ胃に穴が開く思いをしてきたことかっ」
ギクッ。
いや、でも26年間って。
そんな小さい頃から大乱闘なんてやってないし。
ま、ケンカはしょっちゅうしてたけど。
「お母さん、春姫のことが心配なのよぉ。いくら恋に不器用だからって、さすがの春姫も25歳くらいまでには彼氏の1人や2人は紹介してくれて少しは落ち着くだろうと信じて見守ってきたけど。全然なんだもの。
今までさんざん心配かけてきたんだから、一度くらいお母さんのお願いを聞いて親孝行してちょうだいっ」
「そ、そんなのっ……」
「お見合い、受けて」
満面の笑みの母。
「やだ……」
「春姫ーーーーーーっ」
泣きつく母。
「お母さん、春姫が『うん』って言ってくれるまで離さないからっ」
「ちょっとっ」
ガッシリと私に抱きついて離れようとしない母。
……もぉぉぉ!
なんでいきなりこうなっちゃうのっ⁉︎
誰か、助けてーーーーーーっ。
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