ジタン・ブロンドよ、永遠に

CKレコード

ジタン・ブロンドよ、永遠に

タバコは10年前にやめた。

かつて吸っていた理由は、ジャン・ポール・ベルモンドやデニス・ホッパーや「インディアン・ランナー」のビゴー・モーテンセンの影響だ。

好んで吸っていた銘柄は、マルボロ、クール、ウィンストン、ハイライト・・・。

それらの銘柄に共通すること、それは"ソフトケース"であること。俺は断然ソフトケース派だった。

ハコで吸ってるヤツはダサイぜ、なんてBOXヤローは完全に見下してた。

ライダースの皮ジャケットの胸ポケからソフトケースを取り出して、ぐにゃぐにゃにひん曲がったタバコに火をつける・・・これよ。

直線的で角ばったシャープなイメージは、タバコには似合わない。だって火や、煙や、空気や、心や、人生は、いつだって揺らめいてるだろ?

俺は、そんな視覚的なイメージにこだわった。味だとかタールだとかなんて、本当はどうだってよかった。


10年後・・・。まさか営業でタバコのBOXの紙を作ってる会社に行くことになるとはね・・・。この禁煙ブームだってのに、ここの連中はバカバカ吸いまくってやがる。担当者は腕にはめたブルガリの時計をジャラジャラいわせながら、


「やっぱり今、ハードケースが主流でしょ。なんてったってファッショナブルだし。女性にウケがいいしね」


と主張して、3本目のラッキーストライクに火をつけた。

俺は心の中でその主張を全否定しながらも、


「時代はハード・ボイルドっすからね、ソフトな価値観じゃケムにまかれてしまいますよ(笑)」


とオトナの対応。

その時、俺の唇がほんのちょっとだけさみしそうに震えたのを感じた。




【日本  東京  新宿  PM 8:00】


「おい、ラッキーストライクのCMって知ってるか?」


「いや、知らないです。どんなのですか?」


「しょうがねぇな。じゃあ、とりあえず目ぇつむれや」


「はい」


「そして・・・想像しろ。舞台は、とあるアメリカの田舎町。そうだな、アリゾナかテキサスかデスバレーってとこだな。1人の男がドデカいハレー・ダビッドソンにまたがってやってくる。男は田舎町の"食事もできるショット・バー"みたいな店、そうだな日本でいうところの"酒も飲める定食屋"に入る」


「定食屋っすか・・・なんかピンとこないっすけど」


「店には田舎町にはとても似つかわしくないブロンドのマブいネーチャンが働いてる」


「定食屋のおかみさんってとこですか」


「定食屋は忘れろや。女は男に意味ありげな視線を送る。そいつは明らかに誘っている目だ」


「はぁ」


「だけど男は女の誘いを軽くいなして、ラッキーストライクを買って去っていく。ここまででキッチリ15秒。どうだ、シビィだろ?」


「シブイっすね」


「だけどな、残念ながら今の時代、せっかくの激マブ女の誘いを軽くいなしちまうような男は逆にかっこ悪いんだよ。そういう時代になっちまったんだ」


「はぁ。確かにそうかもしれないっすね」


「だろ?だからあのCMも放送されなくなっちまった。タバコは男のヤル気を失わせるのか?ってクレームが殺到したらしいぜ」


「それは嘘ですよね?」


「とにかく、"マナーを守って吸いましょう"って言うけど、吸う行為がすでにマナー違反だってことをどうしてみんな気付かないフリしてるんだろうなー(遠い目)。おい、いい加減に目開けろ・・って寝ちまったのか。しょうがねぇな・・・一服するか」




【アメリカ  テキサス州  ダラス AM 8:00】


″ジュディのコーヒーショップ"のカウンター。

俺の朝は、ここのベコーンエッグ&マッシュポテトとブラック・コーヒー、そして一服のタバコからスタートする。

最近はどこのレストランも全席禁煙が当たり前。この辺で大手を振って堂々とタバコが吸えるのはとうとうこの店だけになっちまった。

もっともこの店の場合、女手一つで店を切り盛りしてるジュディのヤツが一番のヘヴィースモーカーだってんだから、この店が禁煙なんてバカな真似はするはずがねぇってわけだ。ここは愛煙家の最後の砦だ。

しかしここに来る連中は、本当に美味そうに一服一服を噛みしめるように"タバコを吸う"って行為にひたっていやがる。これが"労働者階級の朝"ってやつよ。


「火を貸してくれませんか」


突然、女に話しかけられた。たまにここで見かける抜群にキレイなブロンドの女だ。キレイなブロンド女は目立つ。


「俺、マッチなんだが、構わねぇか?」


「ええ、知ってるわ。だからあなたに頼んだのよ」


俺は女のキッパリした受け答えにちょっとだけとまどいながら、長年着古したスエードのジャケットのポケットからダイナー「デニーローズ」のブック・マッチを取り出し、いつものように片手でこすって点火して、女がくわえたタバコの先に火をつけてやった。

女はタバコを深く吸い込むと、ゆっくり目をつむって静かに煙を吐き出した。指に挟んだタバコについた赤いルージュの唇跡と指先で鈍く光るマニキュアとのコントラストが、俺の視覚神経に激しく揺さぶりをかけた。


「あんたもマッチ派かい?」


「ええ」


その日を境に女は毎日、俺に火を借りにきた。

カウンターがいっぱいでテーブル席に座っている時も、わざわざ俺のテーブルの方まで火を借りにやってきた。

仕事は何してるとか、ダンナがいるとかいないとか、そんなちょっとした会話をしてもいいなと思ったけれど、お互い言葉を交わすことはけっしてなかった。

だけど俺は喜んで火を貸してやった。

ジャケットのポケットからブックマッチを取り出し、片手でこすって点火して、女のタバコに火をつける。ただ、それだけさ。それ以上でも以下でもない。

だが、まるでそれが朝の恒例の儀式のようになった。俺の密かな楽しみでもあった。


ある日、女の姿が見えなくなった。次の日もだ。

おかしいな、どうしたってんだろう?最近、夜が冷えるんで風邪でもひいちまったんだろうか?


「おい、ジュディ、最近あのブロンドの女はこないのかい?」


「誰のことだい?うちにはブロンドの客なんてめったにこないからねぇ」


「毎朝来てる、美人のあの女だよ。あんな目立つ女を覚えてないなんて、もうボケちまったのかい?ところで、いつものタバコをくれよ」


「ああ、あのフランスのタバコね。あれはアンタしか吸ってなかったけどね、つい最近、製造中止になったんだよ。こないだ買ったのが最後の1ハコだよ」


「え?」


俺はさっきポケットの中でクシャクシャに丸めたタバコのパッケージを広げてみた。

よくよく眺めたことはなかったが、確かそのタバコのパッケージにはブロンドの女がダンスをしているモチーフが描かれているはずだ。

が、驚いたことにそこには、まるでマッチのケムリに巻かれながら女が溶けてなくなっていく姿が描かれていた。


俺は代わりにラッキーストライクを買って、ハーレー・ダビッドソンにまたがって仕事に出掛けた。

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