第35話『隠し忘れて宇治神社・2』


ジジ・ラモローゾ:035


『隠し忘れて宇治神社・2』  






 わたしは魔物じゃないわ、ジジは見ものだけど。




 なんか嫌味な言い方をするチカコ。


『あとで付き合ってやるから大人しくしてろよ』


『いいわよ、さ、ジジがここで感じるものを見せてちょうだい』


「え、あ……それは」


 なんか嫌な感じなんだけど、見せてと言われると思い浮かべてしまう。




 川岸を黄前久美子が歩いている。チカコが上がってきた石段を下りてベンチに浅く腰を下ろし、ため息ついて背もたれに重心を移す。


「うぇ~なんでだろう」


 見学に行った吹部で苦手な高坂麗奈を見かけた。それも「入部したいんですけど」とはっきりトランペット命って静かな闘志をみなぎらせて。みどりと葉月は無邪気に「いっしょに入部しようよ!」と言うけど、麗奈の事とヘタッピーな吹部を思うと気が塞がってしまう。


「ぬかったあ……」


 カフェオレを飲みながら空を仰ぐと「なにが?」の声と共に影がかぶさってきた。


「ふわわわ!Σ(゜Д゜)」


 幼なじみの塚本秀一が覗き込んでいる。


 ここから『輝けユーフォニアム』のドラマが始まるんだ。


 この出会いが好きで、お祖母ちゃんのDVDを借りて何度も見た。リアル宇治川を見ると自分の体験のようにビジュアル化してしまう。


『なるほど……こういうのがジジの憧れなんだ……フフ』


「わ、笑うことはないでしょ!」


『ごめんなさいね、素敵よ、そういう憧れを持つ姿勢は……でも、あのシーンは『あじろぎの道』がモデルだから、川の向こう側だよ』


「え!?」


『ま、いいじゃないか。アニメはこの辺の景色を合成して作ってあるんだから、素敵だと思っていたらいいことだ』


『そうね、でも、わたしのはもっと素敵なんだよ……』




 ドッポーーン


 


 水音に驚いて川面を見ると、お雛様のような和服の女の人が宇治川に飛び込んだところだ! 


「あ、人が落ちたよ!」


『そうよ、でも助けちゃいけないの』


「だって!」


『あれは浮舟だな』


「舟じゃない、人だよ!」


『あれは『源氏物語』の最後の宇治十帖だ。ジジのアニメといっしょでチカコが思い浮かべた幻だ』


「まぼろしなの……」


『浮舟は薫が想う女にも匂宮が想う女にもなれずに宇治川に身投げするところで終わるんだ』


『忍びのくせに、よく知ってるじゃない』


『さ、二人とも素敵な幻を見たんだから、そろそろ帰るぞ』


『まだよ、宇治川には、もっと血沸き肉躍ることがあるわ……』


 


 ブォーブォー ブォーブォー


 ドドドドドドドドドドドドドド! ドドドドドドドドドドドドドド!




 法螺貝が鳴り響いたかと思うと、川下の方から馬蹄の響きが轟いて、何十騎という騎馬武者が砂煙を上げて川辺の道を川上の方角に駆けて行った!


「え? え? なに!?」


 ヒョ! ヒョ! ヒョヒョヒョ!


『危ない、逃げるぞ!』


 おづねが声をあげて、わたしたちは宇治神社の境内を抜けて走る!


 ドス! ドスドスドス!


 今まで立っていたところに十数本の矢が立つ。


『ああ、ワクワクするう!』


 ドスドス!


「ヒヤ! 戦争なの!?」


『平家の軍勢が平等院の頼政を攻めているんだ、もう逃げるぞ!』


 おづねは宣言すると、手ぬぐいでチカコの左手をくるんでしまった。


『ジジ、目をつぶれ!』


「う、うん」


 急いで目をつぶると、また風が吹いてきて意識が遠くなっていった……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る