第33話『八坂神社の七不思議』
ジジ・ラモローゾ:033
『八坂神社の七不思議』
京都のどこに行きたい?
ペットボトルのキャップの上に立って、おづねが聞く。
「えと……」
『八坂神社か』
「え?」
『目をつぶって左手を隠せ』
「え、ええ?」
『早くしろ』
「え、あ……うん」
言われるままに目をつぶって、左手はカットソーの裾に潜り込ませる。
『良いと言うまで目を開けるな。左手も出すんじゃないぞ』
「う、うん」
風が吹いてきた。そよ風程度なんだけど、頭の先から足の先まで風に吹かれて、ゆっくりと空の上を飛んでるみたいだ。
「まだ?」
『まだだ、このぶんなら二三分はかかる』
「えと……どうして八坂神社?」
『心に思い浮かべただろうが』
「あ、うん……」
思い浮かべたのは『修学旅行のしおり』だ。
ホームルームで配られてワクワクした。パラパラめくったページ、最初に目に飛び込んできたのが八坂神社なんだ。『いなり、こんこん、恋いろは』『けいおん!!』『有頂天家族』『名探偵コナン』とか、アニメの聖地になっていて、階段の上の朱色の楼門も可愛くて、ここなら人に混じって写真を撮ってもいいと思ったくらい。
でも、思い浮かべただけでおづねに知れてしまうというのは、ちょっと要注意。
「目をつぶるのは、なんとなく納得なんだけど、なんで左手を隠すの?」
『一種の魔よけだ』
「魔よけ……」
ちょっとヤバいんじゃないだろうか……。
『さあ、着くぞ。そのままの姿勢で楼門の階段に出る』
ヒヤ!
お尻が冷たくなった。座布団の感覚が消えて、硬くて冷たいのに変わった。風も止んでいる。
『目を開けてもいいぞ』
「…………うわあ、八坂神社だ!」
冷たいと思ったら、石段に腰を下ろして、目の前には四条通が伸びている。
『これを履け』
足元に庭履きのサンダルが揃えてある。
「持ってきてくれたの?」
『まあな、裸足というわけにもいかないからな』
「靴の方がよかった」
『贅沢を言うな。いくぞ』
「へいへい」
たぶん、おづねの忍術で幻かなんかを見せられてるんだ。でも、リアルだから、とりあえずはいい。
「やっぱ正面玄関だけあって、おっきくてきれいだねえ」
『これは西の楼門だ、立派だが正面ではない。正面は南の大鳥居だ』
「へー、そうなんだ。それにしてもきれいだね……白壁に朱色の柱が映えてるよお! スマホ持ってきたらよかった」
『この楼門には蜘蛛が巣を張らんし、石段にも雨だれの跡がつかんのだ』
「え……あ、ほんとだ。観光名所だからメンテナンスとかに気を付けてるのねえ」
『気を付けておるだけでは、こうはならん。八坂神社七不思議のひとつだ』
「え、七不思議があるの!?」
『驚くのはいいが、足もとに気を付けてくれ、さっきから三度は踏みつぶされそうになったぞ』
「あ、ごめん」
『あそこに湧水があるだろう』
「え……あれ?」
本殿の右側に竹筒から出てくる湧水があって、立て札に『力水』とある。
『これを飲むと美人になる』
「ほんと!?」
『ああ、祇園の舞妓たちばかりでなく、全国から、この水を求めてくる女が絶えない』
「そう、試してみよ!」
中腰になって両手で水を受けて、グビリと飲んでみた。
『どうだ、効能はあったか』
「分からないよ、自分の顔は見えないもん。スマホがあったら見えるのにい」
『スマホはどうにもならんが……これでどうだ』
目の前に鏡が現れた、おづねの忍術だ。
「お、おお……」
どこがどうとは言えないけど、目の輝きとか肌の色つやとか、目尻とか口の端っことか、とても可愛いというかグレードが上がったような気がするよ! これで、四条通とか歩いたら振り返る人がいるかも! いや、天下の八坂神社、参拝客とか、地元の舞妓さんとか、神社の巫女さんとか、神主さんとか……一人もいない。
コロナで自粛なんだろうけど、境内にも社務所にも人影が見えない。
ちょ……。
西楼門の石段まで戻ってみる。
目の前の四条通にも東大路通にも人影……どころか、一台の車も走っていない。
「ここ、八坂神社なんだよね……」
『そうだ。ただ、初めてだから、全てのものが見えるわけではない。人や車が見えるには、もう少しスペックがあがらなくてはな』
「なんか、能力不足のゲーム機みたいだね」
『そんなところだ』
「……あ、なんだか暑くなってきたかも」
『ム……今日は、これくらいにしておこう。目をつぶって左手を隠せ、戻るぞ』
「う、うん……」
再び風が吹いて来て、ゆっくりと戻っていった……もうちょっと、居たかったなあ……。
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