第31話『ゴミ収集の朝』
ジジ・ラモローゾ:031
『ゴミ収集の朝』
ゴミの収集車が来るのは、なんとなくわかる。
むろんおおよその時間は決まってるんだけど、事情や都合があって、一時間くらいのズレはしょっちゅうだ。
でも、分かるんだよ。
収集車の人と出くわすのやだから。
ゴミ収集って力仕事でしょ。運転席に一人とパッカーの後ろに二人いて、近くまで来ると、パッカーの人が下りてきて、家々の前に出されたゴミ袋をササって感じで持っていく。
たまに、違反のゴミ袋があったりすると、違反のシールをペタって貼って、ササッと行っちゃう。通りの端まで行ったら、サッとパッカーの後ろに飛び乗って、次の通りに回るんだ。
あの元気さと、ササって感じに圧倒されて胸苦しくなる。
雨の日の学校でさ、穏やかに下校しようと思ったら、サッカー部とか野球部が、階段や廊下を走ってるのに出くわした、あの感じ。
ちょっとの間友だちだったA子なんか「いかにも、男って感じ、そそられるなア」なんて危ないことを言う。言うだけじゃなくて、本当にサッカー部のマネージャとかになってしまった。
お隣りの小林さんもすごいよ。
家の前を収集車が通り過ぎたっていうのに「あ、これもおねが~い!」って追いかけたりしてる。臨機応変というか見敵必殺っていうか、すごいよ。
足腰が悪くて自分ではゴミ袋出せないお祖母ちゃんは「メルシー」と労ってくれる。お祖母ちゃんは、わたしのこと分かってるから、ゴミ出しという日常的な行為も苦痛なんだって労わるんだ。メルシーは便利だ。日本語で「ありがとう」は度重なるとしんどい。わたしも「ジュブゾンプリ」とフランス語で返す。なんか、お芝居の台詞みたいで気軽になる。おしゃれな感じだしね。お化粧したりファッションに凝ったりのおしゃれは苦手だけど、言葉のおしゃれはいいと思うよ。
今日も、収集車が来る十分前にはゴミ袋出して「メルシー」と「ジュブゾンプリ」の交換をして、リビングでお茶にする。
「あら、なにか言ってるわよ」
お祖母ちゃんがお茶の手を留めて耳を澄ます。
ウィーーーン
いつもパッカー車の音に混じって、選挙のウグイス嬢みたいな声で、アナウンスが聞こえる。
『市民の皆さん、ただいま国や県から非常事態宣言が出されています。買い物や通院など必要な場合以外の不要不急の外出は控えてください。コロナウイルスに打ち勝つために、人との接触を80パーセント減らしてください。市民の皆さん、コロナウイルスに打ち勝つために、家に居ましょう……』
お祖母ちゃんともども沈黙してしまった。
「なんだか、戦争映画の中にいるみたい。広報の車が行った後、ドイツ軍がやってきて逃げたレジスタンスとか街中家探ししたりするんだ」
「ジジは、想像力豊かね。作家になれるかもよ」
茶化すお祖母ちゃんだけど、目は笑っていない。お祖母ちゃんも子どものころにフランス人のお母さんから聞いた大戦中の話だし。テロが起こるフランスでは、リアルに現実の事なんだ。
洗い物を済ませて部屋に戻る。
お祖母ちゃんは、リビングでネットフリックス。
わたしは、部屋に戻ってグーグルマップで旅行する。世界中うろついて、気に入ったところでオレンジイエローの小人さんを吊り下ろして、気ままにお散歩。
これだと、いくら歩いてもくたびれないしね。昨日はヴェニスに行ったんだよ。空から見てるときれいなんだけど、下りてみるとそれほどじゃない。
実際に旅行に行ったんなら「金返せ~!」って感じだけど、グーグルマップだからへっちゃらさ。
さて、今日はどこに行こうか。
これに熱中してると、気を使ってるのかおづねも現れないしね。
さ~てっと……。
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