第16話『先生と小林さんと』


ジジ・ラモローゾ:016


『先生と小林さんと』  





 燃えるゴミの袋とカラス除けの網を持って家の前に出ると、お隣りの小林さん。


「お早うございます」


 キチンと挨拶すると、ビクッとしてこっちを向いて「あ、おはようジジちゃん(^_^;)」と、焦り気味。


 悪さしに来たカラスに気をとられていたのかと視線を空に向ける。


「違うのよ、なんか変な人がうろついてて」


 小林さんの指さす方を見ると、横丁の方から不審な二人の男……一秒で気が付いた。


 せ、先生!?


 そう、担任のA先生と学年主任のB先生。


 向こうも同時に気が付いて、足早に近づいてくる。


「あ、うちの学校の先生です」


 小林さんは「あら、そうだったの」と緊張を解くと、向かってくる先生に一礼して、軽くわたしの肩に手を置いてから家の中に戻った。あたしの込み入った事情に踏み込んではいけないという気遣いと労りが感じられた。


「おはよう、屯倉さん(o^―^o)」


 作り過ぎの笑顔でA先生は声をかけてきて、B先生はあいまいに頷いた。


 


 東京から来るのに二時間以上かかる。それも、こんな朝に、始発電車にでも乗らなきゃ間に合わないよ。


 


「お祖母ちゃん、先生が来たあ!」


 ペコリと一礼だけして、玄関開けてお祖母ちゃんを呼ばわる。


 お祖母ちゃんは、脚が悪いのですぐには出てこれない。


「いやあ、空気の良いところだね」


 わざとらしく深呼吸。


「わたしに、用事なんですか?」


「うん、学校忙しくって、なかなか来れなくって、今日は僕もB先生も午前中が空きだったんでね」


「そうですか」


 そう言いながら嘘だということぐらいは分かる。先生二人がそろって半日空いてることなんてありえない。


 木曜の二時間目はA先生の授業だってこと憶えてるもん。


「まあまあ、わざわざ、ありがとうございます」


 お祖母ちゃんが出てきて恐縮の態を取り繕う。お祖母ちゃんだって教師の女房だったんだ、担任と学年主任そろっての家庭訪問(それも、他府県の祖母の家まで)が特別なことだってことぐらい分かってる。


 ワッチャー!


 A先生がカラスの網を引っかけて、ゴミが散乱!


「あ、わたしがやっとくから」


 小林さんが、箒と塵取りを持ってすぐに出てきてくれる。


 このタイミングの良さは、ドアスコープから見ていたんだと思う。でも、単なる覗き趣味ではなくって、純粋に心配してくださっての事なんだ。あとでお礼を言っておこう。




 出席日数に問題はない。停学課題もよくできている。学年末テストは受けて欲しい。仮に学年末テストを受けなくても進級に問題はない、問題はないが成績は下がる。相談したいことがあったら電話してほしい。停学中、どんな生活をしていたか。




 箇条書きにしたら、以上のようになることを二三度繰り返して、三十分ほどで先生たちは帰って行った。




「……疲れたあ」


「お祖母ちゃんやっとくから、横になっておいで」


 先生たちにお出ししたお茶の片づけをしようと思ったら、お祖母ちゃんが全部やってくれる。


 リビングを出て自分の部屋に足を向けてところで思いつく。


「あら、どこ行くの?」


「小林さんにお礼言ってくる」


「早く帰っといでよ」


「うん」




 ドアホン押すと、小林さんは直ぐに出てきた。


 ゴミのお礼を言うと「いいのいいの、お隣り同士なんだから」ニコニコと言葉をかけてくれる。


「ちょうどよかった、クッキー焼いたところだから、ちょっと待ってて」


 小林さんはキッチンに戻る。オーブンを開ける音がして、香ばしい匂いが押し寄せてくる。押し寄せているのは小林さん。体中にクッキーと優しさをまとわらせて紙袋に入れたクッキーを「はい、どうぞ」。


「ありがとうございます」


 お礼を言って顔をあげると、下駄箱の上の写真が目につく。


 写真は、制服姿の男の人だ。


「あ、うちの亭主。玄関の魔よけにね」


 悪戯っぽく笑った顔は、わたし以上にJKっぽい。


「あ、かっこいいですね」


「フフ、ありがとう」


 


 それだけの会話で帰ってきたけど、お祖母ちゃんが教えてくれた。


 小林さんの旦那さんは自衛隊の一佐っていう偉い階級だったんだけど、一昨年亡くなったんだ。


 とりあえず、部屋に籠ってひと眠りすることにする。


 先生が来たのは苦しいだけだったけど、小林さんとお話しできたことは良かった。


 昼まで寝ます。


 

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