第十一話「最後のチャンス」

   

「あら、それだって『今になって言われてみれば……』って程度でしょ?」

「そこは認めるわ。でも怪牛魔人ミノタウロスに関しては、最初から私、少しおかしいと思っていたのよ」

 狭い場所よりも開放的な空間を好むという、怪牛魔人ミノタウロスの習性。それを考えれば『異界の魔塔』のような廃墟に立てこもるのは、怪牛魔人ミノタウロスらしくない。

 ラドミラは、そう感じたのだが……。

「まあ、その辺は勘弁してやってくれ。ミシェルは田舎の村娘だから、モンスターの習性なんて詳しくないんだ」

「何よ、馬鹿にして! あなた貴族の生まれだからって、私を見下みくださないでよ!」

 男は助け舟を出したのに、女は拗ねたような態度で返す。

 そんなミシェルの言動から、ラドミラは気づいた。

「ああ、そういうことだったね……」

 良く言えば上昇志向、悪く言えば羨望。このミシェルという少女には、貴族や上流階級に対する憧れがあるのだ。

 そもそもミシェルは、ラドミラを家に招いた際、なかなか本題に入ろうとせず、紅茶や絵画に関して熱っぽく語っていた。ミシェル自身が分不相応と認めていたように、田舎の村娘らしからぬ趣味嗜好があったのだ。

 しかもミシェルは、自分の容姿に関して、過度の自信を持っていた。そんな彼女にとって、ケクランのような小さな田舎村で一生を過ごすのは、我慢ならないことだったらしい。

 もちろんケクラン村は、秘境というほど山奥にあるわけではない。一時間も歩けば、この地方最大の街であるエマールに行き着く。しかし逆に言えば、エマール程度が『この地方最大の街』なのだ。その事実こそが、ここは辺境の地方だという証にもなっていた。

「あなた、村を出たかったのね? そこの男に引っ付いているのも、純粋に惚れているというより、村から連れ出してもらえる絶好の機会だと思ったからなのね?」

 自分の推理を口に出すラドミラ。

 マガリーがミシェルに対して「どこにも行かないように」とか「私を一人にしないでおくれ」とか言っていたのも、怪牛魔人ミノタウロスの犠牲になるのを恐れていただけではない。マガリーは、ミシェルの「村を出たい」という気持ちを察していたのだ。

 だから。

 ただミシェルが村を飛び出したところで、連れ戻そうという動きが出るはず。しかし怪牛魔人ミノタウロスに食べられたことになれば、探そうとする追っ手も現れない……。

 これが、ミシェルの魂胆だった。

 怪牛魔人ミノタウロスにジゼルが殺されたことにしよう、と言い出した時、怪牛魔人ミノタウロスの話は別の意味でも使える、と考えていたのだ。


「そうよ。頭いいでしょ、私って」

 自慢げな口調で、胸を張るミシェル。

 ラドミラとしては「ミシェルはミシェルで男を利用している」と指摘して、二人の動揺を誘う作戦だったのだが、上手くいかなかったようだ。

 二人ともケロッとしている。男の方でも、とっくに承知していたらしい。悪党同士、持ちつ持たれつなのだろう。

「どうだい。これで事件の全貌も理解できて、もう思い残すこともないよな?」

 男のからかい言葉に、ラドミラは真面目に返す。

「いいえ、まだよ。例えば、私がここへ来る時……。ミシェルが一緒に来たがったのも、こうやって二人で、私を抹殺するつもりだったのね?」

「そ。だって邪魔なんだもん。ここを調べられたら、怪牛魔人ミノタウロスなんていないこと、バレちゃうし」

 あっけらかんと肯定してから、ミシェルは、ため息をつく。

「せめて一晩待ってくれたら、色々と準備できたのにね……。そうしたら、もっと穏便な手段もとれたでしょうに」

 確かにミシェルは「ゆっくり休んで、明日にしたら良いのでは」と提案していた。そこにも、裏の意図があったとは……!

「それでも、こいつは、俺に知らせてくれたからな。『今から塔に人が行く。出来れば始末するべき』って」

 よしよし、という態度でミシェルの頭を撫でる男と、

「鳥の鳴き真似には、私、自信あるからね。あれを合図に決めておいて、良かったわ」

 嬉しそうに、男の手を受け入れるミシェル。

「ああ、あのピーヒョロロ……。私が聞いた鳴き声って、あれ本物じゃなくて、あなただったのね……」

 あの時、空を見上げても鳥の姿は見えなかったのを思い出し、ラドミラは、少し悔しそうな声で呟く。

 そんなラドミラを見て、ミシェルは、満足そうな笑顔を浮かべた。続いて、総括するように述べる。

「同行を断られたけど、それでも責任感の強い私は『魔法士様一人に任せておけない』と、少し遅れて『異界の魔塔』へ。そして魔法士様は怪牛魔人ミノタウロスに返り討ちにされ、私は食べられてしまったのです……。どう? なかなか良いシナリオでしょ?」

 計画通りと言わんばかりに、ミシェルがニッと白い歯を見せると、彼女に寄り添っていた男は、ラドミラに告げた。

「さあ、もういいだろう。そろそろ時間稼ぎも終了だぜ、魔法士さん」

「……え?」

「なんでぇ、ミシェル。お前、わかってなかったのか? こちらの魔法士殿は、わざと長話をしてたんだぜ。死ぬ間際の好奇心で、色々と聞いてたってわけじゃねえ」

「えっ? 時間稼ぎしてたのは、私たちの方じゃないの? 私がグサッと刺したから、放っておけば失血死するはず、ってことで……」

「違う、違う」

 わずかに口元を歪めながら、男は首を横に振ってみせた。

「戦い慣れた魔法士ってやつは、そんなに甘いもんじゃないさ。こいつはな、こっそり薬を塗り込んで、回復を図ってたんだぜ」


「あらあら。すっかりお見通しだったのね」

 苦笑するラドミラ。

 うずくまった格好で、手の動きが隠れているのをいいことに、彼女は今まで、刺し傷を治療していたのだった。ちょうど腰のところに回復薬をぶら下げていたので、それを使ったのだが……。

「ちょっと、あなたってば! それに気づいてたなら、なんで放っておいたのよ?」

「いいじゃねぇか。どうせ、薬じゃ全快しねぇよ。回復魔法なら、魔法士の技量次第で、あっさり治せるかもしれんが……。見たところ、そいつは回復魔法なんて使えない、攻撃一辺倒の魔法士みたいだからな」

 男の顔には、馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。

 悔しいが、男の言う通りだった。

 ラドミラは、大抵の敵は一撃で屠れるほど、高い攻撃力を誇る『攻撃一辺倒の魔法士』。先に倒してしまえば良い、というのが基本だから、防御がおろそかになることもある。今回だって、油断して素人娘に刺された結果、窮地に陥っているくらいだった。

 回復魔法を全く使えない分、回復薬は多めに持ち歩いているつもりだったが、手持ちの薬を全て費やしたにもかかわらず、まだ完治には程遠い。出血も痛みも、少しはおさまったものの、どちらも完全には止まっていなかった。

 この状態が続いたら、緩やかな死を待つだけだ。何とか隙を見て、ここから逃げ出さないといけないのだが……。

 貴族くずれの男も、田舎娘のミシェルも、簡単には逃がしてくれそうになかった。


「魔法士といっても、腰にナイフをぶら下げてるくらいだから、あんた少しは武器も使えるんだろ? でも貴族として一通りの剣術を習った俺には、かなわないだろうさ」

 これ見よがしにマントをめくって、男はラドミラに、隠し持っていた剣を見せつける。

「まあ俺の剣術も、本職の騎士には勝てっこないレベルだが……。そもそも俺は、剣の才能はないと判断されて、魔法の勉強をさせられたくらいだからなあ。といっても、そっちはもっと才能なくて、使えるようになったのは一つきりだったけどな」

「十分すごいわよ……」

 吐き捨てるように呟くラドミラ。その『一つ』というのが、使い手の少ない特殊な魔法、魔力反射マジック・リバースなのだから。

 男にしたところで、口では卑下しているものの、本心では自慢しているのだろう。その顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。

「魔法士さん、残念だったなあ。俺に魔力反射マジック・リバースがある限り、あんたは絶対に勝てねえ。剣の使い手が来たら怖いが、攻撃魔法はいくらでも跳ね返せるのさ、俺は」

 そこまで男が言い切った時。

 貴族くずれの男でもラドミラでも、ましてやミシェルでもない声が、その場に響き渡った。

「癒せ! 過剰回復エクストラ・ヒーリング!」


 誰かが、最大級の回復魔法を唱えたのだ。

 その『誰か』とは、相当な腕前の魔法士なのだろう。

 ミシェルに与えられたダメージが、みるみるうちに癒されていくのを、ラドミラはハッキリと実感していた。

「……!」

 バッと後ろを振り返れば、視界に入ったのは、この『異界の魔塔』に近づく白い人影。

 ならば、今しかない。

 これが最後のチャンスだと思って。

 ラドミラは、精一杯の大声で叫んだ。

「来てくれたのね、リリアーヌ! 『白輝の剣聖』!」

   

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