第十話「真相」

   

 ラドミラは苦笑いを浮かべる。

「ええ、わかってるわ。こうして私自身、ミシェルに刺されたくらいだし」

 その件がなくても、もはや明白な話だった。

 ミシェルの語った物語は、姉妹の性格を変えずに立場だけ交換すれば、事の真相となるのだろうが……。

 それは、夜の森で姉妹が争いを始めた場面までの話。

 実際には怪牛魔人ミノタウロスなどいなかった以上、怪物の出現以降は、完全な捏造。つまり、二人の争いを止める者もいなかったのだから、そのままジゼルはミシェルに殺された、ということになるのだった。


「いや、俺だって驚いたんだぜ? 約束の場所に着いたら、返り血を浴びたこいつが、ボーッと突っ立ってたんだからな」

 あっけらかんとした態度で、男は言い放った。

 ふざけた野郎だ、とラドミラは思う。

「計画的な殺人ではなく、衝動的なものだった……。そう言いたいわけ? 今さら弁解のつもり?」

「弁解なんかじゃなく、事実だぜ。そりゃそうだろう? 少しくらい仲違なかたがいしてたとはいえ、こいつが『姉さんを殺したい!』なんて思ってたわけないさ」

「だって、しょうがないじゃないの!」

 癇癪を起こした子供のように、ミシェルは感情を爆発させて叫ぶ。

「小さい頃からずっと、私の言うことには『はい、はい』と従ってたお姉ちゃんなのに……。今回に限って、強く反対するんだから!」

「でも、それだって突然じゃないでしょ? 今までの話だと、前々からお姉さんは諌めようとしてくれていて、だから姉妹仲も険悪になってたんでしょ?」

 冷静に合いの手を挟むラドミラ。マガリーの「あれだけ仲の良かった姉妹なのに、最近はギスギスした雰囲気を漂わせていた」という発言を思い出したのだ。

 これに対して、ミシェルは激しい口調のまま返す。

「ええ、そうよ! やんわりとは反対してたわ! でも、あの時ほど強硬だったのは初めてよ! だから私も、ついカッとなっちゃって……。『お姉ちゃんも、ほんとは彼のこと好きなんでしょ!』って言ったり、殴り掛かったりしちゃったのよ!」

「何が『だから私も』よ。言い訳にも何もなっちゃいないわよ、それ……」

 ラドミラは、ツッコミの呟きを口にした。叫んでいるミシェルには聞こえない程度の小声で。


 軽く首を振りながら、あらためてミシェルの作り話を思い返すと……。

 襲ってきた姉に引っかかれたと言っていたが、実際にはミシェルの方から仕掛けた争いなのだから、あの引っかき傷は反抗されて出来たものだ。温厚な姉が反撃に出ざるを得ないほど、ミシェルは手ひどく殴り掛かったのだろう。

 そうやって事件当時の状況を想像していると、ちょうど補足するかのように、ミシェルの隣に立つ男が口を開く。

「俺が見た時には、こいつの姉さんは、もうピクリとも動かない状態だったさ。そこらに転がってた岩で、ミシェルが何度も頭を殴りつけたらしくてな。こいつ、血だらけの岩を握ってたんだぜ」

「……私だって、殺す気なんてなかったわ。我に返った時には、もう死んでたのよ」

「その割には、ミシェル、ずいぶんと落ち着いてたじゃねえか」

「落ち着いてたんじゃないわ。呆然としてたのよ」

 ふてぶてしく吐き捨てるミシェルを、男はフンッと鼻で笑った。

「まあ、どっちだっていいや。……幸い、こいつの服には、ほとんど血は付いてなくてな。返り血を浴びていたのは、生肌の部分ばかり。なぜかこいつ、半裸だったからな。それはそれで、妖艶でグッとくる姿だったが、それどころじゃねえや。俺たちは、急いで後始末の打ち合わせをしたってもんさ」


 男の説明を聞いて、あらためてラドミラは思い出す。

 立場を入れ替えた物語の中で、ミシェルは「上着は足元に脱ぎ捨てて、寝間着も半分、はだけたような状態」のジゼルのことを「月明かりの下でそんな格好をしていると、淫美というより幻想的な美しさ」と表現していた。実際には、それはジゼルではなくミシェルだったのだから、何のことはない、自画自賛していたわけだ。

 いや、そもそも。

 最初にジゼルを「顔も体型も私とよく似ていました」と紹介しておきながら、事件の夜の話で「器量もスタイルも良い姉ですから」と言い切ったのだから……。

 作り話の中でさえ「私は美しい!」と主張していたようなものではないか。

 よほど自信があったのだろう。そういう女なのだ、このミシェルという村娘は。


「何よ、あなたったら。後始末の打ち合わせって言っても、ほとんど私が考え出したんじゃないの。私がアシャール村の話を思い出して、ここでも怪牛魔人ミノタウロスが出たことにしよう、って言い出したのよ。忘れたわけじゃないでしょう?」

「そりゃないぜ、ミシェル。計画立てたのはお前だけど、面倒な作業は、全部俺一人でやったようなもんじゃねえか」

 より頑張ったのはどちらなのか、一種の手柄争いを始める二人。冗談半分だとしても酷い話だ。対象にしているのは、人殺しの隠蔽工作なのだから。

「死体を切り刻むなんて、ゾッとしたぜ。あのままじゃ、とても怪牛魔人ミノタウロスがやったようには見えないからな」

「あら。私だって、あなたのために時間稼ぎしたのよ? 怖くて布団かぶって震えてる、なんて演技までして」


 ミシェルが撲殺してしまったジゼルの死体を、怪牛魔人ミノタウロスの犠牲者に見えるよう、加工した男。

 一方、男の事後処理の間、時間を稼ごうとしていたミシェル。

 ラドミラは、ミシェルから嘘の話――当時は嘘とは気づかなかったが――を聞かされた時「村の誰かに助けを求めようとは考えなかったの?」と尋ねたものだが、今になって考えると、あれは核心をついた質問だったのだ。

 答えるミシェルの表情は、露骨に変化していたが……。姉の死に言及した動揺などではなく、咄嗟に言い繕うのに苦労したからだったのだろう。

 いや「死んでいる」という言葉が引きがねになった部分もあるかもしれないが、それは、あの時ラドミラが推測したような感情ではない。目の前で殺された姉に対する想いではなく、自分が殺してしまった姉に対するものだったのだ。

「……それに私、それっぽい噂が村の中で広まるよう、上手く言って回ったのよ。最初は、怪牛魔人ミノタウロスなんて信じない、って人も多かったんだから」

「それだって、ミシェルは口先だけじゃねえか。実際に手を動かしのは俺だぞ。怪牛魔人ミノタウロスの脅し文句を血で書いたのも俺なら、お前の指示で獣の死体を用意したのも俺。牛頭ぎゅうとうの被り物を作って、言われた通りに、それとなく姿を見せたのも俺……。特にこの被り物、こしらえるのに苦労したんだぜ」

「文句言わないの! 上手くいってたんだから!」


 ラドミラは、再び思い出す。

 血文字のメッセージの話をするよう、マガリーをかしたのはミシェルだった。そして自分が狙われている理由として「同じ味だから」という可能性を提示したのもミシェルだった。怪牛魔人ミノタウロスが特定個人を狙うという話に、一応の説得力を持たせるために。

 それに、マガリーが曖昧だった怪牛魔人ミノタウロス目撃の期日も、ミシェルは正確に覚えていた。わかってしまえば当然の話だ、なにしろミシェルは仕組んでいる側だったのだから。

 だが、そうやって頑張れば頑張るほど、どことなく不自然に見えてくる部分もあった……。

 ミシェルの稚拙さを思うと、ラドミラの顔に笑みが浮かぶ。

 それに気づいたミシェルが、小首を傾げた。

「あら、何がおかしいの? もしかして、出血と痛みで、もう気が変になったのかしら?」

「そうじゃないわ。あなた、自分で思っているほど『上手くいってた』わけじゃないからね」

 ラドミラの言葉に、ミシェルは、小馬鹿にしたような顔をする。

「なぁに? 今ごろになって、負け惜しみ? 私の演技に、コロッと騙されてたくせに」

「そうでもないわ。不自然なところ、結構あったのよ。例えば……」

 最初に見せた、明る過ぎる表情。そこには悲壮感など微塵もなく、怪物から命を狙われる少女の態度とは思えなかった。

 事件の話をする時も、ミシェルとしては精一杯の演技だったのだろうが、わざとらしい感じだった。本物にしては、感情の起伏が大き過ぎたのだ。

 祖母の前で泣いてみせたのも、嘘泣きだったはず。直後、涙の跡が見当たらないことに、ラドミラは気づいていたのだから。

 それに、演技だけではない。怪牛魔人ミノタウロスがジゼルを襲ったという場面――ミシェルがゼロから作り上げた創作部分――は、やや演出過剰だった。ミシェルの語った描写通りならば、実際に発見された死体は、もっと酷い状態になっていたことだろう。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る