第七話「怪物に関する推理」
「なるほどね……」
と、相槌を打ちながら、少し考え込むラドミラ。
その点、疑問を感じてしまったのだ。
だが、わざわざ「十日後に来い」と期日を指定しているのだ。ならば、別の解釈も成り立つではないか。その日以外は『異界の魔塔』にはいない、つまり塔に住んでいるのではなく時々やって来るに過ぎない、という考え方だ。
マガリーとミシェルの話では、塔を荒らしていたらしい獣たちが追い出されたのは、ジゼルが殺された翌日。ならば、もしも
そもそも。
アシャール村の事件に際して、ラドミラは一応、
一般的に
実際、ラドミラとリリアーヌは、最後に
もちろん、今回の
「あの……? 魔法士様……?」
黙り込むラドミラを見て、ミシェルが、少し心配そうな表情を浮かべる。
「ああ、何でもないわ。気にしないで。それより……」
彼女を安心させるつもりで、微笑んでみせるラドミラ。ペトラやミシェルのような美人顔ではないが、それでも若い女性特有の、チャーミングな笑顔だった。
「確認しておきたいんだけど。村の人たちも
「さあ……? 確か、目撃されたのは三度だと思いましたが……。正確な日付までは……」
あやふやなマガリーに対し、ミシェルは、しっかりと覚えていた。
「四日前と三日前と、あとは昨日だわ。だって、おばあちゃん、最初は二日連続だったでしょ。それから一日、間が空いてたもの」
「ああ、そういえばそうだったね。……そうです。ミシェルの言う通りでした、魔法士様」
「それで、時間帯は? いつも決まって同じ頃なのか、あるいは、日によってバラバラなのか……」
「まちまちですね。最初が午前中で、次が夕方。昨日のは、お昼過ぎくらいだったと思います」
ミシェルが明確な答えを返し、隣でマガリーが頷いていた。
同じ辺りで頻繁に目撃されたからといって、その近くに住んでいるとは限らない。理由があって別の場所から通ってきているのかもしれない。その場合、いつも同じ時間帯に『異界の魔塔』近辺をうろつく可能性が高いのではないか……。
そうした考えを捨てきれずに、わざわざラドミラは時間を尋ねたのだが、結果は一定していなかった。そうなると、やはり「
「ついでに、もう一つ。村の人たちもミシェルみたいに、
「いいえ、魔法士様。角を生やした黒い影が木々の間で動いていた、という程度だそうです」
「でもシルエットだけでも、特徴的な二本の太い角は、見間違えようがないでしょう」
と、ミシェルがマガリーの発言を補足する。
「うーん。だったら、同じ
「まさか! 魔法士様は、あんなのが二匹もいるとおっしゃるのですか!」
「いや、あくまでも可能性ってだけよ。そんなに心配しないで」
老婆が飛び上がらんばかりに驚くので、あえてラドミラは軽く言ってみせたのだが。
そもそも、この件にラドミラが首を突っ込む気になったのは、最初に考えたからだ。自分たちが倒したアシャール村の
その後で「それはないだろう」とも思ったが……。もしも家族や仲間であるならば、当然、一匹とは限らない。
いや、アシャール村の事件とは関係ないとしても、わずか一ヶ月の間に、二度も
どちらにせよ。『異界の魔塔』を中心として、二匹、三匹と集まってきている可能性は、ないとは言えないのだ……。
しかし目の前の老婆の様子を見れば、そこまで詳しく告げるのは酷だと、ラドミラは思うのだった。
ふと窓に視線を向ける。
いつのまにか、西日が差し込む時間帯になっていた。
ラドミラは夜までにエマールの街へ戻るつもりだが、せっかくケクラン村まで来た以上、一応は『異界の魔塔』の様子も見ておきたい。
ならば、ここで長話を続けるわけにはいかなかった。だいたいの事情は把握したし、最後に聞いておくべきことは……。
「ところで、お姉さんの話に戻すけど……」
ラドミラは、ミシェルの様子を見ながら問いかける。
「……事件の夜、彼女が森に向かった原因は、ミシェルの言うところの『悪い男』だったのよね? そのラファエルって男について、おばあさんは、どれくらい知っていたの?」
ミシェルの話ではラファエルは怪しい男のようであり、ラドミラとしては、彼が
「はあ。恥ずかしながら、何も知りませんでした」
「何も……?」
「はい。ジゼルは元々、男にうつつを抜かすような子じゃありませんでしたから。そんな事態になっているとは、思いもよりませんでした」
悲しげな表情で、老婆は首を横に振った。
「ジゼルとミシェルの様子を見ていて、何か変だとは感じておりました。あれだけ仲の良かった姉妹なのに、ギスギスした雰囲気を漂わせていましたから」
「……おばあちゃん。気づいてたのね……」
ミシェルの悲しそうな声を耳にして、マガリーは孫娘に目を向ける。だが変えたのは視線の方向だけであり、相変わらず言葉はラドミラに向けられていた。
「……ですが、なるべく気にしないようにしていたのです。年頃の姉妹のちょっとした喧嘩なんだろう、と思って。今までが仲良すぎたのであって、これくらいがちょうどいいんだろう、と思って。それが……。まさか、こんな結果を招くなんて……」
「私がいけなかったんだわ。心配かけまいと思って、内緒にしてたのに……。いっそのこと、最初から全部、おばあちゃんに相談するべきだったのね……」
悔やむ老婆に語りかけてから、ミシェルはラドミラの方を向いた。
「私は……。大きな問題になる前に、姉を説得するつもりでした。出来ると思っていました。でも姉は、私の言葉には耳を貸そうともせず……」
「ミシェル、そんなに自分を責めるでないよ。ジゼルを正しい方向に導こうとしたなら、それで十分だよ」
続いて、マガリーもラドミラに顔を向ける。
「結局、私は顔を見ることもありませんでしたが……。ミシェルの話からだけでも、ある程度の人物像はわかります。夜中に若い娘をあんな森まで呼び出す男が、まともな人間のはずありません!」
マガリーが一度もラファエルの顔を見ていないということは……。
「そっか。ラファエルって男……。恋人が死んだっていうのに、挨拶にも訪れていないのね」
「はい、魔法士様。薄情な話ですよ、本当に……」
吐き捨てるように言う老婆に続いて、ミシェルがポツリと呟く。
「考えてみれば……。あの晩も、約束の場所に来なかったくらいです。もしかしたら彼は、もうこの辺りにいないのかもしれませんね」
だとしたら、ジゼルはデートにすっぽかされた上に、怪物に出くわして殺されたことになり、本当に救いのない話なのだが……。
そんなことを考えるラドミラの前で。
「おや、まあ!」
マガリーが突然、素っ頓狂な声を上げた。
「すっかり
老婆の視線の先にあるのは、ラドミラのティーカップ。
ラドミラが飲み干したのはかなり前なので「今さら」感もあるのだが、老婆は慌てて注ごうとしていた。
ところが。
「あれまあ、すっかり冷めてしまって! 魔法士様、今、新しいのを持ってきますから。少しお待ちください」
ティーポットの中身も冷たくなっていたため、立ち上がるマガリー。
「おばあちゃん! お茶なら私が……」
「私が用意するよ。お前はここで、魔法士様のお相手を続けてなさい」
「でも……」
「もう十分、休ませてもらったからね。これくらいは私にやらせておくれ。少しは体を動かさないとね」
孫娘を手で制してから、マガリーはポットを持って、お湯を沸かしに行く。
「いや、私、そろそろお
と小声で呟くラドミラを、その場に残して。
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