第二話「老婆からの依頼」

   

 料理が運ばれてきたので、食べ始めるラドミラ。その正面では、相変わらずペトラがシュークリームを楽しんでいる。もう老婆も立ったままではなく、ペトラの隣に、ちょこんと腰を下ろしていた。

「マガリーと申します。ここから一時間ほどの距離にある、ケクラン村で暮らしております」

 簡単な自己紹介に続いて、老婆は事情を説明し始める。

 ケクラン村は、小さいながらも、緑に囲まれた美しい山村。だが最近、近くの廃墟に、怪牛魔人ミノタウロスが住み着いてしまった。

 その怪牛魔人ミノタウロスは、どうやら若い娘を好んで食するらしい。すでに一人が犠牲になっている上に、新たな生贄いけにえを名指しで要求。従わなければ村人を皆殺しにすると脅しているのだった。

「街道をしばらく進んだ先にあるアシャール村でも、一ヶ月ほど前に、怪牛魔人ミノタウロスが出没したと聞いております。しかも退治した騎士様は、その後、この街に来たとか。同じ怪牛魔人ミノタウロス退治ということで、その騎士様にお願いしようと思い、やってきたのですが……」


「残念ながら、もうリリアーヌはいなかった。でも代わりに、リリアーヌと組んで怪牛魔人ミノタウロスを倒した私がいた、ってわけね」

 食べながら話を聞いていたラドミラは、おおよその事情は理解したと示す意味で、そう言ってみせる。ただし真剣に聞いていたのではなく、むしろ頭の中では「このコーンポタージュ美味しい!」などと考えていた。

「はい、魔法士様。これも天の巡り合わせと申しましょうか。同じ怪牛魔人ミノタウロス、一匹倒すも二匹倒すも同じことでしょう。どうか、哀れな村人を助けると思って……」

「そう言われてもねえ」

 骨つき肉にかぶり付きながら、ラドミラは答えを渋る。

「アシャール村の怪牛魔人ミノタウロスを退治したのだって、慈善事業ボランティアじゃないのよ。魔法士協会からの依頼だったから、私も頑張ったわけで……」

「いえいえ、魔法士様! 無料タダ怪牛魔人ミノタウロスに挑んでいただこうなどとは、もちろん考えておりません!」

 慌てた素振りで、老婆マガリーは革袋を取り出し、テーブルの上に置いた。ジャラッと音がするので、それなりの金額が入っているに違いない。村で掻き集めてきたのだろう。

「いや、お金の問題じゃなくて……」

 そもそもアシャール村の事件では、ラドミラ一人ではなく、女騎士リリアーヌと二人で怪牛魔人ミノタウロスを倒したのだ。一人では無理とは言わないが、難易度は大きく跳ね上がる。

 まあ人数に関しては、一応ここには、超一流の魔法士が二人いるわけだが。

 そう思ってチラッとペトラに目を向けると、彼女は幸せそうに、シュークリームを頬張っていた。ラドミラの視線に気づいて、少しだけ会話に参加してくる。

「ラドミラさん、引き受けてあげたら良いではありませんか。……というより、そうするべき案件でしょう?」


「ちょっと、ペトラ。あなた、また意味わからないこと言い出して……」

「いいえ、意味は通っていますわ。ほら、前に退治したという怪牛魔人ミノタウロス。それが実は生き延びていて、今度は、おばあさんの村に迷惑をかけているのではないかしら?」

 つまり。

 今回の怪牛魔人ミノタウロスはアシャール村の個体と同一であり、これを何とかしない限り、あの依頼も完了していない、という意見だ。

「はあ? それはないわよ! だって……」

 アシャール村の怪牛魔人ミノタウロスは、間違いなく絶命したはず。

 怪牛魔人ミノタウロスは確かに再生能力の高いモンスターだが、ラドミラの烈火燃焼バーニング・ファイヤーで焼き尽くした上に、リリアーヌの剣で首や手脚を分断したのだ。あのバラバラ焼死体から再生復活するなんて、トロール系の最上級モンスターでも不可能な話だろう。

 そう思うラドミラだったが、口には出さずに、少し黙ってしまう。別の可能性が頭に浮かんだからだった。

 同一個体ということはなくても、何らかの関連はあるのかもしれない。家族とか、仲間とか……。アシャール村の怪牛魔人ミノタウロスを殺されたことで、今回の怪牛魔人ミノタウロスがケクラン村を襲い始めたのだとしたら……。

「いや、それも変だわ」

 自分で自分の考えを否定する意味で、小さく呟くラドミラ。

 怪牛魔人ミノタウロスは普通、人語を理解しないはず。少なくとも、アシャール村の怪牛魔人ミノタウロスには、そのような様子は見られなかった。

 だから。

 生贄いけにえを指名したり、村人に皆殺しを宣言したりするモンスターが、ラドミラの相手にした怪牛魔人ミノタウロスの仲間だとは考えにくいのだ。

「ケクラン村の怪牛魔人ミノタウロス、よほど特殊なやつみたい……」

 ラドミラの言葉を聞いて、マガリーは情報を補足する。

「そうかもしれません。怪牛魔人ミノタウロスが住み着いた廃墟は、昔から『異界の魔塔』と呼ばれておりますので、その影響を受けているのではないかと……」

「『異界の魔塔』だなんて、ずいぶんと仰々しい名前ね?」

「廃墟といっても、十年くらい前までは、人が住んでいたのです。異世界から来た賢者様が塔にこもって、魔法医療の研究をしておりました」

 マガリーの言う『異世界から来た賢者様』というのは、要するに転生者のことなのだろう。

 ラドミラはそう理解したし、ペトラもこれに反応を示した。

「あら! それってシラカワさんの話ですか?」


「知っているの、ペトラ?」

「おお! 賢者様のお知り合いなのですか!」

 ラドミラとマガリーが、二人してペトラに尋ねる。

 しかしペトラは首を横に振って、

「噂で聞いただけですわ。森の塔で研究に明け暮れたという、転生者シラカワさん。この世界で再び亡くなるまで、その一生をほとんど塔に閉じこもって過ごしたとか」

「はい、そうです。でも賢者様は、食料の買い出しなどで、時々ケクラン村やエマールの街まで出てくることがあって……」

「あら、私が聞いた話の通り! それで、このエマールの街に、これの製法を伝授してくださったのですよね!」

 と言いながら、また一つ、シュークリームを口に運んだ。

 ペトラは満足そうな顔をしているが……。

 ラドミラは、少し呆れてしまう。こんな形で、怪牛魔人ミノタウロスの一件とシュークリームの話が繋がるとは!

 やはり転生者なんてロクなものではない。そう思いながらラドミラは、落ち着いた声でペトラに尋ねた。

「……ということは、ペトラは、今回の事件に興味あるのね?」

 あわよくばペトラに押し付けてしまおう、あるいは最低でもペトラを怪牛魔人ミノタウロス退治に巻き込もう。そのつもりだったのだが……。

「興味なんてありませんわ、全く。だって私、忙しいですから。ケクラン村まで行くなんて、とても無理ですわ」

 あっさり否定されてしまった。

「忙しいとか言うけど、シュークリーム食べに来ただけじゃないの?」

「あら、違いますわ。私には、この街でやるべき大切な用事がありますのよ」

「へえ、そうなの……」

 いくら甘い物好きのペトラとはいえ、さすがにシュークリームだけが目的で、こんな辺境の街まで来たわけではないらしい。

 内心で少しだけペトラを見直すラドミラに対して、

「とりあえず、ラドミラさんだけでも、ケクラン村へ行ってみたらどうです? 怪牛魔人ミノタウロスのこと、少しでも気になるのでしたら」

 と、当のペトラは、無責任な提案を口にする。

「片道一時間ですから、ちょっと様子を見に行くとしても、夜までには街へ戻って来られるでしょう?」

 ペトラ自身は「ケクラン村まで行くなんて、とても無理」という言い方だったのに、ラドミラが行く話になったら、さも簡単そうな口ぶりだ。

 これだからペトラは……!

 顔をしかめるラドミラだったが、

「おお! では、来てくださるのですね! ありがとうございます!」

 希望に満ちた老婆の目を見ると、「これは断れないなあ」と思うのだった。

   

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