第15話 人間、こんな物でも死ねるのである
堀田正信は悩んでいた。
自害できない。
そんなことに悩んでいた。
堀田正信が正義の人である。
地震が治めていた佐倉15万石の民が苦しんでいることを知った正信は、自らの領地を返上して人民の救済に充ててくれ、と訴えたのだ。しかしながら、当然そんな論理が通るはずもなく、正信は狂人として徳島藩に預けられたのだ。
そして、配流先の徳島まで四代将軍徳川家綱の死を知り、殉死しようとしたのだ。
が、刀がない。
配流された人間はふとしたことで自殺することがある。精神がおかしくなるからだ。
堀田正信の父である堀田正盛も、家綱の父である家光に殉死した。その死にざまを見た時、正信は天命を感じたのである。
己も斯くの如く死すべき、父の死骸は正信にそのような死への義務を叩きつけた。だから、精神がおかしくなくとも堀田正信は死のうとしているのだ。
己の父の忠義を、自らの死によって完成させる。そんなことを思っていた。
が、刀がない。
「これでは、死ねぬ」
堀田正信は頭を抱えた。
が、その次の瞬間、彼は部屋の隅に転がっていたあるものを見つけた。
「うむ、これなら使えるな」
そんな納得と共に、堀田正信は笑顔で命を絶った。
堀田正信、鋏でのどを突き刺し殉死。
日本史上まれにみる、鋏で殉死した男である。
了
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