第8話 アブラかニイニイか
「きっとこれはアブラだ。あそこは私の生た地だ、アブラがいた!」
「いや、これはニイニイですよ。あの場面にあうのはきっとニイニイです」
この二人はまだ知らない、これからアブラかニイニイかという論争が人円も続き、周囲の人間すら巻き込んで歴史に名を残すことを。
そもそも、この二人が論じているのは日本の伝統芸術についてだ。
「ニイニイは合わないだろうよ」
「否、アブラはもたれますよ」
この論者二人はいずれもその日本の伝統芸能に長じた人間だ。
何せ片方は当代一流のその伝統芸能の担い手であり、もう片方は当代一流の評論家だ。
「そもそも、彼が残すほど驚く静けさを破るのは、きっとアブラだよ」
「いいえ、そうではありません。ニイニイの風情ある音こそが、人々に情景を想起させるのです」
ただこの二人のやり取りを聞いていると、互いに何ともつまらぬことにこだわっているのだろうと思うだろう。
しかしながら、この二人している話が松尾芭蕉の句である「閑さや岩にしみ入蝉の声」についての議論であり、アブラ、即ちアブラゼミを推しているのが日本俳壇の大家である斎藤茂吉であり、ニイニイ、即ちニイニイゼミを推しているのが夏目漱石に愛された独文学者にして文芸評論家である小宮豊隆であることを思うと、これが二年ももったのが少しわかる気がする。
ちなみにこの議論、結局当時の気候などを考えるとニイニイゼミが正しいのだ。
了
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