第12話 抗い、道を切り拓く
気が付くとオレは、干からびた田んぼの真ん中に突っ立っていた。
見回しても山と木しかない。どうやら元の世界に戻ってこれたみたいだけど、どうせならコンビニの前とかにしてほしかった。寒いし。つーかマジでどこだここ。
田んぼから出て、農道っぽい所に座り込む。友紀はまだ戻ってこない。
何やってんだろあいつ。早くしてくれー。寒い。
そうして何十分か待っていると、遠くから黒い車が走って来た。
車はオレの近くで止まって、中から知らないおっさん達と一緒にカネザワちゃんが降りてきた。
「粕谷さん!」
「おーカネザワちゃんさっきぶりー。つか友紀が全然出てこないんだけどさー、これひょっとして出てくる場所バラバラなの?」
「……」
オレが声をかけると、なぜかカネザワちゃんはいきなりヤバいもの見ちゃった的な顔になって立ち止まった。オレ、何か変なこと言ったかな?
「……意識に混濁が見られますね。異象の影響を強く受けている可能性がありますので、あまり頭を揺らさないように、丁寧に運んで下さいませ」
「え? ちょ、なに!?」
車からぞろぞろ降りてくるおっさんたちに囲まれて、オレは訳が分からないまま、抵抗も虚しく半強制的に東京に送り返された。
◆
「だーかーらー! 友紀がまだ戻ってないっつってんでしょー! さっさとあの村にもっかい人送って下さいよー!」
本日何度目かになるオレの言い分を、聞いているんだか聞いていないんだか分からないような顔をしながら、星野さんはぐじぐじとメモ帳にペンを押し付けている。
異界で6ヶ月くらい過ごしたと思っていたら、なんと現実世界では2日とちょっとくらいしか経っていなかった。
その間にカネザワちゃんが星野さんに連絡して、部下を総動員して大規模な捜索をした結果、オレが見つかったという話だった。
土日を挟んでいたので大学もちょっと休んだだけで済んで、留年するかと思ってたからそこはラッキーだったけど、そんなことより今はもっと大きな問題があった。
「はいはい……それよりさあ、
なんだか知らんけど、星野さんがオレの話をまともに聞いてくれないのだ。
友紀がまだ戻ってないと何度訴えても、ぼんやり聞き流されてしまう。
星野さんだけじゃなくて、蛇一の兄貴も、カネザワちゃんも、ついでに権田先輩も、誰一人として普通の反応を返してくれないのは本気で意味が分からん。
友紀のスマホに電話をかけてみても当然電源は切れてるし、どうしようもない。
「カネザワ、君は道野村で粕谷を捜索してる時に、突然意識を失ったらしいね?」
「ええ……ほんの数分ですけれど」
「その間、君のことを誰か見ていたかい?」
「いえ、手分けをして捜索していましたので……わたくしは粕谷さんが消えてしまったお墓の辺りを探していたのですが、気がついたら横になっていて……」
「あのさー、今そんな話はどうでもよくない?」
たまらずオレが口を挟むと、星野さんはいかにもたった今気が付いたみたいな感じでオレの方を見た。
「粕谷、君が異界で会ったカネザワは、突然黒い穴から出てきたんだな?」
「そうっすけど……それよりー」
「ふうむ、出入口を自在に作り出せるのか……ことによると」
「友紀が……」
「異界の魔女がコンタクトを取って来たのかもしれん。これは大変な事態だぞ」
「それは……わたくしの体を使った、ということでしょうか?」
「そうだ、カネザワ。かつてこの世界に魔法と異象の知識をもたらした魔女と同一人物かどうかは分からないが、少なくとも超常の
星野さんはカネザワちゃんと、さっぱり分からない会話に入り込んでしまった。
一体なんなんだろうこれは。盛大なイジメ? 実は全部ドッキリだったとか?
「つーか星野さん、あんた今回の仕事に危険はないって言ってたじゃないすか。調査中に異界に引きずり込まれるっつーのは危険のうちに入らないんすかねー?」
別にオレとしてはあの異界はめちゃくちゃ楽しかったので、実のところ全然怒ってはいないんだけど、わざと話の角度を変えるためにそんな感じで振ってみる。
とにかく相手が会話をする気になってくれなければ始まらないからだ。
「……それについては本当に申し訳なかったと思っている。まさかあの村の神隠しが異界の者の意思による現象とは思わなかったんだ」
すると、予想外にまともな返事が帰ってきた。
どういうことだ? 何かスイッチでもあるみたいに極端な反応で気持ち悪い。
「だが……カネザワからの聞き取りによると、調査を切り上げようとしていたにもかかわらず、君は自分で車を止めさせて地蔵に近付いて引きずり込まれたという話だったが……?」
「いや、オレじゃなくて、友紀が勝手に降りたんすよ。だからオレも追って――」
「まあいい。君への補償はしっかりさせてもらう。それより今はカネザワの話を聞く方が重要だろう。何か意識を失っている間に感じたことはないか?」
「ええと……そういえば女性の声のようなものが聞こえたような……」
途中まではきちんと話をしてくれていたのに、友紀の名前を出した途端にこれだ。
オレはムカつくやら呆れるやらで段々疲れてきた。
「ねえ兄貴ー、兄貴もなんとか言ってやって下さいよー」
蛇一の兄貴に泣きついてみても、無言で肩をすくめるだけだ。
なんだそのリアクション。アメリカ人か?
「ということは……ついに、ついに手がかりを掴んだということになるぞ……!」
「手がかりと言いますと?」
「君だよ、カネザワ! 恐らく異界の魔女が君に対して何らかの魔法を使ったんだ。つまり、君の体を隅々まで調べれば、魔法の痕跡から術者本人まで一気にアクセスできるかもしれない……ああ! ついに夢が叶う! こうしちゃおれん、さっそく研究に取り掛かるぞ!」
「所長、それは困ります」
「なんだ蛇一、邪魔しないでくれたまえ。これはこの世界の魔女たちにとっては歴史に残る大発見になるかもしれないんだぞ」
「あなたが面倒臭がって隅に寄せてある仕事がまだ山程残ってます。研究はそれを片付けた後にして下さい」
「くそっ、冗談じゃないぞ……あたしは所長をやめるぞ、蛇一ィ!」
「仕事を全部片付けて、後任を決めてからならお好きにどうぞ」
「後任はお前だ! 仕事も全部任せた!」
「駄目です。俺は男なので魔女にはなれません」
「このジェンダーレスの時代に何を些細なことを」
「俺じゃあ役者不足だって言ってるんですよ。カネザワの方がまだ見込みがある」
「カネザワは駄目だ、こいつはあたしのものだからな! 絶対に離さないぞ……」
「ひええ……所長、目が怖いです……」
こっちを完全に無視して繰り広げられるドタバタ茶番劇に、そこそこ温厚なことで有名なオレの怒りが珍しく頂点に達しようとしていた。
「あのさあ! いい加減に……」
オレはソファからバッと立ち上がり、星野さんの肩を掴もうとした……
「……え?」
次の瞬間、星野さんの姿が消えた。
いや、消えたように見えた。
それくらいすごい速さで、星野さんは後方宙返りを決めて、事務机の上に跳び乗っていた。
「なんだ……?」
そしてなぜか、本人が一番驚いたような顔をしている。
ビビったのはこっちだよ。なんだよその動き。サーカスの人かよ。
「粕谷、今あたしに何をした……?」
「えっ? いや、ちょっと肩を叩こうとしたら……なんかスゲー勢いで飛び退いたのは星野さんじゃないっすか」
「あたしが? 自分で? ……蛇一、お前にはどう見えた?」
「いや、俺も粕谷と同じようにしか……」
困惑したような声で兄貴が言う。
なんか急に変な空気になってしまった。
カネザワちゃんも落ち着きなさそうに星野さんとオレを交互に見ている。
……いや、いきなり星野さんがピョーンと跳んだことに対して意味が分からんくなってるのはこっちも同じなんだが?
「……粕谷、もう一度あたしの……う……なんだ……? くそ、いいか、さっきと同じようにしてみてくれ……」
星野さんが机の上から、こっちに差し出した手をプルプルと震わせながら言った。
その前にそこから降りたらどうっすかね? パンツ見えてますよ? スカート履き慣れてないのかな?
「まあ、いいっすけど……」
オレが星野さんの腕に触れようとすると、スイッとその腕が逃げていく。
「あのー……よけられたら触れないんすけど」
「いや、違うぞ粕谷。あたしじゃない。いや、あたしなんだが……」
オレはなんとなく意地になって手を伸ばすが、ヒョイヒョイと器用に避けられる。
なんだこの人、どこまでオレをおちょくれば気が済むんだ?
「これは……明らかにおかしい。何かが……うぅ……」
星野さんは机の向こう側に飛び降りると、いきなり引き出しを開けて得体の知れない錠剤を取り出し、ザラザラと口に放り込んだ。
ええ……何してんのこの人……ヤバ……。
「はぁ……はぁ……なんだこれは? 何が起きている? 考えろ……」
ボリボリと錠剤を噛み砕きながら星野さんは血走った目を見開いて、なにやらブツブツ言い始めた。
救急車、呼んでおいた方がいいのかしら。鉄格子がついてるやつ。
「粕谷……蛇一の腕に……いや、腕じゃなくてもいい、どこでもいいからちょっと触ってみろ……」
「えぇ……なんすか急に……やだ……」
「いいから早くしろ」
「ハイ」
鬼気迫るといった感じの星野さんに気圧されて、オレは蛇一の兄貴に向き直る。
「……」
「あ、じゃちょっと失礼しまーす……」
気まずすぎる。
なんだこれ。何してんだオレ。
そろそろと伸ばすオレの手は、しかし、またしても空を切った。
「……兄貴? なんで逃げるんすか?」
「……わからん」
兄貴に触れようとすると、凄まじい勢いで逃げられる。
そして兄貴自身、自分がなぜそうしてしまうのか本気で分からない様子だった。
その後、星野さんの指示でカネザワちゃんにも触れようとしてみたけど、同じように全力で拒否られてしまった。正直ちょっと傷ついた。
「これは、魔法だ……あたしたちはいつの間にか、魔法をかけられている」
所長の椅子に座って少し落ち着いてきたのか、星野さんがゆっくりと言った。
「魔法?」
「強烈な精神系の魔法だ。今の所分かった効果は二つ……そのうちの一つについては考えようとすることすら、本能レベルで拒絶反応が起きる。今は薬を使ってどうにか思考できているが、今すぐにでも考えるのをやめたい気分だ」
「え? 何について考えるのを?」
「君がさっきから口にしていた……ああ、ここにもメモしてある。見たくないが……人物名だ。それについての……というよりも、それに連なりそうな思考の可能性を根本から強く制限するらしい」
「は? 回りくどくて何言ってるか全然わかんないんすけど」
「わざとだよ、わざと。そうしなければまともに話せない……それで、もう一つは、君に触れられることへの強い忌避感だ」
「ええ……なんでオレ限定なの?」
「理由は一つだろう……理由は……ああくそ、頭の中が泥で満たされているみたいに重い……つまり、君の特性だ。君に触れられると、恐らくこの魔法は解けてしまうのだろう。だからこの魔法をかけた魔女は……魔女は、それを知っていたのか? だとするとあたしたちは既に……」
「よく分かんないっすけど、それなら星野さんをロープとかでぐるぐる巻きにしてからオレが触ったらいいんじゃないっすか?」
「無理だな……ロープを出された時点であたしが全力で逃げる。仮に絶対に逃げられないような状況に追い込まれたら、自決すら選びかねん」
「なんかめっちゃ拒否られてるみたいで傷つくんすけど」
「あたしが気づかないくらい遠距離から麻酔銃で狙撃するなりして、何もする暇もないくらい一瞬で昏倒させればあるいは……」
「絶対ムリでしょそれ。ここ日本っすよ」
「例え話だよ。それに麻酔銃程度じゃあたしの意識は飛ばせない」
「あんたナニモンっすか」
「……あたしは魔女だ。力の弱い辺境の魔女に過ぎないが……それでも意地とプライドはある。あたしはあたしのやり方で、この魔法に穴を開けてみせるぞ。そうしたら粕谷、お前があたしたちを目覚めさせてくれ。頼んだぞ」
あまりにも唐突に重い使命的な何かを託されて、オイオイオイと思っているうちにその日は解散になった。
星野さんは自分で薬を調合して、精神を
なんだか大変だなあと思ったけど、今の所オレに手伝えることはない。
だからオレはオレで、友紀を取り戻す方法を考えなきゃと思っていた。
どうも星野さんの言ってた感じだと、なぜかみんなの記憶から友紀のことが消えていて、しかもそれについて考えることすら難しいらしい。
それならオレがなんとかするしかない。
だって……やっぱり友紀がいない大学生活なんて、考えられないもんなあ。
味も素っ気もないような淡い色彩の世界に突然あいつが入ってきて、めちゃくちゃ鮮やかな色をオレに刻みつけたんだ。
あんなのは初めてだった。こんなことがあるのかって思った。それまでの退屈な時間は一体何だったのかってくらい、あいつといると楽しかった。
将来のことなんか考えたくもないなんて、昔からずっと思っていたけど。でも、今は少し違う。
オレは、あの鮮やかな色をずっと見ていたい。
あいつと一緒にいたいと思ったんだ。
だから、そのためなら、面倒くさい努力だってしてやろう。
何をどうすればいいのか、具体的なことはさっぱり分からなかった。
だけど、とにかくその時オレは、そう心に誓ったのだった。
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