第15話 感情が複雑に入り交じった結果なのだと。
アリカに対してのその知らせを先に受け取ったサボンは驚き、そして沈んだ。
「まさかこんな若さで……」
「死者には失礼だとは思いますが、こう繰り返し繰り返しお産をすれば、身体を傷めたのも仕方ないでしょう」
「何故そんなことをしたのでしょう」
「言ってもいいですか?」
アリカは多少ためらいがちにサボンに問いかけた。
「その聞き方ですと、私や貴女にとってあまり宜しくない理由と見ましたが」
「と言うか、答え方によっては故人に失礼かと思っただけですよ」
「じゃあ単に女の子が欲しくてたまらなかったから、というだけじゃないと?」
アリカはうなづいた。
「私はあまり聞きたくないです」
「その方がいいです。ご挨拶には行かれるのでしょう? 向こうの夫君と貴女面識ありましたか?」
「結婚式の時に、覚えていないことが判ったから大丈夫」
つまりはサボンにしたところで、マドリョンカが何のために無理してでも女の子を欲しかったのか判っているのだ。
「でもそこまでして、と私だったら思ってしまいますよ」
「そう、貴女ならそうでしょう。ですが」
「ですが?」
「マドリョンカ嬢はミチャ夫人を見ていましたから」
「第三夫人の娘ということがそんなに」
「ええ、あの方はずっと何処かでそのわずかな差にじりじりと思うものがあった様に見えました―――そして、私が今の立場になったことで、色んなものが爆発してしまったのだと思います」
そう。異母妹がそのまま皇后になっていたなら、感情のねじれは生じなかったかもしれない。
子供の身分による順番も、それなりに受け容れられたかもしれない。
「だから時もの凄くあてつけの様に……」
お目見えの時のマドリョンカの挑戦的な態度の理由を、ずっと自分への軽蔑と父将軍の贔屓への嫉妬だとサボンは思っていた。
好機を逃す馬鹿な女、その馬鹿な女を保険を用意してまで愛していた父親。その両方に対しての怒りだと。
だからこそさっさと決めた結婚で状況は変わったのだと思っていた。だが違った。結婚して子供を作ることで、「次」の好機を考えていたのだ。自分の代わりに。
「どうしてそこまで」
「何故でしょうね」
「私には判らないわ」
「貴女には判らないです。私はその方がいい」
「でも私は判りたいと思うわ」
「だったら、いずれにせよ弔問には行かれるのでしょう? 実際に聞いてみると良いですよ。おそらく彼女の夫君が一番良く知っているでしょうから」
*
だが実際に皇后の名代として「異母姉」の葬式に出るべく、副帝都の昔の家の隣に向かったら。
「すみませんが今回は遠慮していただけませんか」
玄関先で待っていたシャンポンからその様な申し出があった。
話がしたい、というと他の弔問客が来ない様な片隅の小部屋に通された。
サボンはまず彼女がトモレコル家で待っていたことに驚いた。
「女主人が居なくなってしまったからには、その近くに住む姉が手伝いに出てきて何か問題が?」
「問題、なんてそんな」
「何より、今母上に貴女を見せられない」
「ミチャ夫人がどうしたのですか?」
「マドリョンカは母上の一番可愛がっていた娘だ。生まれた女の子を引き取りたいと本気で考えている。……今その交渉中なんだ。父上と、私の方の夫への手紙の返事が来るまでは保留なんだが」
「……ではシャンポン様、答えていただけますか?」
「私が答えられることか?」
「四姉妹のうち、マドリョンカ様と貴女は自分の立ち位置をどう思っていたのでしょう? ウリュン様とは仲が良かったのは知ってます。それでは」
「私はどうでも良かった」
「マドリョンカ様は違った、と」
「母上は美しい。そして努力家だった。だけど父上に見初められたのは、アリカの母上と似ていたからだ、と最近聞いたんだ。テア夫人の生前、会ったことがあるから何となく感じていたらしいが、やはりその理由で妻にされたというのは、母上としては今更の様に辛いものがあったらしい。テア夫人が憎めないひとだったらしいから、余計に」
「お産で亡くなったのでしたね。あの方も」
人ごとの様に自分の実の母のことを口にしてしまう。それだけ「サボン」が身に染みついているのだ、と彼女は思う。
「ともかく色々な要素が絡まり絡まりすぎて、―――マドリョンカは今の皇子の皇后にできる女の子が欲しくて結婚したんだ」
「そうなんですか?」
「早すぎると思わなかった?」
それは確かに。セレの結婚から一年も経っているかどうかだった。
「ちょうどいいタイミングで今の皇子殿下に送り込む娘が欲しかったんだ、と私は考えてる。でも結果として自分が死んで何になる?」
サボンは黙って首を横に振った。自分にも理解はできない。そもそも自分は生き残りたいから自分の名を捨てたのだ。
「私はそう思ってしまうから、―――マドリョンカやお母様の気持ちを本当に心から理解も同情することもできない。ただ今、お母様にだけは貴女を会わせる訳にはいかない。下手なことを口走りかねない」
「あ」
そうだ。弔問の客はトモレコル家には沢山来る。その中で皇后の名代に下手なことを言ったならば。
「結果として今の皇后陛下がアリカであるということにしてしまったのならば、もう私はそう振る舞うしかない。サボンにはいつもこの口調だったろう? たとえ側近の女官という高い地位であったとしても」
「それ以前にシャンポン様は、あの方に関心もございませんでしたでしょう?」
「確かに」
シャンポンはサボンに対して苦笑した。あの家では常にあの二人は対になって異質なものだったのだ。
それを思うと、父も罪なことをした、とシャンポンは感じずにはいられなかった。
「ではともかくイルリジー・トモレコル様には、あの方からの弔文ということで」
「使者が持参した、とお伝えします」
では、とサボンは頭を下げた。シャンポンはお元気で、とやはり頭を下げた。
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