第16話 ラテはトモレコルの兄弟と友達になりたい
「休んでるね」
学問所には今日もトモレコルの三兄弟が来ていない。
「休んでる」
先日慌ただしげに飛んで帰った三兄弟がラテは何となく気になっていた。
「トバータ先生、……トモレコル家の三人がずっと休んでるんですが、どうしたんですか?」
「ああ……」
トバータ・トバタエルという名の文章表記の中年教師は眼鏡の下の瞼を伏せた。
「可哀想に、妹が生まれたのはいいが、母君がお亡くなりになったのだよ」
「え」
ラテはあの時のわくわくした調子で出ていった兄弟を思い出す。
「喪に服しているのですか?」
フェルリも重ねて問いかける。
「それもあるのだが、あの家は結構大きいからね……」
それ以上は言えないよ、とばかりに教師は苦笑した。この学問所にやってくる子供達は、それぞれ何かしらの事情を持っている。それが良くも悪くも、だ。
ラテとフェルリの様に正体を隠して通う者も少なくない。藩候の息子もあちこちに紛れ込んでいるという。
ただこの学問所ではそれを表に出さないことが、通う者として相応しい行動だとされている。重要なのは家ではなく能力なのだ、と。
それを自覚している親が子供を通わせる場所だった。
中には男装した少女も居るという噂もあったが―――それは未だ噂の範囲に過ぎない。過去にあったことが現在ある様に大げさに言われているだけかもしれない。
ともかく、子供達は割合それぞれの家の家格や資産等については見てみないことにしていた。無論判らない歳の子も居た訳だが。
ラテとフェルリはトモレコル家が結構な豪商でかつ――― ラテの名目上の従兄弟であることも知ってはいた。ただそれを知っている者は学問所の長しか居なかった。皇太子がわざわざ副帝都の学問所に通っているということは内密なのだ。
「ラテは気になる?」
「気になる。気にならなくちゃおかしいよ。僕としちゃ。帰ったら聞かなくちゃ」
エガナに、という言葉は外では飲み込む。
*
「……ええ、お亡くなりになったと聞いたわ」
「母上の異母姉様だということだけど」
「そう。ただあまり皇后陛下とのお付き合いはなかったというの。それに先日サボンさんが弔問の手紙を持っていったら、中には入れなかったという手紙が来たわ。だからうちからもこれと言って関わりがあった訳ではないので行ってはいけません」
「いけないの」
「ええ。例えば先にあのきょうだいと友達になって行き来する間柄だったならともかく、この間ぶつかっただけの相手でしょう? お友達というにはそれだけではどうかしら」
それもそうだ、とさすがにラテも思う。
「それとも、あそこの一番の上の坊ちゃんと友達になりたいと思う?」
「あそこの一番上のレク君とは話してみたいと思う」
「話が合いそうだった?」
「……かどうかは判らないけど、いいお兄さんしてた」
ちら、とラテはフェルリを見る。
「俺はだってさ、一応同じ歳に入るじゃないか……」
「うん、でもレク君は僕より一つ下と聞いたからさ」
うんうん、とエガナは微笑みながらうなづく。
「別にフェルリ以外の子とも遊んでもいいんですよ?」
「判ってる。ただ……」
「何? ラテ」
フェルリも問いかける。彼は彼なりに、自分以外になかなか打ち解けない皇子の身を案じてはいた。
「上手く話が見つからないんだ」
「そっか。だったら俺がまず入るから、はじめは一緒にくっついていればいいさ。それでじっくり見てろよ。皆」
うん、とラテは笑顔でうなづいた。
確かにこの子供は少し前まで大人達の間でしか育てられなかったという事情があるのだ。
「じゃあお願い。あの三兄弟が学問所に来る様になったら、一緒に遊びたいって」
「まかせろ」
頼られるのは嬉しい、とフェルリは思う。
「……お母さんがお産で亡くなってしまうのって、辛いだろうね」
ラテはつぶやく。
「そうですね。あのうちの場合、特にあのトモレコル夫人はともかく沢山の子供を産もうとしていた様ですし」
「沢山の?」
「ええ。三人の男の子の他に、まだまだ女の子も欲しい、と言っていたという噂でしたよ」
さすがに流産のことまではエガナは子供達には言わなかった。カリョンの店に行った時に、一応商売敵のトモレコル家の情報も入れてきたのだ。
そこがサヘ家の娘が嫁いだ場所であると聞いていたから、念入りに。
「でもね、商売敵とはいえ、お互いに有効な情報は交換したりしていたのよ」
カリョンはそう言っていた。
*
「トモレコル商会は、うちと違って沢山の分野に手を出してるでしょ? 本当言うと、この糸蛾にしても、行商がそういうものを持ち込んでいるって言ってきたのは向こうなのよ」
「ということは、向こうにも来たのよね。でも売ろうとはしなかったの?」
「売る対象が違ったんですって。トモレコル商会はどちらかというと、貴族よりは中堅の商家や職人、良いものを安く沢山、という感じらしいの。だからうちに回ってきたみたい。高すぎるからって」
無論その話も先日皇后の耳には入れておいた。
ということは、トモレコル夫人は「あれ」をじっくり検分していたのだろうか。ふとエガナの中に疑問が湧いた。
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