第27話 甘いものと塩っぱいもの

 それからもう数軒回り、両手に一杯の菓子包みを持ち、二人は宮中へと戻ってきた。リョセンが中に入ってくる必要は無かったが、サボンだけでは持ちきれなかったというのが実際のところである。


「ただいま戻りました……」

「お帰りよ。そちらの方も護衛ご苦労様」


 出迎えたのはタボーや配膳方の女官達だった。こっちこっち、とワゴンを引き出してきて、買いだしてきた市中の菓子を潰れない様に、それでもごっそりと乗せる。


「わぁ! あの店の!」

「これは見たことが無いですね」

「サボンさん何処まで行ってきたんですか?」


 若い配膳方の女官達は口々に彼女に問いかける。こらこら、と上級女官達はそんな彼女達を押さえるが、普段そうそう外に出る訳にもいかない彼女達の菓子への興味は尽きない。


「これもこっちで良いか」

「あ、すみません、もう一つ台を……」


 少女達は彼の姿にわぁ、とまた声を上げる。


「その肩章、サヘ将軍下の中隊長補ですよね!」

「どちらからいらしたのですか!」


 こら! とさすがにタボーが少女達に一喝した。


「悪いけど、何かああなっちまうから、用事が済んだなら今日は引き上げてくれないかね」

「承知。それではまた」


 そう言うとリョセンはサボンの頭をぽんぽんと叩いた。


「あ、はい」


 呆然とサボンはそう答える。そして行ってしまうのが判ると、彼の触れた部分に手を置いた。


「ともかく今からは菓子の説明と選別だよ! 子供達! あんた等はまずいつもの仕事! あとサボンさんや」

「あ、はい」

「あんたは今から報告。時間が時間だ。外で食べてきたものもあるだろう? そこで気がついたものも言っておくれ」

「はい」


 椅子を出し、台の回りにタボーの他数人の女官が座る。

 あれから幾つも、建物を持つ店と屋台の店を回った。サボンは懐から小さな冊子を取り出して台の上に置く。


「一応何処の店でどの菓子を購入してきたか、はここに書き付けてきました。菓子の種類と店の場所と名と、聞けたものは製法もです」

「よし。じゃあそれは後で検討してもいいね。じゃあそれ以外の場所であんたが気付いた美味しいものについて」

「はい」


 冊子を取ると、反対側から書き付けたものを見る。


「几帳面ですね」


 配膳方でタボーのすぐ下に当たる四人の上級女官の一人、ネルスイはその様子を見て言う。


「女君が何かとお調べになることがあっちこっちに飛ばれるので、ついこういう癖になってしまいました」

「大変ねえ…… あたしには無理だわ」


 ほぉ、と丸い顔と赤い頬をしたアンダンはため息をつく。  


「あんたは昔っから書き付けが苦手だったからな!」

「だって文字って目が滑るんですもん。あんたと違うのよトゥーラ」

「……無駄口……」


 低い声が眼鏡をかけた一人が漏れる。しまった、とアンダンとトゥーラの顔が引きつる。


「忘れない様にするのに書き付けは有効。サボンさん時間を追って。今日何処の屋台に行きました?」


 低い声の主は、微妙に言葉の調子が固い。


「あ、はい」


 サボンは薄皮の屋台から、爆ぜる様な感触の甘い水の店、よく練って形を面白く作る飴、水飴、精巧な形の砂糖菓子…… と彼に連れられていった場所を説明していった。


「で、普段女君に出す菓子とかと違って、それより美味しいとか楽しいと思う所はどうだい?」


 タボーは訊ねる。屋台の記録もあるのはありがたい、とちら、と冊子に視線を写しつつ。


「見た目は何処も屋台のものは楽しかったです。綿飴は雲のようで、それでいて口の中でふしゅん、と崩れてしまう感触が心地よいですし、練り飴は食べなくとも、飾っておくだけでも素敵だと思いました。職人の方も、『これは売らん』と言っているものもありましたし」

「売らないものを出しておくのですか?」

「こういうものもできるんだぞ、という看板だそうです。……あ、聞いたのは私ではないんですが……」


 はいはい、という顔で四人中三人がうなづいた。


「あと薄皮の菓子のところで思ったのですけど、ずっと甘いものだけだと疲れてしまうから、しょっぱいものもあったらまた次の甘い菓子に手が出るのではないか、と思いました」

「甘いのが菓子ではないのですか?」

「どうなのでしょう? 私も菓子は甘いものだ、という知識しかないのですが。でもそこでは同じ皮の中に甘くてとろんとした果物煮と、葱肉味噌が入ったものと両方やっていましたから……」


 ふむ、とタボーは軽く目を伏せ、がっちりとした腕を組んだ。


「まあ、確かに甘いものは沢山は食べられないね。よほどのことが無い限り。あれは色んな種類を少しずつ、がいい。それでも甘いものだけだと限界はある。となれば、途中に塩っぱいものを入れるというのは考えてもいいね。皆、自分の地元でそういうものはあったかい?」

「私の郷里では甘い豆煮の中に引き立てるために塩を足すことがありましたけど……」


 ネルスイはこんな感じに、と紙を取り出して絵にしてみせる。うちの方でもある、とアンダンも言う。


「甘味を足すための塩味は今でもやってるね。それ以外」

「甘塩っぱい焼き菓子なら、私の郷里で作ります」


 眼鏡の一人がそう言った。


「どういうのだね? サヌキ」

コメを使います」


 米、と言われて他の三人は顔を見合わせた。


「桜の主食だからね。色んな使い方があったんだろう。続けて」

「炊いた米を潰してあぶり、かりっとさせたところで、砂糖と―――」


 そこで少しサヌキは目を眇めた。


「あれはこっちでは何といいますか」

「あれ?」

「桜では大豆を発酵させた調味料がありました。帝都や副帝都では見ないので、何という名で流通されているのか判らないのです」


 あー、とタボーは立つと、奥戸棚から壺を二つ取り出してきた。


「これは」

「今まで使ったことは無いけど、まあ一応仕入れてはあったのさ。ただ私もどっちが何か今一つよく知らないけど」


 いいですか、とサヌキは訊ねると、両方の味見をする。


「……そう、こっちです。醤油。これと砂糖を重ねると、甘塩っぱい味になって、幾らでも食べてしまうものができます」


 味見させて、と他の三人も小皿にとってそれぞれほんの少しずつ舌に乗せてみる。


「ただ辛いだけじゃないのね。どっちも」

「どっちも大豆なの? もとは」

「うちの郷里にも魚から作った似ているものはあるけど色は違うわね」


 皆が皆、それぞれの感想を言う。なるほど出身でこれだけ味に違いがあるのか、とサボンはあらためて思った。

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