第28話 茶会は庭園でおそらくはふんわりと

 やがて茶会の日がやってきた。



「え? こちら? 広間を使うのでは無いのですか?」


 後宮へと案内された名家の夫人達は、怪訝そうな顔で肯定される。


「桜様はいつもご自分の宮にお招きになるのですが……」

「女君は皆様と楽しい時をお過ごしになりたいそうです」


 女官長はそれだけで次の句を言わせない。

 それまで皇后という存在が全く居着かない後宮だったのだ。やっと入った彼女達の主人が新たに行うことである。文句は言わせない、という気概があった。

 それに、場所を選ぶ時には主人であるアリカはしっかり女官長の意見を聞いた。

 悪くない、と女官長は答えた。


「天の采配次第ですが」

「その時は大広間に花を」


 気候が良くなってきた外――― 庭園を茶会の宴席としたのだった。

 良い季節となってきた。見頃の木の花もある。

 そんな外のあちこちに高めのテーブルと、自由に腰掛けることができる床几しょうぎを見頃の花の近くに置いた。


「屋外の良さは、参加する人数によって雰囲気をすぐに変えることができるということじゃないかと思うんですよ」


 アリカはサボンにそう言っていた。


「わざわざ室内に飾り立てた場合、花ばかりが目立つ様な事態になっても困りますからね」

「それって、人が来ないということ?」

「その可能性もは充分ありえましたから」


 そう、ある程度まではアリカは予測していた。


「女君のご招待に帝都に行くのに間に合わない、体調がすぐれない、夫君にどうしても外せない用事がある…… と理由をつけてやって来ない方が結構いらっしゃいますが」

「構わないですよ」


 女官長の報告に、アリカは口元を心なしか上げて嬉しそうだった。


「動静と付き合わせて、それが本当かそうでないか調べてもらえますか。本当の場合はお見舞いの便りを。嘘の場合は、次のお越しをお待ちしておりますと」

「次、があるのですか?」

「次、を作りましょう」


 今度は本当に珍しいほど上機嫌でふふ、と含み笑いをした。

 どういうことでしょう、と女官長はサボンの方を向いた。判らない、とばかりにサボンも首を傾げるばかりだった。


「何せ私もそうですが、皆さんも初めてのことが多いでしょう?」


 皇后、もしくはそうなる女性が采配を振るって宮中で何かしらするということ自体が、もう何十年も行われていないのである。―――いや、現在の帝都を作って以来なら、初めてと言ってもいい。

 二代の皇后は何かしらする前に正気を失った。

 三代目は、そもそも存在が見いだせなかった。見いだしたと思ったら、またふいと何処かへ行ってしまった。帝都に来ることがあれば天下御免のお墨付きですることはしていくが、それだけである。


「だからこそ、知っておきたいことは色々あるんですよ」


 女官長はすぐに参加を断った夫人達についてある程度判ることをまとめ、書類にして渡した。

 するとアリカはサボンと共に「できるだけ大きな紙」を用意して、人物ごとにそれを貼り付けていった。その用途は女官長には未だ知れない。

 とりあえずこの日来る予定になっている宮中の住人以外の女性であるが。

 元公主が八人。

 帝都に住居を持つかつての藩国主につらなる夫人や息女が十二人。

 それにサヘ家からミチャ夫人とシャンポンとマドリョンカが招待されていた。

 無論最初はマウジュシュカ夫人の方を招待したのだが、体調が優れない、とミチャ夫人を代わりによこしたのである。まあそんなものだろう、とアリカは思った。

 いずれにせよ「姉」達は招待したかったのだ。少なくともマドリョンカは望んでいるだろうと踏んでいた。お目見えの時の彼女の視線はなかなか忘れられない。あれは成り上がろうとする者の強い視線だ。そして実際桜の公主の茶会に出入りする様になったという。

 どういう伝手を使ったのかは判らないが、まあそれもできるだけ早く調べさせよう、とアリカは思っていた。

 彼女は自由に使える者達を貰ったのだ。彼等を試す意味でも、手始めにその辺りから、と思っていた。彼等は彼等で、帝都に出入りできる様になった程度の娘がどれだけ自分の主君たるか試したがっているのだ。

 分は自分にある、とアリカは思っている。もしくはそう思おうと決めていた。何と言っても自分には時間と知識と壊れない身体があるのだ。


 元公主のうち、結婚を望めた者は国政に関わる者の妻となっている。

 生まれることができた公主は全部で二十五人だったが、そのうち既に七人は早世している。

 そして十人が来るのを何かしらの形で拒否していた。皆女官長とそう変わらない年代である。参加の返事を送ってきたのは、それよりは年下の、姉達よりはやや低い地位の夫を持つ者達だった。


 一方、かつての藩国主につながる者達――― 藩侯夫人や令嬢に関して言えば。

 彼女達のうち来られない者は、殆どが単に距離の問題だった。

 慣習によって郷里に住むことが義務づけられている者も居れば、たまたま時期として帝都に居ないということもある。基本的に来られる者は積極的に参加を望んでいた。

 それはそうだろう、とアリカは思う。帝国は広い。広すぎる程に広いのだ。

 そもそも沢山の藩国があった。そしてそれを取り込んでいった。その過程で旧藩国「桜」は最後まで抵抗したがために国主を失い、帝都直轄領となってしまったのだ。

 ただその文化と、現在の皇帝の半分の血で「桜」は帝都を侵食してきていることに他の藩侯達は気付いているのかいないのか。

 ただ基本的に「桜」の運命をたどりたくない、所領の長という地位は手放したくない、と思う旧藩国が大半であった以上、彼等が帝都からの命令を拒むことはまずない。

 彼等は現在「国主」ではなく「藩侯」と呼ばれる。その地を帝都の委託により治めることを約束させられた者の称号だった。

 それを彼等がよしとしているかどうかはまだこれからのアリカの観察課題だった。


 庭園に一人また一人と入ってくる都度、その肩書きと名が呼ばれる。

 彼女達はまず「皇后陛下」の姿を探す。

 だがなかなか見つからない。

 不思議に思っているうちに、庭園の花やテーブルの上に並ぶもの、いや、それ以前にあちこちのテーブルに掛けられているものにも目が吸い付けられる。


「……ご覧になりまして? あのテーブルに掛けられているのは……」

「ええ、あんな大きく……」


 それは裁縫方がここぞとばかりに気合いを入れた飾り編みの掛け布だった。

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