第10話 得体の知れない娘なんて

 得体の知れない娘なんて放っておけばいいと、ぜんまいおけらを心配していた。

 それも娘を追って武士達が無体を働く村の中へ飛び込んで行くものだから、薇は気が気ではなかった。

 物心つく前から共に過ごし、薇は朮を兄弟のように思っていた。

 幼馴染みと呼ぶには家族の垣根を越えた付き合いをしてきたのだ。

 朮の紫苑しおんへの想いは誰より早く気が付き、自身が持っていた彼女への想いは内の底へと沈めた。

 これから村を担っていくのは朮と薇を中心だと、村の老人達が思うほど二人は良い相棒だった。


 炎が舞い、風が吹き荒れ、白い髪が揺れる先に、朮の姿を見つけた。

 無事だったと安堵したのは束の間だ。

 音もなく降る氷が朮を貫き、そのまま崩れいく。


「おけらぁぁぁぁ!」


 なにが、どうして、なぜ……


 目の前で倒れた朮と側に居た娘。


 村を襲撃する武士達。


 炎に焼かれる家屋。


 目の前での出来事から逃げ出したくても出来ない状況に、なにも出来ずに、間に合うこともなく、朮は最後になにを話していたのかと気になる。

 倒れた朮の側で呆然する娘を押しのけ、薇は朮を抱えた。

 胸を貫いていた氷槍は朮の熱を奪い溶けていく。

 だらしなく開いた目に光はなく、どんなに呼びかけても応える事もなく、薇に体を揺らされるだけだった。


「……っ、おけ、ら……」


 溢れる涙を止める術もなく、薇は朮の体を抱きしめていた。


「……だから、逃げろって」


 娘のか細い声に薇は初めてに近しい怒りを感じた。

 想いを寄せる紫苑しおんの為に起こした行動を、得体の知れない娘の為に後に回した。

 朮が純粋に娘を心配していたことを知っていた。


「これは、あんたのせいなのか?」


 動かない、もう二度と言葉を交わすことの出来ない友を横たえる。


「なんで、朮が死ぬんだよ?」


 開いていた瞼をとじ合わせ、朮の手を最後に握る。


「なんで、村が襲われているんだよ?」


 娘はなにも答えず、朮を見ていた。


「なにか言えよ!」


 胸ぐらを掴む薇に娘は紫水晶の瞳を静かに向ける。


「これは、私のせい?」


 焦点の合わない紫水晶の瞳が揺れる。


「知らねえよ! なんで、村が……朮が死ななきゃいけないんだよ」


 薇が溢す嗚咽に娘は静かに語る。


「私は……朮に逃げてって、何度も言った。それでも彼は私を守ろうとしてくれた」


 薇の手を解き、娘は胸元を正す。


「……私に関わらないで。関われば薇も死んでしまう。逃げて」


 朮が守ろうとした者を放って逃げるなど薇の中にはなかった。

 朮が娘に気を掛けなければ、薇は関わろうとすらしなかった。

 あの異様な光景の中から助けた後は放って、娘の事など歯牙にも掛けなかったはずだ。


「……朮が守ったあんたをこんなとこに放っておけるわけがないだろう」


 先程まで朮が手にしていた刀を拾い上げる。

 かえでから無理矢理聞き出した刀の持ち方を思い出す。


「なんで? 逃げてよ。なんで死に急ぐようなことをするの?」


「死に急いでなんかねえよ」


 娘は頭を抱え、うずくまり、小さく首を振る。


かじたち三人は私の身代わりに死んだ。兄様も私の生を邪神にまで請うてくれた。朮は力もないのに私を守ろうとして死んだ」


 涙も涸れたのか、紫水晶の瞳を血走らせる。


「もう、誰かが私の為に死ぬのは沢山だ!」


 彼女の葛藤を、慟哭を薇は知らないし、知りたいなどとも思わなかった。


「そんなにお前の為に人が死んだのか……なあ、嫌だと、駄々をこねる前にお前が守れよ」


 村が守れるならなんでもいいと薇は考える。

 この娘のせいで村が襲われ、朮が死ぬはめなった。

 恨みを隠そうと、薇は娘に背を向ける。


「刀を持つくらいだ。戦えるんだろう? この村くらい守ってみせろよ」


 返事の声のない娘に視線を向ければ、項垂れ動こうとしない。

 薇の力強い言葉に娘は首を横に振るばかりだ。

 甘ったれた少女のような態度に薇は一括する。


「朮が守ったのがお前のような甘ちゃんじゃ、浮かばれねえよ!」


 娘の握り締められた拳が地面を打つ。


「私は……」


 上げられた紫水晶の瞳は薇を睨むように見据える。


「いつ私が甘えたというの? 産まれたその日に母は死に、父に会えるのは数ヶ月に一度だった。……縋れる者は死にゆく中で、誰に甘えればいいの?」


 娘の生い立ちなど、薇には関係ない。

 村を守りたい。

 朮の恨みを晴らしたい。

 娘が役に立たないのなら、そこで泣きたいだけ泣かせておけばいいと刀を握る手に力を込める。


「逃げて、薇!」


「お前……」


 娘から言葉に苛立ちを隠さない。


「村の人達を連れて逃げて。……月は私の加護であり、呪いだから」


 娘は力を取り戻したかのように真っ直ぐと前を向き、満月が娘の白い髪を煌めかせた。


「それって……」


「私が、村を守る」


 澄んだ紫水晶の瞳に映る満月を薇の心に残し、娘は走っていく。

 守ると言った娘の言葉を信じていいものか逡巡するも、今出来る事は逃げる事だけと、村人を伴い逃げる。

 娘がどうやって村を守ろうとしているかなんて薇にはわからない。

 それでも、守ってくれるならなんでもいいと薇は思っていた。


 村人たちと山の中に逃げ込み、様子を窺うように村の方向へ視線を向ける。

 村の様子がわかるわけもないが、気になってしまう。

 山は静かで、村人たちの不安を包み込むようだった。

 足元に淡く影を落とす満月の明かりが眩しく感じる。


 身を寄せ合い、怯えている村人達を照らす月は朝靄に霞んでいき、天が昇り始める。

 緊張はいつまでも続くものではなく、誰となく、村の様子を気にしだした。

 村が今どうなっているのかわかるはずもなく、薇を中心に数人の男が村の様子を探りに向かった。


 家屋は燻り、田畑は荒れてはいるものの静かだった。

 時折激しくなにかが燃えた跡があるが、害意を向けてくる武士は一人も居らず、犠牲になった村人がその場で静かに横たわっていた。

 娘はどうしたのかと薇は探すが、どこにも居ない。

 彼女が村を守ったのか、それとも逃げていったのかすらわからなかった。

 でも、薇にはそんなことどうでもよかった。

 村がここにあり、犠牲になった者もいるが、多くの村人は生き残ったのだ。

 残る者達で力を合わせて村を再興すればいいのだと、晴れ渡った空に想いを馳せる。

 今は前を向いていくしかないのだ。

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貴女の生を願ったこの人の思い以上に貴女が愛し、愛されるその時まで ゆきんこ @alexandrite0103

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