第3話 あれから俺たちは誰も立ち寄らない古寺に隠れた
あれから俺たちは誰も立ち寄らないであろう古寺に隠れた。
俺の家に向かってもよかったのだが、既にそこは謀反人どもに押さえられているだろう。
古寺より幾分か過ごしやすいだろうが、危険だ。
そんな危険に末の姫様をあわせるわけにはいかない。
だが、宮の奥での生活しか知らない末の姫様を、こんな古寺に押し込めることに申し訳ないと思いながら、他に隠れるような場所も思いつかず途方に暮れていた。
市中では貴族どもの謀反が、国を変える革命だと喧伝され、逃げた末の姫様は人相書きによって探されていた。
たった一晩だった。
俺たちが古寺に籠もっていた、籠もる程の時間もなかったが、ここまで市中が革命一辺倒になるとは信じられなかった。
末の姫様の人相書きと一緒に張り出されていたそれは……
走ったところで助けられる訳ではない。そんなことはわかっている。
こればかりは……信じたくないんだ。
昨日から信じられない事ばかりだ。
市中ってこんなにも人が居ただろうか?
こんなにも俺の足は遅かっただろうか?
先に進みたいのに気持ちばかりが先に進む。
これから先どうなってしまう、どうすればいいんだ?
走っても走っても先に進んでいる気がしない。
「王が替われば暮らしが良くなるってよ」
生活への不満など、なにがあってもなくなることはないだろうに。
金があろうと、愛すべき人がいたって、不満はいつだってあるものだろう?
「
ただの謀反で何が変わるというんだ?
いい事なんてなにも想像が付かない。
「我が物顔で贅の限りを尽していたって」
王の生活の何を知っているというんだ。
近衛棋士の俺だって王の全てを知っているとはいえないんだぞ。
河原で目の前に群がる人々を押しのけ、前に進む。
橋の上から遠目に見えたあれが嘘だと信じて……事実と受け入れられない気持ちを押し殺し、前へ。
格子に阻まれ進めない先にあったものは、信じたくないと目を反らしていいものではなかった。
捨札に書かれる名に、そこに晒されているそれに、目を合わせる自分に……
格子に手を掛けても力が入らないんだ。
あんなに大事にしていた弟の
今ここで目立つことは避けなくてはと、必死に声だけは出すなと命令を下す。
溢れてしまう嗚咽を必死に押さえて、滲む涙に視界を奪われても、視線を外さないよう気を引き締める。
王の穏やかだった顔がなんの表情もなくそこに置かれ、一段下がった場所に置かれる右大臣と大納言、それと……太政大臣。
なんで父上の首があるんだよ?
おかしいだろう。
どうしてだよ。
なんでだよ。
この謀反自体が変なことはわかってる!
だけど……
捨札に書かれている刑執行責任者の欄には、この謀反の首謀者と思われる藤の一族当主の名はもちろんながら、俺の兄の名まであった。
王だけでなく、父上を殺したのが……目の前が真っ暗になるというのはこういうことかと思う。
棋士なんてやっているんだ。
己の死はいつだって覚悟は出来てる。
家族との別れは唐突にやってくるだろうと思ってはいた。
それが予期せぬとこから来るなんて思わなかったよ。
どうして父上が……
俺の実家、紅の家は静かなものだった。
父上の晒し首に騒ぐこともなく、梶の死に嘆くこともなくいつもと変わらない営みが流れていた。
――気持ちが悪い。
土足のまま屋敷に上がる俺に小姓は慌てて止めに来るが、俺の顔を見ては小さな悲鳴を上げて引いていく。
小姓どもなんかどうでもいい。
「兄上! 兄上はどこにいる?」
近くにいた小姓の襟首を掴む。
苦しそうに顔を歪めているが、知るかそんなもん。
俺は兄上に用があるんだ。
話しが出来ないなら他の小姓に聞けばいい。
手を離せば今の小姓は音を立ててその場に沈む。
「騒がしいぞ」
父上が良く過ごしていた部屋から出てきた兄上の顔は身内を弔う者のそれではなかった。
「梶が死んだ」
「知っている。恥さらしな弟だ」
兄上の言葉に思考が止まる。
恥さらし……? 恥さらしとはなんだ? 何が恥なんだ?
「妾腹だから仕方がないと割り切っては……」
「父上は? ……どうして父上の首が晒されているんだ!」
兄上の汚物でも見るような視線が気持ち悪い。
こんなにも気持ちが悪い人、場所だったか?
「末の姫君を連れ出したのはお前だろう?」
昨日のあの立ち回りだ。
俺が末の姫様を連れて逃げたことは知っていて当然だろう。
だけど、今俺が聞きたいのは
「もう一度聞く。どうして父上の首が晒されているんだ?」
抜き身の刀を提げた侍が俺の周囲を囲む。
俺はもう、この家の敷居を跨げる人間じゃないってことか。
父上と同じように首を晒そうというのか?
俺は末の姫様を守れずこの首を落とせるか。
「王と一緒に民を欺いた罪人だからだ」
兄上の言葉が、声が通り過ぎる。
俺は何を理解すればいいんだ?
民を欺いているのはこの謀反じゃないか。
革命などと綺麗な言葉で飾り付けされてはいるが、ただの謀反だろう。
「大事な弟だ。末の姫君を差し出せばお前の罪は靫様に掛け合ってやろう」
なにが罪だ。棋士としてお役目を果たそうとしているに過ぎない。
俺は信念に従って動いただけだ。
罪を問われるような事はしていない。
あの時、捨札には王の御一家である白の一族の方々の名が連なっていた。
罪ともいえぬ罪状を羅列された上にだ。
末の姫様を差し出せば、他の白の一族の方々と同じように命を奪うのだろう。
梶が守ったお方を、忠誠を誓った王の御息女を殺させるわけがない。
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