第2話 末の姫様と分断された俺

 末の姫様と分断された俺にこれ見よがしと斬り掛かってくる者共の相手をする。

 袈裟斬りに、横に払い、上から下へ、幾ら斬っても次の相手が現われる。

 末の姫様を守らなくてはいけないというのに、邪魔なやつらだ。

 末の姫様へ視線を巡らせ……


 ――突風のように鎌鼬が俺の周りをなぎ倒す。


 助けが来たのかと思えば、末の姫様が一人立つだけっだ。

 姫様は息も荒く、震えながら一人立っていた。

 まさかと思ったが、これを為したのが末の姫様なはずがない。

 末の姫様に精霊の加護があるなんて聞いたことがなかった。

 精霊の加護とは自身を加護する精霊の力を具現化、使用する力だ。

 王と同じで火、水、風全ての精霊の加護を持っているのか?

 稀に全ての精霊の加護を持つ者が居るということは知っている。

 そういった者の瞳は混じることのない黒い瞳をしているというし、まさに王がそうだ。

 紫水晶の瞳ではない。

 紫水晶の瞳を持つ末の姫様は精霊に嫌われた姫だと蔑む者もいるくらいだというのに。

 精霊の加護がないに等しい薄い者だって末の姫様を下に見るくらいだ。

 精霊の加護を誰が放ったのか気になるが、助けがあった、今はそれだけでいい。

 この場を逃れることが先決だ。


「大丈夫ですか?」


 末の姫様は何度も頷き息を整えようとする。

 怖がらせてしまった。

 しっかりと俺が守らなくては。


「さあ、参りましょう」


 もう、何人斬り倒したのだろうか?

 末の姫様の変装は全く役に立たなかった。

 いや、逃げるのに動きやすい格好をしていたと喜ぶべきか。

 それにしても、こんなにも革命などという馬鹿げたことに荷担する者がいたと驚いているんだ。

 正規の棋士か謀反人か見定めることが難しいと感じるが、俺に、末の姫様に刀を向ける者は容赦なく斬り伏せてきた。

 だってそうだろう? こんな俺でも太政大臣の息子なんだ。

 俺に刀を向ければ父上が黙っているはずがない。

 権威を気にする貴族共だ。父上の、家の名は何よりも気にするはずだ。

 

 全く、溜息を付く間もなく人がいる。

 正面門、裏門、どこもかもだ。

 どこから出たものかと悩む。

 俺に末の姫様を守るよう命令を下した上司と落ち合えそうもない。

 それは別に構わないんだ。

 ほとぼりが冷めてからでも大丈夫だろう。


 庭の木々に隠れ、塀を見上げる。

 俺一人なら塀を登るくらいどうてことはない。

 だが、末の姫様がいる。

 城の、宮の奥から殆ど出たこともなければ、子供だ。

 どうしたものだろうか?

 末の姫様は不安そうに塀を見上げ


「私は城の外の事をなにも知りません」


 当然だ。末の姫様だけでなく、貴族の姫は皆そういうものだ。

 宮の奥で飾られる花のように大事に育てられ、年頃になれば有力者の元に嫁いでいく。

 俺の姉達もそうだ。


「今のこの城よりは心安らかに過ごせる場所だと思いますよ」


 平穏な時であれば命を狙って襲ってくる者はいない。

 暴漢などが全く居ないわけではないが、今戦場となっているこの城の中よりもはるかに安全だといえる。

 末の姫様は小さく微笑む。

 答えに納得をしてないだろうが、外が、都がどういうものか説明している暇はないんだ。今はそれで納得してもらうしかない。


 塀を乗り越えたとしても、お堀がある。

 ダメだ。末の姫様が泳げるはずもない。

 俺も火の加護のせいか水練は苦手なんだ。

 泳げなくはないが子供を抱えてとなると難しい。

 どうしたものか……


 顔の脇を矢が抜け、目の前の塀に刺さる。余韻の残った矢が揺れる中、次々と矢が塀に刺さっていく。


 居場所が知られた?

 次々と放たれる矢から末の姫様を守るように抱きかかえ木の幹に体を隠す。

 このままでは埒が明かない。

 塀を見上げ覚悟を決める。

 悩んでいても仕方がない。

 このままこの場所に留まれば矢に射貫かれてしまうし、場所を変えたところで城の中に落ち着ける場所などない。

 塀を越えるのに丁度いい木がここにあるし、これを登って越えるか。


「この塀を越えれば外です。ただ……」


「ここよりはましな場所なのでしょう?」


 俺の迷いを押し出すように微笑まれた。

 末の姫様を抱え木を登り、塀に立つ。

 向かってくる矢は火の加護を持って打ち落とす。


 意外と高いな。

 お堀に水が張ってあるから大丈夫だと思うが、この高さは怖いな。

 いや、俺が怖がっては末の姫様に余計な思いをさせてしまう。

 死地へ旅立った梶はもっと怖い思いをしたはずなんだ。

 俺はあいつの兄貴なんだ。こんな事で躊躇してられない。

 末の姫様を抱えお堀へと飛び込む。


 ――――お堀の中には杭が立っている。


 そんな話しを今になって思い出した。

 城を攻め入られない為の罠だと。

 もっと早く思い出せよと自己嫌悪に落ちる間もなくお堀の水中へ落ちた。 


 末の姫様を離さないよう必死に腕に抱き止める。

 呼吸をと浮き上がっていく中、粉砕された杭だったらしきものが視界に入る。

 永らく平穏だったせいによる整備不良によるもの……には見えなかった。

 水の中だ。ハッキリと見えたわけではないが今壊れたばかりに見える。


 都合良く壊れていたことに感謝だ。


「ぷはっ……姫様? もう少しの辛抱を」


 水中から顔を出した末の姫様は息を求め、はぐれてしまわないようにと必死にしがみついていた。

 服が体に纏わり付いてただでさえ泳ぎにくいのに、しがみつく力が強く泳ぎにくい。

 末の姫様が今頼れるのは俺だけだ。離れまいと力強くしがみついて当たり前だ。

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