貴女の生を願ったこの人の思い以上に貴女が愛し、愛されるその時まで

ゆきんこ

第1話 不意打ちのような奇襲

 不意打ちのような奇襲にどうすることも出来ずこの体たらく、なにが宮廷棋士だ。

 押し入ってきたのがこの国を守護するはずの貴族たちだったせいであるとはいえ、最後の要であるというのに……

 仕方がないで済まされるはずがない。

 末の姫様は無事だろうか?

 城が占拠されるまでもう時間がない。

 俺に下された命は末の姫様をお守りすること。

 向かってくる無法者を切り捨て、末の姫様の部屋まで走る。

 こんなふうに城の中を走ることになるとは思わなかった。


 平穏だったこのヒノモトの国になんの不満を持ったのか革命と名ばかりの謀反が起きるなんて誰が予想できるか。

 この国を我が物顔で荒らしたと、根拠のない話を持ち上げ、王を断罪しようとはあいつらは何を考えているんだ?

 事の確認後すぐに命じられた俺は全貌を把握している訳ではないが、左大臣を勤める藤の一族が首謀者らしく……俺の一族も一枚噛んでいるらしい。


 馬鹿じゃないのか?

 王に、白の一族には大恩があっても恨みなどないはずなのに。

 今は亡き前当主の爺様が口を酸っぱくして話しておられた事なのに。

 俺は恩を仇で返す我が一族が恥ずかしい。


 隙間の空いた襖からチラリと見える色に嫌な予感しかない。

 無事であってくれと開け放つ。


 ――――畳の上には茜に朱を重ね、紅に広がる衣が眼前に飛び込んできた。


 三重に重なり倒れる子供たちの姿に怒りとも悲しみともいえない感情が、守れなかったと、悔しい、後悔というのか……間に合わなかったと力が抜けていく。

 末の姫様はまだ十にも満たない齢だというのに……

 革命と名ばかりの凶刃は幼い末の姫様にまで向かいやがって……許せない!

 俺を加護する火の精霊がざわめく。

 俺の後ろから斬り掛かろうとする者に刀を反し、刺し倒す。


 怒りに歪む顔を押さえ、部屋の奥へ視線を巡らせれば家具の影で隠れるように頭から袿を被る子供がすすり泣いていた。

 衣から覗く水干の色は葡萄茶えびちゃ……末の姫様の小姓をしていた俺の弟だろうか。


かじ……?」


 ぴくりと体を反応させ衣から出てきた瞳は紫水晶のように澄んでいた。

 それは火の加護を持つ梶とは違う瞳の色だ。

 精霊の加護が瞳の色に表れるこの世界で紫水晶のような瞳を持つ者は末の姫様の他に居ない。


「姫様!?」


 末の姫様は梶の着ていた水干を身につけていた。

 それじゃあ、ここに横たわる茜に染まる内の一人は……俺の弟なのか?


「……ごめんなさい」


 小さく呟くような声に俺ははっとする。

 梶は姫様の身代わりになったのか、その凶刃から身を挺して守った梶を誇りに思わなくては命を散らした弟に、姫様を最期まで守った小姓たちに申し訳ない。

 ……そう思うしかない。

 今は末の姫様をお守りすることだけを考えろ!


 息を大きく吐き気持ちを切り替える。

 俺は宮廷棋士だ。

 今、この場は戦場なんだ。

 迷った者から死んでいく。

 俺が為べきことは末の姫様をお守りすること!


「姫様。ご無事でなによりです。お怪我は?」


 大きな瞳から溢れる涙は身近に感じる死の恐怖によるものだろうか。

 首を横に振り答える姿は年相応の幼い子供のそれだ。


「梶たちが……私は……」


 言葉にならずとも末の姫様の気持ちは伝わってくる。

 梶を死なせてしまったことに責任を感じているのだろう。

 梶なら、俺の弟であれば、末の姫様を守ることは当然だ。

 今、末の姫様が気にすることではない。

 気にしてくださることは嬉しいが、今は梶の為に泣いている時間はないのだ。

 末の姫様の頬を拭い……血が付いてしまった。

 俺は慌てて末の姫様の被る袿で付いてしまった血を拭う。


「梶に代わって俺が貴方様を守ります」


 梶が着せたであろう水干装束のおかげで末の姫様だとすぐにはわからないはずだ。

 これを利用して俺の弟として城の外へ連れ出せればいいのだが、上手くいくだろうか?

 いや、やらなくてはいけない。

 握りしめていた鈴を首に掛け、末の姫様は梶に手を合わせてくださる。

 さっきまでの大粒の涙は止まっていた。

 嗚咽を漏らしている様子から無理矢理に涙を止めたのだろう。

 一国の、ヒノモトの国の姫としての矜恃をそこに感じた。


「いいですか? この城が攻められているということは……」


 末の姫様は首を横に振り


「言わないで……信じたくない」


 震える声に俺は黙るしかなかった。

 そうだよな。話しを聞いてしまえば状況を理解してしまうはずだ。

 俺は子供に何を話そうとしてんだよ。

 こんなに震える子供に、梶が守った末の姫様を死なせてなるものか。

 命令なんて関係ない。

 俺は梶が死んだ分、この命に代えても末の姫様を守るんだ。


「城を出ます」


 俺の言葉に姫様は頷き、袿を落とし、黒く長い髪を束ねた。


「これで、小姓にみえますか?」


 頷き返すも、どんな格好をされても末の姫様は末の姫様にしか見えなかった。

 紫水晶の瞳を隠すことが難しいせいもあるが、末の姫様が纏う雰囲気が小姓に感じられない。

 これが王の血筋、白の一族というものだろうか?


 血なまぐさい城を出てからの事なんて今はなにも考えてはいない。

 今ここを切り抜けられればそれで道が拓けるはずだ。


「姫様、一応これをお持ちください」


 倒れる者から脇差しを抜き取り末の姫様に渡す。

 末の姫様の持つ懐剣では己を守ることも難しいだろう。

 末の姫様に刀を振るわせるようなことは当然しない。

 重たい鉄の塊を、人の命を奪う刀を末の姫様に持たせたくはない。

 それでも一応持っていてもらいたい。

 この先になにがあるのかわからないのだ。


 ――少しでも弟の梶に見えればいいと思っていた。


 だが棋士が小姓を連れていることがおかしいのか、いや、今この城の中をうろつく小姓という存在がおかしいのだろう。

 刀を、抗う術の持たない者達は部屋の奥へ押し込められいるのか、廊下で出会うものは皆揃って刀を振りかざしていた。

 革命などという謀反人どもと忠臣との鍔迫り合いの中、俺達に目をつけるのは皆謀反人どもだ。

 末の姫様に血生臭い事を見せたくはないというのに……


 向かってくる者を斬り伏せる俺を紫水晶の瞳は静かに映していた。

 恐怖に震える事もなく、感情というものはなくその事実だけを見ているようだった。

 震えまで押さえ込まれて……なんとお強いのだろう。

 せめて、この城を出るまでは怯える小姓を、兄に縋る弟を演じて貰えればとは思っていた。

 いちいち泣かれては、悲鳴を上げられては困ると思っていたが、大丈夫そうだ。


「守られるだけの子供でいたくない」


 なんと子供らしくない呟きなのだろう。

 俺に聞かれているとは思ってないかのか、ぶつぶつとずっと呟いている。

 俺が子供だった頃そんな事を考えた事なんてなかった。

 命のやりとりを考えたことはなかったが、棋士への憧れだけで木刀を振っていたよ。

 横から突如現われた炎に気を取られ、末の姫様の手を離してしまった。

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