第19話。紗奈の真実
「はぁ……」
平日の昼間。
まだ確信があったわけじゃない。時雨が柚子を突き落としたと結論づけることが出来ないのは、あまりにも異常だったせいだ。
「……」
金欠なこともあり、今はコインゲームをやっていた。軽い気持ちで始めれば、しばらくは遊べるほどにコインが集まり、ただ機械ように同じことを繰り返していく。
「隣。失礼するわ」
本来一人で座るはずの椅子に、座り込んでくる人物がいた。肩が触れる距離に寄り、彼女の匂いが鼻に届いた。
「何の用だ。紗奈」
口元を隠すマスクを付けている
「アキが楽しそうにコインゲームしてるから、気になったのよ」
手元に残った僅かな金を娯楽に使い果たした割に満足感は得られない。紗奈も加わったせいで、手持ちのコインはあっという間に無くなってしまった。
「さてと。アキ、今暇でしょ?」
「だったら、なんだよ」
「私に付き合って」
紗奈に腕を引かれて向かったのは、ゲームセンターの近くにあるカラオケ店だった。このカラオケ店で少し前に火事騒ぎがあったらしいが、今は普通に営業しているようだ。
「紗奈。もう俺、金持ってないぞ」
「それは大変そうね」
紗奈が受付を済ませれば、部屋に案内された。部屋は二人なら十分な広さがあり、紗奈から離れて座った。
「アキ。飲み物と、何か食べやすい物頼んで。ああ、アキは好きな物頼んでいいから」
つまり全部、紗奈の奢りというわけか。
「紗奈、お前が現れたのは偶然か?」
「偶然じゃないとしたら、何か問題あるの?」
紗奈が現れたキッカケはあるはずだ。
柚子の情報が紗奈に伝わったとしても、わざわざゲームセンターに足を運ぶことはない。だったら考えられる情報源があるとすれば、それは紗奈と繋がりの
「理沙から何か言われたのか?」
「アキが学校に来てないって言ってたわね」
「それだけか?」
「そうよ。だから、私は探してみただけ」
紗奈がテーブルに置かれているメニュー表を指先で叩いた。早く頼めと言っているのか、曲を入力している紗奈には代わってもらえそうにない。
二人分の飲み物と適当に食べられそうな物を電話で頼んで席に戻った。既に紗奈は歌い始めていたが、何処かで聞いたことのある曲が流れていた。
紗奈の歌を黙って聞いていたが、曲の間奏中にリモコンを差し出された。やはり、カラオケに来たのだから歌わなくてはならないのか。
「うーん……」
流行っている曲でも入れるか。
曲のタイトルを確認する為にケータイを操作すると、メールが届いていた。メールの差出人は理沙だったが、内容は学校に来てほしいと。シンプルなものだった。
「お前。理沙とは仲がいいんだよな?」
「そうね。少なくとも、私が心から友人と呼べるのは彼女だけよ」
確か二人は中学の時に知り合ったと言っていた。
「どうして、理沙が俺と同じ学校に通っていることが分かった?」
「あの子がアキと同じ歳だったから、アキの名前を出して確認したの。あの子がアキと関わっていたことは偶然よ」
偶然。紗奈が言うなら嘘ではないのだろう。元々理沙との関係を隠していたつもりもなかったはずだ。
「なんで、理沙に俺のことを頼んだりしたんだ?」
「もう答えない」
今になってわかった気がする。紗奈は何度も質問をされるのが嫌いなようだ。
「紗奈、お前の質問に何でも答えるから。教えてくれないか?」
紗奈が顔を逸らした。
「理沙に聞いたらわかる」
何故、理沙の方なのか。
「アキ。質問」
「なんだよ」
「好きな人は出来た?」
紗奈の質問。まるで真実を見抜いているかのようだ。
「好きとは……違う気がする」
柚子や時雨に向ける感情に確信がなかった。
「その人のこと犯したい?」
「お前、ふざけてるのか」
紗奈の顔を見てわかった。紗奈は初めから冗談なんて言っていない。一々過剰に反応する自分が馬鹿みたいだ。
冷静に考えを改めれば、紗奈の言葉を否定出来なくなる。まるで、紗奈は答えを知っているようだ。
「……俺がおかしいのか?」
裕秋は手を伸ばして、紗奈の肩に触れた。
手に力が入り、自分の感情が溢れたことに気づいた。きっと、自分は人生で最もマヌケな顔をしている。
「アキ」
紗奈に頭を掴まれ、抱き寄せられる。周りの音が消えてしまったように静かになり、ただ一つの鼓動が耳を通して頭の中に届けられる。
ただ、優しく紗奈の手が頭を撫でてくる。
「私達だけはアキの味方でいる」
紗奈の肩を掴んで、突き放す。
「っ、お前のせいで俺の人生めちゃくちゃになってんだよ。あの時、お前さえいなければ……」
紗奈の体を掴むように爪を立てる。
しかし、紗奈の表情に苦痛は浮かばない。代わりに紗奈の顔が生み出している感情は怒りの塊のようなもの。
どうして、そんな顔をするのか。
「そう。アキは何も覚えてないのね」
紗奈の口から吐き出されるようにして、告げられた言葉。紗奈の怒りから生み出された言葉だとすぐに気づいた。
「覚えてない……?」
「私とアキが過ごした、わずかな時間。出来ることなら、すべての記憶を辿ってほしい」
過去の記憶。紗奈が家に来た時のことは覚えている。今とは違って、紗奈はよそよそしかった。性格は昔も今も変わらないが、もう少し笑顔が多かった。
「紗奈が家に来た時のことは思い出せる。ただ、その後の記憶が曖昧なんだ」
「曖昧?どの辺りまで覚えてるの?」
「紗奈と色々して、遊んだ記憶はある。紗奈が……そうだ、居なくなる直前の記憶が……」
最後の記憶。倒れた裕秋の上に紗奈が股がっている光景。お互いが一つになり、獣のように交わった記憶。
その忌々しい記憶が残り続けるせいで、柚子や時雨に手を出してしまった。裕秋が紗奈を恨んでいる理由もハッキリとしていた。
「お前とあんな事をした記憶が……」
感覚が残っている。この記憶に間違いはない。
「そう。やっぱり、忘れてるのね」
「教えてくれ。俺は何を忘れているんだ?」
「答えてもいい。ただ、覚悟をしてほしい」
紗奈の言葉に裕秋は恐怖を感じた。ここまで紗奈が話すことは、自分にとって何よりも大切な記憶だと理解した。
「覚悟……」
「最悪の場合、今の生活が失われる。アキが私の言葉を乗り越えられるとは思わないし、後戻りは出来ないと思ってほしい」
紗奈が必死に止めているような気がした。それは紗奈の優しさなのか。本当に触れてはいけない記憶だからこそ、自分は忘れてしまっている。
「それでも、俺は真実を知りたい」
紗奈の言葉で人生が塗り替えられる。
そう、考えてしまった。
「アキ。来て」
「いったい何を……」
紗奈に頭を掴まれて、抱き寄せられる。胸に押さえつけられ、紗奈の顔が見えなくなるが、紗奈の心臓の音が大きくなる感覚があった。
それにつられて、裕秋の心臓の鼓動も激しくなっていく。今からでも引き返したいという強い気持ちに耐えながら、紗奈の言葉を待つ。
「アキ。私はアナタに復讐する」
「紗奈……」
閉ざされていた記憶の扉。
今、紗奈の手によって、開かれる。
「私はアナタに──」
紗奈の言葉を聞いて、裕秋は頭の中が真っ白になった。
全身の感覚が無くなり、指一つ動かせない。紗奈の胸の中で自分の意識が壊れていくような、最悪の気分だった。
今の自分は過去の出来事が作っている。
だけど、その過去が否定された時。
自分はどうすればいいのか。
「私はアキに犯された」
精神の崩壊を迎える寸前。
裕秋の意識は閉ざされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます