第3話。白石理沙
日曜日が終わり。月曜日。
土日休みの間に色々と問題も起きたが、時雨の態度は以前と変わらない。時雨に嫌われたわけでも関係が良好になったわけでもなかった。
つまり、いつもと何も変わらない。
妹達とは途中まで一緒に登校することが出来るが、それもわずかな時間だ。歩いているうちに見覚えのある二人と顔を合わせることになる。
「
柚子が元気よく挨拶をしたのは、柚子の友達である
「おはよー裕秋くん」
裕秋は萌絵の隣にいる白石
理沙は萌絵の姉であり。明るい雰囲気と見た目から裕秋は理沙に対して苦手意識を持っていた。
「ああ……」
裕秋は理沙に適当な返事をした。理沙と知り合ったのは高校に入ってからで、妹達ほど仲良くやれているわけじゃない。
「それじゃあ。お兄ちゃん、また後でね」
「車には気をつけろよ」
「わかってるよ」
柚子達は別の方向にある学校に向かって歩いて行った。その後ろ姿を最後まで見ることなく、裕秋は歩き始めた。
そこですぐに隣を並んで歩いてくる理沙。妹達が仲良くしているから、自分達も今の関係を続けているだけ。友達とも言えない微妙な距離感を理沙は気づいているのだろうか。
「裕秋くん。あのさ……」
珍しく、理沙が朝の会話を求めてきた。
「相談が、あるんだけど」
「相談?」
勉強の相談なら相手を間違っている。かといって他に理沙が自分を頼るような内容を裕秋は思いつかなかった。
「萌絵のことで、聞きたいことがあってさ」
「何かあったのか?」
「萌絵が、時雨ちゃんと喧嘩したって言ってたから気になって。何か時雨ちゃんから聞いてない?」
本来、萌絵と関わりを持っているのは柚子の方だった。柚子が仲良くしているから時雨も萌絵と仲良くしているだけ。だから、考えているよりも二人の関係は悪化しやすいのか。
「いや、何も聞いてない」
「そう、なんだ……」
理沙がうつむきがちになる。理沙にとって、深刻な悩みなのか。目の前に電柱が迫っていても気づかず、仕方がなく理沙の体を引っ張ることにした。
「な、なに?」
「前見て歩けよ。危ないだろ」
「あーごめんね……」
わかりやすく落ち込む理沙を見て、裕秋は少しだけ迷った。このまま理沙に何も言わないことは簡単な話だったが、自分としては問題があった。
いずれ、理沙の悩みは柚子や時雨にも影響を与えてしまう。だからこそ、理沙の手助けをすることを決めた。
「時雨から話は聞いてみる。でも、俺から何か言って仲直りさせるつもりはないからな」
理沙が萌絵の姉であるように、裕秋も時雨の兄である。当然、裕秋が味方をするのは時雨の方だった。
「ありがとう。裕秋くん」
「まだ何もしてないだろ」
「うーん。先払いってことで」
理沙の笑った顔は、いったいどれだけの価値があるだろうか。裕秋は周りが言うほど理沙に魅力を感じなかった。
この笑顔は、自分が好きなものとは違っている。
学校に着けば、下駄箱で靴を履き替える。その時、視線を隣の理沙に向ければ下駄箱の蓋を開けたまま立ち尽くしていた。
「何やってんだ?」
「これ、なんだと思う」
理沙の手には手紙のような物が握られていた。
「ラブレターじゃないのか」
「わ、私に?」
理沙は驚いたのか手紙を落としそうになる。
「そんなに驚くようなことか」
「だって、私だよ?」
もし、他の女子相手に同じことを言ったらキレられるだろう。理沙はお世辞を抜きにしても、美人で男子からも人気がある。自分と関わっていることが奇妙に感じるほどだ。
「じゃあ、イタズラかもな」
「あはは……やっぱりそうかな」
理沙は目の前で手紙を開け始める。
「お前、普通一人の時に開けるだろ」
「なんで?」
既に手遅れだった。理沙は中身を取り出して、書かれているであろう文章に目を通す。しかし、次第に理沙の顔が横に傾き始めていた。
「なんだよ」
理沙が手紙を差し出してくる。どうやら、本気で手紙は見られても平気だと思っているのか。差出人の気持ちを考えれば、よくないことだと分かるはずだ。
「読んでみて」
「……っ」
裕秋は呆れながらも手紙を受け取った。
「やっぱり、ラブレターか」
随分と難しい言い回しで書かれてはいるが、意味は分かる。内容は理沙のことが好きだから付き合ってほしい、というもの。わかりやすいくらいに告白の手紙だった。
「どうしよう……」
手紙をよく見れば差出人の名前が書かれていた。
「差出人のこと、知ってるのか?」
「あ、知ってるよ。同じクラスの男の子で、時々私に声掛けてくるんだ。でもでも、いきなり告白されるのは驚いたかな」
つまり、理沙にとっては何度か話しかけてくる程度の相手ということか。理沙が誰でもいいから付き合いたいと言うならまだしも、手紙一枚で関係が変わるような状態ではないだろう。
手紙は理沙に返して、一応聞いておくことにした。
「理沙は、そいつのこと好きなのか?」
「ううん。全然」
笑顔で残酷な言葉を口にする理沙に悪気なんて微塵もない。告白した人間が悪いとは言わないが、もう少し理沙の気持ちを考えれば、玉砕することくらい分かっていたはずだ。
「だったら、何を難しそうな顔してるんだ?」
「え?私、そんな顔してる?」
「してるから聞いてるんだろ」
「えーと、手紙をくれるのは嬉しいんだけど……やっぱり、告白されるのは違うかなって。でも、なんて言って断ったらいいと思う?」
理沙は何を言ってるんだ。
自分の知るかぎり、理沙は手紙以外にも何度か告白されている。その時にも断っているのだから、同じことを言えばいいだけの話ではないのか。
「今までと同じはダメなのか?」
「それが、その……」
少し前に理沙が揉めた話を思い出した。
理沙が断る時に、今は気持ちに答えられないと言ったせいで。中途半端な状態にしてしまった。後に厄介なことになったと理沙から聞いたが、ソレを気にしているのか。
「まあ、期待させるような言い方をする理沙も悪いだろ。無理なら無理って、ハッキリ伝えればいいだろ」
「そーだよね。私が悪いよね……」
裕秋が理沙を苦手とする部分。普段は明るいクセにちょっと何かあるとすぐに落ち込む。それをさらに明るさで隠して、悪循環を繰り返す理沙は見ていられない。
「でも、ありがとう。裕秋くんのおかげで、なんだかハッキリ断れそうだよ」
理沙の笑顔を見れば、彼女がモテる理由がよく分かる。明るく誰にでも優しい理沙。その笑顔は独占したいと思う人間が多くいるはずだ。
裕秋は試すように理沙に手を伸ばした。理沙の体に触れようとするが、理沙の視線が向けられていることに気づいて手を止めた。
「裕秋くん、どうしたの?」
差し出した手を理沙が両手で握ってくる。ぐにぐにと手を押す理沙の指は冷たくて、すべすべしていた。
「いや、なんでもない」
裕秋は手を引っ込めた。
「もしかして、私のこと触ろうとした?」
理沙が余計なことを口にした。普通は気づいても黙っておくべきだろう。空気が読めないのは相変わらずだが、流石に冗談で済ませられない。
「触ろうとした」
嘘をついても仕方ない。理沙に触れようとしたことは事実であり、隠したところで不審に思われるだけだ。
「えー裕秋くんなら触っても怒らないのに」
手を伸ばした位置的には理沙の肩辺りだ。他の箇所を触ろうと手を伸ばしていたら、きっと理沙は違う反応を見せていただろう。
だからこそ、試してみたかった。
本来なら理性が引き止める行動。まだ失われていない理性がやめろと叫んでいるのに、裕秋は手を動かして理沙の体に触れる。
「……っ」
その時、白石理沙は笑っていた。
思わず、裕秋は後ずさりをする。理沙の見せた笑顔の意味は分からない。けれども、その顔を裕秋は知っている。
記憶に存在する彼女と同じ顔。
「お前は誰だ……」
思わず、言葉を口にした。
「私は白石理沙だよ?」
理沙の言葉で認識が正常に戻る。
今、目の前に立っているのは一人の少女だ。
白石理沙。
それ以外の誰でもなかった。
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