第43話 鎧の巨人

 一瞬、重力が消失したような浮遊感の後――


 ズドォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーン!!!!


 凄まじい地響きをたてて、塔は横転した。

 さすがに死んだ!? と思ったが、


「ゴボゴボッ!?」


 なぜか俺は溺死しかかっていた。

 ぬるぬるの何かが口の中に入ってくるのに必死に抵抗しながら、そのぬるぬるを掻き分けて顔を出す。


「ぷはっ、なんだこの気持ち悪いの!?」


 スライム状のどろどろとした液体が部屋の内部を満たしていて、おかげで無事だった。


「このスライム、ルルたんが出したのか……?」


 ゴボゴボッ!

 下から泡が浮かんできた。


「ライリス!?」


 ライリスがまだ沈んでいて、溺れかかっている。

 俺は気持ちの悪いスライムの中にもう一度潜って、助けにいく。


「ぶはぁっ! 死ぬところじゃった!?」

「ルルたんはどこいった?」


 姿が見えない。

 まさか、本に埋もれたまま自分で出したスライムに呑み込まれて……。


「あそこじゃ!」


 ルルイェは外にいた。

 ぬるぬるになってないところを見ると、俺たちはスライムに任せて、自分だけ別の方法で回避したらしい。


 ルルイェは横転した塔の壁面に立っていた。

 その頭上には、太陽を遮る黒い影が。

 鎧をまとった、ドラゴン並にでかい巨人がルルイェを見下ろしていた。


「おまえが沈黙の魔女か」

「……いかにも」


 ルルイェが答えた。

 初対面の相手に、ちゃんと目を見て返事をした。

 もし俺が母親だったら「ルルちゃん、きちんと返事できてえらいわねぇ。今夜はお寿司にしましょうか」とよしよししてあげるところだ。

 だが、俺はママじゃないし最近奴隷でもなくなったので、心の中で「よく頑張ったなルルたん」と思うにとどめた。


「ルルたん、めっちゃ怒ってるな……」


 塔を倒され、怒りが緊張を凌駕したんだろう。だから、コミュ症なのに一言とはいえ会話ができたにちがいない。


 鎧の巨人がルルイェを掴もうと、ぬぅ、と巨大な手を伸ばしてきた。


 バチィッ!


 火花があがり、巨人の手が弾かれる。


「あっつ……! ミスリルの鎧をまとう我が手を弾くほどの強力な結界。なるほど、ホンモノのようだな」

「……あなた、誰?」

「俺の名はベルゼルム。魔王軍四天王の一人……と言えば分かるだろう」


 ベルゼルムと名乗る巨人は、ちょっと得意げに言った。


「……」


 ただ無言で睨み付けるルルイェ。

 その沈黙の意味は、各人が勝手に解釈するしかない。

 ベルゼルムの心の内を想像するに、


 ――ふふふ、びびっているな。沈黙の魔女といえど、魔王軍四天王は恐ろしいと見える!


 ベルゼルムさんに教えてあげたい。こいつ、あんたの事一ミリも知りませんよって。それどころかつい先日まで、魔王でさえフィクションの存在だと思ってたんですよって。


「……にしても、四天王って事は相当強いって事か」


 その肩書きがダテじゃないのは、あの巨体と、塔を力任せに投げ飛ばした事だけでも分かる。


「……これやったの、あなた?」

「ああ、そうだ。せっかく時間をかけて竜姫を追い込んだのに、邪魔をされてはたまらんからな」

「……ごめんなさいして、元に戻したら許してあげる」

「栄えある魔王軍四天王が、貴様のようなチビにごめんなさいするわけがなかろう」


 ベルゼルムは、背負っていた大剣を抜いた。

 もちろん、巨体に見合う大きさの剣だ。

 山をも断つであろうその大剣を、ベルゼルムが振りかぶる。


「ルルたん、危ないっ!?」

「……」


 ルルイェの張った結界のバリアは、振り下ろされた大剣を弾いた。

 しかし、


「フンッ! フンッ! フゥゥン!!」


 ベルゼルムは構わず剣を打ち込み続ける。

 三度四度と叩かれるうちに、結界にひび割れが走る。


「やばい!」


 俺はポケットから小瓶を取り出し、中身を飲み干した。

 ルルイェに新しく作ってもらったマル秘ポーションだ。

 いざという時用で、およそ五分ほど効果が持続する分量を小分けにしていくつか持っている。

 力がみなぎるのを感じながら、俺は横転した塔の壁面を走った。


 バリィィィーーーーン!!!


 ルルイェの結界を、ベルゼルムの剣が打ち砕いた。


「わわっ」


 壊されると思っておらず慌てるルルイェを、駆け抜けざまに小脇に抱えてかっさらった。

 間一髪で、ルルイェのいた場所へ、ベルゼルムの大剣が打ち込まれる。


「げげっ!?」


 塔が真っ二つになった。

 剣が再び振り上げられる。もちろん狙いはルルイェを抱えた俺だ。


「ちょこまかとしおって」


 ヤツの剣が狙いを定めるのを待って、俺はUターン。逆方向へ走る。

 大剣の剣圧は凄まじく、直撃を避けても爆風のような衝撃で吹っ飛ばされる。


「ライリス!」

「これは夢じゃ。悪夢じゃ。きっと昨日、こっそり魔女のおやつを盗み食いしたから、良心が痛んで悪夢を見ておるのじゃ。あぁ主よ、罪深き子羊をゆるしたまえ~」


 半泣きになって錯乱しているライリスを、逆側に脇に抱えると、俺は大きく跳躍ちょうやくした。


「逃がさんぞ!」


 ベルゼルムが地面に大剣を突き立て、魔力を放った。

 放射状に地割れが発生し、俺たちを呑み込もうと追ってくる。


「これは悪夢じゃこれは悪夢じゃこれは悪夢じゃっ」

「くっ!」


 俺は足下が裂ける寸前にジャンプし、森の中へと飛び込んだ。


「ぐわぁぁああああああああああああっ」


 背後で叫び声がしたので振り返ったら、ベルゼルムが自分で作った地割れに呑み込まれていた。


「……相手がバカで助かった」


 その隙に、俺は森の奥へと逃げ込んだ。

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