第42話 遭遇
「ルルたーん、ごはんだぞー」
夕飯の準備ができたので、屋根裏へ呼びに来たが返事がない。
「ルルたーん」
本の山を掻き分けて入っていくと、ルルイェは定位置である座卓で、ノートを開いて何か熱心に書き込んでいた。
アイデアノート。
とルルイェが呼ぶ、新作魔法のレシピを
「新しい魔法を開発してたのか」
こくん。肯定。
「……ドラちゃんをギャフンと言わせる魔法を作ってる」
そいつは頼もしいな。
いまだかつて誰かが「ギャフン」って言ったところ見たことないから、是非見せてほしい。
「ちなみに、どんな魔法だ?」
「えと……ヒミツ」
なぜかルルイェは、もごもごと答えた。
ルルイェは直接的な攻撃魔法は、クリスタルドラゴンを街ごと塵に変えた、ウルトラギガトン破滅ビームというふざけた名前の魔法しか持ってないらしい。
ヒキコモリのルルイェに攻撃魔法を持つ必要がなかったためだが、あの魔法は威力が強すぎて使い勝手がよくない。
ルルイェは、ドラゴニアと戦うための魔法を開発しているんだろう。
「なるべくケンカは避けようぜ。幼なじみなんだろ?」
「やだ」
ルルイェは、アイデアノートを見つめて言う。
「ドラちゃんはろくでもないこの世界の
「……おまえ、相手がいないと威勢がいいな。本人の前じゃガクブル震えてたくせに」
「ふ、震えてない。全然恐くない」
そう言うとルルイェは、少し俯いて唇を尖らせた。
「ドラちゃんは、タケタケの事とった。……許さない」
俺なんかのために怒ってくれてるのか。
嬉しいもんだ。
たとえそれが、俺が死んだらハンバーグが食べられないという食欲に起因する感情でも。
ルルイェが、俺を押さえつけながら立ち上がった。
座ったままの俺に、正面から抱きつく。
「なにやってんだ……?」
「……」
ぐりぐり。
抱きしめながら、胸を押しつけてくる。
「痛い痛い。ゴリゴリするな、鼻が削れる」
「……」
ルルイェはしょぼんとして、腕を放した。
「ドラゴニアの真似がしたかったのか?」
黙秘。
あの時も幻術でムチムチセクシーボディに見せたりしてた。
ルルイェは案外、自分の幼児体型にコンプレックスがあるのかもしれない。
「そういやアイシャさんが、もうすぐドラゴニアの棲む山に着くって言ってたぞ。山の周りには魔王軍が陣取ってるようだけど、どうする気だ?」
「……踏み潰す」
つまりノープランと。
まあ、この塔で移動している分には、まず安全だ。それこそ、ドラゴンクラスの巨体じゃないと、止められない。
だが一つ、引っかかる事があった。
「ドラゴニアはルルたんに助けを求めてきてたよな? それって、魔王軍がめちゃめちゃ強いって可能性ないか?」
「……?」
ドラゴニアより強い魔物がいるわけないだろう、バカじゃないのかおまえは?
って顔をされた。
まあ、俺にはこっちの世界の事情は未だにさっぱり分からんし、ドラゴニアのところへ行かないと世界で最も最悪な死に方をする事になる。余計な口出しせず、ルルイェに任せよう。
平静を装ってるものの、一日ごとに寿命が縮むこの感じはなかなかプレッシャーで、最近じゃ不安で夜しか眠れない。
ルルイェが、考え込んでいる俺の顔を両手で掴んで固定した。
「なんだ?」
「……」
今度はない胸じゃなく、顔面を近づけてくる。
「むちゅー……」
「?」
頭突きでもされるのかと思ったその時、いきなりガクンと塔が揺れた。
「うわっ、なんだ今の揺れ? お、おい、ルルたん大丈夫かっ!?」
ルルイェは降ってきた本の雪崩に呑み込まれていた。
掘り起こしていると、ライリスが慌てて梯子を登ってきた。
「たっ、大変じゃっ!」
「溝にでもはまったのか?」
「ちがうっ、外を見てみい!」
傾いたままの塔の屋上へ顔を出す。
すると、そこに――
「なんだあれ……」
巨大な頭が屋上のすぐ横にあり、目が合った。
「ど、どうもこんにちは」
思わず挨拶をしてしまう。
ここからでは一部分しか見えないが、そいつは鎧をまとった人間のような姿をしていた。
ただ、でかい。
頭の位置が、脚を出して歩いている時の塔と同じくらいの高さにある。
その巨体を分厚いフルプレートで覆っているので、巨大ロボットのように見えなくもない。
そいつが、移動中だった塔を押さえつけている。そのせいで、傾いているのだ。
「おまえが沈黙の魔女か?」
「いえ……ぼくはただの奴隷です」
「魔女はどこだ」
「……おーい、ルルたーん、呼んでるよー。……あれれぇ~、変だなぁ返事がないや。ちょっと呼んできますね?」
あはは……、と愛想笑いしながら頭を引っ込める。
その直後、塔がさらに大きく傾いた。
ヌゥゥゥゥゥン!!!!
地鳴りのようなうなり声と共に鎧の巨人は塔を持ち上げ、放り投げた。
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