第44話 失意のまずいおかゆ

 沈黙の魔女ルルイェは、こだわりのゴーレムモデラーでもある。


 その職人ぶりは、作品の細部に現れる。

 とくにこだわっているのは、毛のディテール。

 ひげをはじめとした体毛の細やかな表現により、石のゴーレムらしからぬ質感に仕上げる。

 はっきり言って無駄なこだわり。

 千年以上引きこもっている伝説級の暇人だからできる芸当であった。


 とはいえ、本人なりにこだわって造ったゴーレムには、かけた時間分の愛着が湧くらしい。

 あの歩く塔もまた、そうして時間をかけて造った塔型のゴーレムであった。


「……………………」


 森の中でたき火を囲みながら、ルルイェは廃人のような顔で味のしないおかゆを食べていた。

 ルルイェが魔法で出したおかゆだ。

 一応、アイシャさんから教えてもらった食べられる野草を入れはしたが、調味料が入っていないのでむしろマズさがアップした気がする。


「ルルたん、垂れてるぞ。口閉じて食え」

「……………………」


 ダメだ、聞こえてない。

 塔を真っ二つにされたショックで心神喪失状態に陥っている。


 ベルゼルムに襲われた後、俺たちは魔王軍の追っ手を振り切って森の中に隠れていた。

 アイシャさんとガイオーガ、ボスコンとははぐれたままだ。


「まあ、あっちは心配ないだろう」


 ガイオーガがいるし、アイシャさんはルルイェと違って便利な魔法を沢山知っている。

 むしろやばいのはこっちだ。


「魔王軍四天王、めちゃくちゃおっかねーな……。まさか、ルルたんがやられそうになるとは。調子悪いのか?」

「…………魔力、使っちゃったから、あんまり残ってない」

「? ……もしかして、ウルトラギガトン破滅ビームを撃ったせいで魔力がもうないとか?」


 こくん。肯定。


 ペース配分考えろよと言いたいとこだが、千年以上引きこもっていたルルイェにそんなのあるわけがない。


「……でも、わたしもあいつに魔法かけた」

「どんな魔法だ?」

「下痢になる魔法」


 なんだその地味な攻撃。

 てか、飯食ってる最中に言うな。ただでさえマズいおかゆが、信じられないくらいマズくなる。


「もう帰りたいのじゃ……」


 味のないおかゆのマズさに耐えきれなくなったライリスが、めそめそ泣き始めた。


「こんな恐い目に遭うくらいなら、王宮に軟禁されている方がマシなのじゃ!」


 思えば気の毒な話だ。

 勝手に塔に入って占拠したとか言って喜んでた自分が悪いとはいえ、成り行きで拉致され、以来居候を決め込んでいる。

 ボスコンは帰らない理由についてこう語っていた。


 ――沈黙の魔女は、リーン王国に仇をなす存在になるやもしれませぬ。近くで監視しておかなければ。


 その大役をライリスが果たす事で、王家での立場もどうのこうの。


「まあ、ポジティブに考えようぜ。魔王軍四天王の情報を持ち帰れば、きっと王様にも褒めてもらえるぞ」

「……ぬ。そうかもしれん。ついでに四天王の首を取って帰れば英雄じゃ」


 どうやってあいつ倒すんだよ。

 もし倒したとして、どうやってあのでかい首を持って帰る気だ。


「のう、タケル。これからどうするのじゃ?」

「さぁな。とりあえず、アイシャさんたちと合流しないと」


 その後は……どうしたものか。

 塔なしで、魔王軍の中を突っ切っていくのは難しいだろう。

 できたとして、その先にいるのは、あのドラゴニアだ。


「どうにかドラゴニアに会って、一緒に魔王軍と戦ってもらうというのが、一番現実的な選択肢か。どうかなルルたん?」

「……」


 ルルイェは俺の発言を無視すると、マントにくるまって横になった。


「…………寝る」

「オシッコ行っとかなくて平気か?」

「……」


 無言で起き上がると、ルルイェは森の暗闇へと消えていった。



   × × ×



 魔王軍によって野良モンスターがほとんど駆除され、静まり返った森の中に、青白い顔の痩せた男の影があった。


「なにゆえ沈黙の魔女がここへ……」


 男は、完全に気配を殺しながら一人つぶやく。

 漆黒のマントをまとっており、ほとんど闇に同化した姿は、常人の目では見ることはできない。


「……ヒヒヒ、まあいい。せいぜい利用させてもらうぞ」


 声の裏返った不気味な笑い声を漏らした後、男は完全に闇に溶け、辺りには夜の静寂だけが残された。

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