第34話 ウルトラギガトン破滅ビーム

「って、もうちょっとゆっくり――」


 言い終わらぬうちに、ズドーン、と音をたてて、俺たちは地面に着地していた。


「ハァ、ハァ、ハァ……死ぬかと思った」

「はぅぅ…………もうダメですぅ~」


 アイシャさんが目を回して、地面にへたり込む。

 ガイオーガは着地の衝撃でひざまで土にめり込んでいたが、何食わぬ顔だ。どんだけ丈夫なんだこいつ。


「ソレデ、ドウスルノダ?」

「うーん、どうもしない。あとは、待つだけだ。ここで」


 と、俺は、結界のすぐ傍へ行く。

 アイシャさんが起き上がって尋ねる。


「何をしているのですか、タケル殿? そこにいては危ないですよ。もし結界が壊れたら、消し飛んでしまいます」


 俺は、ちょっと困った顔で笑う。


「やっちまえって言った人間が、安全な場所にいたんじゃ、まずいっしょ。死人が出るなら、俺がその第一号だ」


 俺は、ハイエルフたちが作った結界の際に立ち、光の壁に行く手を阻まれ、苛立って暴れるクリスタルドラゴンを眺めた。


「こいつは、なかなかの特等席だ。4DXでもこの迫力は体験できない」


 水晶のような肉体を持つ大怪獣は、ゴーレムモデラーのルルイェも惚れ込む造形美だった。

 そいつが、怒りまくって大暴れする姿は、それだけで極上のエンターテイメントだ。

 ガイオーガが、自分の半分もない小さな俺の背中に尋ねる。


「何故ソノヨウナ行動ガデキル……」

「うーん、日本人じゃないおまえに言っても、伝わるかどうか分からんが……被害を最小限にするためとはいえ、俺の判断で誰かが死んだとなっちゃ、寝覚めが悪くてその後の人生、辛いだけだ」


 なにせ俺は、ごく当たり前の平均的な日本人だ。

 常識的に考えて、誰かを死なせた罪の意識に耐えられる精神力は持っちゃいない。


「それに、すでに二回死んでるしな」


 これで三回目。三度目の正直ってやつだ。


「だからおまえは、アイシャさんを連れて逃げてくれ。他に逃げ遅れてる人がいたら、できる範囲でいいから、救助を頼む」

「……」


 すると、ガイオーガが、無言で俺の隣に並んだ。


「おいおい、いくらおまえでも、耐えられないと思うぞ」

「師ニ従ウノミ」

「……カッコいいな、おまえ」


 俺と違って、殺して殺されての世界を生きてきただろうに。

 呆れてため息をつく俺の、反対側の隣に、アイシャさんが並んだ。


「アイシャさん、何やってんの?」

「わわわ我々ェェェェ、ハハハハハ、ハイエルフのォォォォォォ魔法力はァァァァァァ…………世界一ィィィィィィィィィィ!!!!」


 完全にテンパった声で叫ぶ。


「だから、この結界は決して破られる事はありましぇんっ!!!」

「……無理しなくていいですって。人間なんて、死んでもすぐ産まれてくるんだしさ」

「自分でも解りません……。タケル殿を見ていて、つい。それで、今は結構後悔してます」

「今から逃げれば間に合うんじゃないですか?」


 アイシャさんは首を振った。


「もう間に合いません。時間をかければ、結界は弱まります」

「なるほど。早く撃ってくれた方が生存率は高まると」

「イエス」


 俺は頭上を見上げた。

 ルルイェが、今まさに究極魔法を放とうとしていた。



   × × ×



「やめろ、ルルイェ。君には関係ないだろう!」


 享楽の魔女は、必死にルルイェを説得しようとしていた。

 彼女はこの計画のために、多くの時を費やしてきた。

 そして、実のところクリスタルドラゴンの復活は、ただ世界を混乱に陥れようとするものではない。

 さらなる大いなる計画の始まりなのだ。


「君は、世の趨勢すうせいを決する場面に干渉する事はできない。クリスタルドラゴンを倒すという事は、その禁忌きんきを犯す事になる」


 享楽の魔女が、誰かを直接害する事ができないように、沈黙の魔女ルルイェもまたタブーを抱えている。


「やれば力を失うぞ、ルルイェ!」


 すでに千年以上を生きてきた古き者たちにとって、それは死と同義であり、寿命を持つ者たちにとっての死とは比べものにならない、とてつもない喪失だった。

 ルルイェは答える。


「構わない。力なんて邪魔なだけ」

「永遠の命も失うんだぞ!」

「構わない。永遠なんて退屈なだけ」


 神に等しい力と、永遠の生命。

 それらを、なんら尊く思っていない無欲な者の言葉に、享楽の魔女はたじろぐ。


「どいて。あなたに当たる」

「くっ……」


 空に浮かんでいた享楽の魔女は、退いた。

 すでに呪文の詠唱を終えていたルルイェは、愛用の杖を振り上げる。

 実を言うと、この魔法を初めて使う。

 試しに開発してみたはいいが、塔に引きこもる生活の中で使い道もなく、放たれた事は一度もなかった。

 だから、どんな魔法で、どんな威力か、本人もまだ見た事がない。

 ルルイェは、その偉大なる破壊魔法の名を叫んだ。


「ウルトラギガトン破滅ビーーーーム!」



   × × ×



 空が一瞬暗くなったかと思うと、小さな光の結晶が星屑のように無数に散らばり、渦巻きながら収束していった。

 そして、小さな小さな一粒になったかと思うと、地上へと落下していった。

 真っ白い光が弾け、衝撃波が俺の体を突き抜けていく。

 遅れて、激しい爆発音とビリビリと空気の震える音が耳に届いた。


 ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!


 天から降ってきたエネルギーの塊に射貫かれたクリスタルドラゴンが、断末魔の咆哮をあげながら溶解していく。

 とてつもない熱が生んだ爆風が荒れ狂い、周囲の建物を地面ごと根こそぎ吹き飛ばし、粉々にシェイクしていく。

 恐るべき威力は、だが結界によって防がれていた。

 最初の衝撃波の後、俺の周囲では、そよ風一つ吹いていない。


「……………………………………びびったぁぁぁ~~~~!!!!!」


 絶対死んだと思った。

 まだ生きているのが不思議なくらい。


「え、ええ…………」


 アイシャさんは、腰を抜かしている。

 ガイオーガはというと、


「ウム……」

「おやおや? ガイオーガさんびびってる? あの無敵のガイオーガさんがびびってますよーー!」


 つい煽る。


「ムゥ……ビビッテナド……」

「ガイオーガさんでも強がり言うんすね!」


 これは貴重な発見だ。


「いやー、でもどうにか助かったな! よかったよかった」


 今や結界の中は、建物から地面からクリスタルドラゴンから、何から何までを粉みじんにして混ぜ合わせる洗濯機みたいになっている。

 そのすさまじさを見ていると、俺はなんてバカな真似をしたんだろうと心底思う。

 だまされて連れてこられた世界のために、わざわざ危ない真似しなくてもよかったんだ。

 でも、助かった。

 ハイエルフの魔法力は世界一ィィィィ!


 ピシッ――


「え?」


 ピシッ……ピシシッ…………

 …………パリンッ……!


「なに今の音?」

「た、タケル殿っ! 大変ですっ結界にひびがっ!?」


 中の圧力に耐えきれず、結界にみるみるひび割れが広がっていく。


「たのむぅぅぅぅもってくれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 ――バリィィィィーーーーーーーン!


「わーーーー壊れたぁぁぁぁぁーーーーーーーーっっっ!!!!!」

「最後にエイラたんと一緒にお風呂入りたかったですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」


 こんな歪んだ欲望の叫びが、この世で最後に聴く声になるなんて……。

 やるせない想いでいる俺を、まばゆい光が包み込み――

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