第33話 馬鹿だからできる事

 市民の避難がおおむね完了した頃、ハイエルフたちも仕事を終えたようだった。

 ハイエルフの魔法が発動し、クリスタルドラゴンの周辺に、光の壁が出現する。

 結界が発動したのだ。

 クリスタルドラゴンが通り抜けようとすると、弾かれ、押し戻される。


「あれが結界ですか」

「はい。どうやら、ちゃんと機能しているようですね」


 だが、これで一安心とはいかない。あの結界には、クリスタルドラゴンを閉じ込めておく力しかないから。

 しかも、そう長くは持たないっぽい。


「昔、あいつを倒した時は、どうしたんです?」

「結界で足止めした地下に、強力な破壊魔法を仕掛けておいたんです。それで弱らせた後は、直接攻撃を仕掛けました。どうにか仕留めましたが、人間の勇者が三千人、ドワーフが四百人、エルフが百二十人死んだと言われています」

「そいつは壮絶だな……」


 今、そんな破壊魔法は仕掛けてないし、そんな数の勇者たちもいない。


「って事は、方法は一つか」


 俺は、街に侵入してきた塔を見上げた。


「ちょっと行ってきます」

「あっ、タケル殿、どこへ!」


 俺は、塔へ走った。

 今、ルルイェの塔は脚を止めている。

 俺が、玄関目指して脚をよじ登ろうとしていると、いきなりひょいっと抱え上げられた。ガイオーガだ。


「登リタイナラ手ヲ貸ス」

「頼む。屋上まで」

「ワカッタ」


 俺が背中にしがみつくと、俺を追ってよじ登ってきていたアイシャさんが叫んだ。


「わ、私もっ」


 俺が頷くと、ガイオーガはアイシャさんを荷物のように担いだ。

 ガイオーガの首に腕を回して背中にしがみつく俺の、さらに後ろからさらにアイシャさんが抱きつく。

 たわわな胸が俺の背中に押し当てられて、大変幸せな……。


「どわぁっ!?」


 ガイオーガが鋭い爪を突き立てて、塔の外壁を猛烈な速度で登り始めて、幸せな気分が一瞬で吹っ飛んだ。

 屋上へたどり着くと、そこにルルイェと、あのぼくっ子魔女がいた。


「タケタケ……」

「ルルたん! 来てくれてありがとな!」

「お、おう……もじもじ」


 直接お礼を言われ、こんな時に緊迫感もなく、ルルイェは照れている。


「やい、ぼくっ子魔女! よくも騙してくれたな!」

「騙したのは君の方じゃないか」


 ピラリ。俺が嘘のサインをした書類を出す。


「どうして、サインしなかったんだい?」

「ふふふ、教えてやろう。貴様の企みを、まるっと見抜いていたからさ!」

「嘘をつくな。君のようなおバカに、ぼくの計画が見抜けるわけないだろう?」

「まあな」


 本当の事を言うと、見抜く以前の問題で、こいつが何かを計画しているなんて考えてもいなかった。

 ただ、一言言ってやりたかっただけだ。「よくも騙したな!」と。

 そして、その一言で、俺のこいつへの用件は済んだ。


「なあ、ルルたん」

「なぁに?」

「あの結界の中に、ルルたんの究極攻撃魔法……なんてったっけ」

「ウルトラギガトン破滅ビーム」

「そう、そのふざけた名前の魔法をぶち込んだら、どうなる?」

「結界の中で爆発する」

「よし、やれ!」


 ルルイェは、しかし、躊躇ためらいを見せる。


「……でも、結界の強さによる。弱いと突き破って、街ごと爆発する」

「そうなると死人が出るな……」


 話を聞いていたアイシャさんが、涼しい顔で言う。


「まあ、いいじゃないですか。人間族は、どうせすぐ増えますし。彼らは繁殖行為が大好きですからねぇ」

「ロリコンの差別主義者め!」

「はううっ!?」


 涙目になるアイシャさんを放っておいて、俺は真面目な顔をしてルルイェに言った。


「人命は尊重すべきだ……。だから、やっちまえルルたん」

「?」

「今ここであいつを止められなければ、数え切れないほどの人が死ぬ。まだ街で逃げ遅れてる人たちも、どうせ助からないだろう。今ここでぶっ放すのが、被害を一番抑えられる」


 結界が壊れるにしても、被害は最小限になるはずだ。

 つまり、人命尊重。


「……でも」


 やはり、自らの魔法で人の命を奪うかもしれない選択をするのは、ルルイェも躊躇ちゅうちょするのか。

 そうだよな。俺、ひどい事を頼んでるよな。


「……あれ、カッコいい。壊すのもったいなくない?」


 ちがった。

 そうか。こいつは凄腕のモデラーだった。


「思い出せ、ワイバーンを粉みじんにされた怒りを」

「っ――」

「あれをやった連中が造ったのが、クリスタルドラゴンだ! 同じ屈辱を味わわせてやれ!」


 フンスフンス!


 ルルイェが鼻息を荒げる。


「やめろ、沈黙の魔女!」


 ぼくっ子魔女が叫んだ。


「ぼくらは、永遠の生をたのしむ。人の道徳など及ばぬ境地で、愉悦ゆえつ享楽きょうらくふける。世界を面白くするのが、ぼくらの仕事だ。そうだろう、ルルイェ!」


 ルルイェは沈黙する。

 いや、考え込んでいた。


「……ちょっと質問よろしいでしょうか」


 急におどおどとして、視線を泳がせながら、ルルイェが敬語で尋ねた。


「あなたは、どちら様でしょう……?」

「は?」

「ぅぅ……ごめんなさいごめんなさいっ」

「ルルたん、こんなところでコミュ症発動してる場合かっ!」

「だ、だって、誰だか覚えてないからあぅあぅ」


 可哀想に、享楽の魔女とか名乗っていたぼくっ子魔女は、作画崩壊したアニメキャラみたいな顔になっていた。

 俺は、トンガリ帽子を下へ引っ張って、ルルイェの視界を遮った。


「な、なにするのっ」

「おまえ、知らない人がいると、緊張して上手に魔法が使えないだろ? こうしてれば安心だ。なに、的はどでかい、目をつぶってても外さないだろ」

「……」


 視界を塞がれ、ルルイェがおとなしくなった。


「じゃあ、頼んだぞルルたん」


 俺はガイオーガの背にしがみついて、また下へ降りようとする。


「待て、奴隷!」


 かなりキレ気味のぼくっ子魔女が、俺を呼び止めた。


「これ以上邪魔すると、殺すぞ!」

「うっ……」


 そういやこいつ、ガイオーガを捕獲した魔女だった。

 しかも、古き者の一人で、ルルイェのような力がある。

 すると、ルルイェが言った。


「殺せない」

「なぜそう思う?」

「それはあなたの禁忌きんき。犯せば、力を失う」


 そうか。こいつは、直接誰かを害する事ができないんだ。

 だからこの戦いにも参加していないし、ガイオーガを殺す事ができず地下に幽閉していた。


「……なぜ知っている。ぼくの事なんて、覚えてないんじゃなかったのか」

「? そんなの見れば分かる」


 当たり前でしょ、何言ってんの?

 って態度でルルイェは言うが、そうじゃない事はぼくっ子を見れば分かる。ふたりの力関係は、ルルイェの方が圧倒的に上という事なんだろう。


「そうと分かれば、いくぞガイオーガ!」

「ウム」


 俺とアイシャさんを担いだまま、ガイオーガは塔から飛び降りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る