第32話 魔女と魔女

 ひと飛びで、侵入してくる魔王軍の眼前へ着地し、立ちふさがるガイオーガ。

 その姿に、部隊の指揮官らしき魔物が怯む。


「おまえは、ガイオーガ! なぜここにいる!」

「ココカラ先ハ通サナイ」

「ぬぅ、裏切ったか! 奴を殺せ!」


 魔王軍の兵たちがガイオーガに襲いかかる。

 だが、たちまち薙ぎ払われていく。

 雑魚が何匹集まろうと、まるで相手にならない。


「くっ……誰か、ガイオーガを討ち取って名を上げる者はおらぬか!」


 オウ!


 という叫びと共に、ドスン、ドスンと足音を響かせて出てきたのは、両手にバトルアックスを握った一角鬼、サイクロプスだった。


「超でけぇっ!?」


 身長はガイオーガの倍、体の大きさは何倍あるか分からない。

 サイクロプスは、両手のバトルアックスを、太鼓でも叩くように振り回した。

 ガイオーガが俊敏にかわすと、背後にあった建物や、たまたまそこにいた哀れな魔王軍の兵士が、木っ端みじんに砕け飛ぶ。

 さすがのガイオーガも、この体格差は厳しいか……。

 そんな想像は、彼に対する侮辱だった。


「フンッ!」


 サイクロプスが振り下ろしたバトルアックスを、ガイオーガは素手で受け止めた。

 もう一本も、同じく片手で受け止める。

 サイクロプスは、再びバトルアックスを振り上げようとするが、できない。

 ガイオーガが掴んでいて、びくともしないのだ。

 バトルアックスを諦めたサイクロプスが、頭の一角で、ガイオーガを串刺しにしようとした。

 しかし、その攻撃を読んでいたガイオーガは、サイクロプスの頭を両手で受け止め、顔面に、跳び上がるように膝蹴りを打ち込んだ。

 鼻血を噴き出しながら、サイクロプスの巨体が、ドゥゥン、と音を立てて地面に沈んだ。


「……殺シテハイナイ。シバラク寝テイロ」

「ひ、退けーーーー!」


 ガイオーガの強さに恐れをなした敵が退却していく。


「今だ! あんちゃん、みんなを連れて避難してくれ!」

「おう、ありがとうな黒服サングラス!」


 だからちがうんだって!

 という訂正の間を与えず、スク水エプロンのあんちゃんは、市民を誘導し、避難していった。



   × × ×



 ルルイェは、塔の屋上にいた。

 そこから、杖を使って命令を伝え、操縦をしている。

 クリスタルドラゴンに両腕を噛みちぎられ、殴る手段がなくなったため、仕方なく塔を後退させた。

 そこへ、空から何かが降ってきた。

 ルルイェと同じ年格好の少年の姿をした、魔女だった。


「久しぶりだね、沈黙の魔女。七百年ぶりってところか」

「…………」


 ルルイェは、無言で相手を見つめた。

 しばし黙ったまま、因縁めいた再会をしたふたりは見つめ合う。

 ルルイェは、無表情の下に、今の本当の気持ちを隠していた。


 ……この人、誰だっけ?


 顔を見ても思い出せない。

 自分と似た存在の魔女なのは分かるが。

 というか、相手すごいな。七百年も前の事を覚えているのか。どんだけ記憶力がいいんだ。

 だが、こうして真面目な顔をして見つめ返せば、なんだか意味深で、口には出さないけど知ってますよ感が出せる。

 ルルイェが千年以上生きて身につけた技だった。


「君が沈黙の森を出るなんてね。まさか、ぼくの遊びにケチを付けようというんじゃないだろうね」

「遊び?」

「最悪の災厄を呼び覚まし、世界を今より面白くする遊びさ」


 そう言って、少年の姿をした魔女は笑う。

 だがルルイェには、彼女の言っている意味がさっぱり分からなかった。最悪の災厄ってなんだろう、ダジャレかな?

 ただルルイェは、知らない事を知らないと言えない見栄っ張りな性格をしているので、ここもまた意味深な沈黙でごまかした。

 すると、相手が恐い顔をしてルルイェを睨んだ。


「君は世の趨勢すうせいを決する場面に、干渉かんしょうできない」

「わたしはわたしの所有物を引き取りに来ただけ」

「ああ、あの奴隷君かい? そう言うと思ってね、奴隷契約は解除しておいたよ。ほら」


 相手が、紙切れを出す。

 それは、奴隷契約を解除させる魔力を持つ書類だった。


「分かったら、余計な手出しをするな!」

「?」


 ルルイェは首をかしげた。

 分からなかったからだ。


「どうした、何をとぼけている。さあ、さっさとここから立ち去れ、沈黙の魔女!」

「契約は解除されてない」

「はぁ? これが目に入らないのか!」

「契約は、まだ有効」


 相手の言っている事は分かる。

 魂の奴隷契約とは、言ってみれば呪いだ。それを解除するには呪いそのものを取り除くか、さもなくば、別の呪いで上書きすればいい。

 あれは、そのための契約書だった。

 だが、契約は解除されていないのだ。

 それは、タケルという奴隷と、魂で結ばれたマスターである自分には分かる。


「そんな馬鹿な……ちゃんとサインもある!」


 古き者といえど、見分ける事が難しかった。

 タケルのサインが「シノノメ・タケル」ではなく「ツノノメ・タケル」と書かれていた事を。

 どうにもバカバカしい話だが、これが仮に、字が汚いせいで「ツノノメ」に見えてしまったとしても、本人が「シノノメ」のつもりで書いたのであれば、書類は有効であり、魔法が働く。

 だが、タケルは自分の意思で「ツノノメ」と書いた。だから、魔法の効果が発揮されなかったのだ。


 あの時、ちゃんと確かめていれば気づいただろう。

 だが、確認しなかった。

 享楽の魔女ともあろうものが、見抜けなかった。あの状況で、契約解除のサインをしない可能性を。

 あと何時間かで死ぬというのに、契約解除したところでデメリットは一つもないのに、それでもサインしない馬鹿がいる事を。


 そんな馬鹿の存在が、今、世界を享楽の渦に叩き落とそうとする魔女の計画を、狂わせようとしていた。

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