第30話 クリスタルドラゴン
「おお……あれがクリスタルドラゴンか!」
彼が召し抱えていた古き者の一人、享楽の魔女に命じて復活させたあの怪物は、王子が王国を、そして世界を支配する力になるだろう。
……そう思っていた。
歩き出したクリスタルドラゴンが、大聖堂を完全に倒壊させ、王子の屋敷へと迫るまでは。
「こっちへ来ます! 王子、避難を!」
「なぜだ。あれは私の物だぞ。誰か、歩くのをやめさせろ」
命じたところで、誰もその方法など分からない。
その間にも、クリスタルドラゴンはこちらに向かって歩いてくる。
街の建造物を、石ころでも蹴るように壊しながら。
「おい、誰かっ! 早くあれを…………魔女は! 享楽の魔女はどこへ…………ひぃやぁああああああああああああッッ!?」
王子が最後に見た光景は、クリスタルドラゴンの足の裏だった。
その様子を、空中から眺めていた、少年の姿をした魔女が漏らす。
「ご協力を感謝しますよ、王子」
誰の意思も受け付けず、ただ暴れるクリスタルドラゴン。
ただ一人、安全な空に浮かんで、地上で巻き起こる破壊を見物しながら、享楽の魔女と呼ばれる存在は、薄く笑む。
シャピール大聖堂が管理していたクリスタルドラゴンの死骸。その封印を破るには、王家の血筋を引く者の協力が必要だった。
そして、最後のパーツである竜のアギト。
これを用い、神官長が代々密かに伝えてきた儀式によって、クリスタルドラゴンを蘇らせた。
そうして、彼女の計画は、ここに成った。
目的は、ただ一つ。
「享楽こそが、我が望み」
だが、今世界は、
魔王軍は圧倒的に強く、もう人間たちでは支えられない。
その後に来る安定支配。
「……そんなものはつまらない。世界はもっと混沌としているべきだ」
彼女の望む方向へ世界を導くには、人間世界が“最悪の災厄”と言い伝える存在を蘇らせるのが、最も手頃な方法だった。
沢山の人間が死ぬだろう。
魔物も死ぬだろう。
団結してでも挑むがいい、この怪物に。
恐怖と欲望、絶望と怒号がこだまする享楽の極地へと、世界を叩き落とすのだ!
「さあ、生け贄だ! ここにいる人間も魔物もみんな平らげるといい、クリスタルドラゴン!」
必死に生きようとして、無残に死んでいく者たちのドラマを、特等席から観覧しようではないか。
× × ×
クリスタルドラゴンがブレスを吐いた。
広範囲を焼く熱線は、俺たちがいる場所にまで降り注ぐ。
「こっち来た!?」
「ムゥゥン!」
ガイオーガが飛び出したかと思うと、押し寄せてきた熱線を、強引に振り払った。
豪腕と、強力な魔法耐性の成せる業だった。
「助かった……。ありがとう、ガイオーガ」
「イマノハ、人ヲ活カセタカ?」
「もうばっちり! なにせ俺が助かったからな!」
「フム……」
ガイオーガは、ほんのり嬉しそうにする。
こいつ、思ってたより可愛い性格してるな。
だが、今のは、かなり離れた距離から吐きだされたブレスだ。もっと近くで直接吐きかけられたら、いくらガイオーガでもひとたまりもないだろう。
「マジでなんなの、あの怪獣は」
敵味方関係なく攻撃している。
どうするんだ、あれ。
「世界がどのようにできあがったか、以前お話しましたよね」
アイシャさんが言う。
「世界が整えられていく過程で淀みが生まれ、それらが魔物になっていったわけですが、最も古き魔物がドラゴンです」
「最も古き魔物……。魔物版のルルたんみたいなものか」
「そうです。古き者と並ぶか、それ以上の力を持つ存在です」
「なんで、そんなすげー化け物が、急に街中に現れたの?」
「それは……おそらく復活させたからでしょう。クリスタルドラゴンは、人が造りしドラゴンだから」
ドラゴンを人が造った?
「かつてドラゴンの死骸を手に入れた人間は、百年かけて儀式を行い、その死骸にかりそめの魂を吹き込みました」
「じゃああれ、アンデッドなの?」
アイシャさんは頷く。
「それにしちゃ、綺麗な姿をしてるな……」
クリスタルドラゴンは、その名の通り、水晶のような肉体を持っていた。
骨に、透明な肉と鱗が付いている。
美しく、神秘的だったが、ミジンコみたいだと思うと急に神秘性が薄らいでいった。
「復活したって事は、以前もああやって暴れた事があるんですよね? その時はどうやって倒したの?」
「人間やエルフやドワーフなど、魔物を除くほとんどの種族が団結し、多くの犠牲を払いながら封印する事に成功したと聞いています。その時、クリスタルドラゴンの動きを封じるための結界を施したのがハイエルフでした」
「その結界、早く張りましょう!」
「案ずるには及びません。すでに準備はできています」
アイシャさんが言うと、他のハイエルフたちが頷いた。
「竜のアギトを追って先にイルファーレンへ潜伏していた仲間が、クリスタルドラゴンの復活を予見し、あらかじめ結界のための準備を進めていたんです」
「あとは仕上げにかかるだけだ」
と、男のハイエルフが話を
その時頭上から、涼やかな少年の声がした。
「結界で封じ込めて、どうするんだい?」
上を見ると、あのぼくっ子魔女が空に浮かんでいた。
「おまえ、あの時のぼくっ子!」
ガイオーガが跳び上がり、いきなり攻撃をしかけた。
「グォオッ!?」
しかし弾き返され、地面に叩きつけられる。
「大丈夫か!」
「……ウム」
ガイオーガはぴんぴんしている。
だが、こいつの攻撃を、触れさせる事なく跳ね返したあいつは、やはりただ者ではない。
「結界を張ったところで、持ってせいぜい一時間ってところだ。その間に、どうやってあの怪物にトドメを刺す?」
「それは……」
ハイエルフたちが俯く。
何の手立てもないんだろう。
「くくく、森の賢者を気取ったところで、所詮君たちは滅びゆく種族だ。だから森に隠れ住まなくちゃいけなくなったんだからね。生き長らえたければ、薄暗い森に引っ込んでいる事だ」
「いいえ、何か手立てはあるはずです……」
アイシャさんは考える。
結界で封じた後に、どうやってクリスタルドラゴンを倒すのか。
だが、あの巨大怪獣を倒す方法なんて、あるんだろうか?
「無駄無駄。でもいいね、それでこそ享楽だ。必死になってこそ、
愉快そうに高笑いを浮かべる享楽の魔女。
ハイエルフたちも、俺たちも、どうする事もできずに黙り込む。
その時――。
ドゴォォオオオオオオオオオオオオォォォォォーーーーーーーーーーーン!!!!!
激しい衝撃音と共に、再びの地響きが
「またか!? 今度は何が起こったんだ!」
音がした方を振り返ると、街を取り囲む城壁の一部がハデに壊れ、崩れ落ちていた。
もくもくと立ちこめる土煙の向こうから、何か巨大な物が、イルファーレンの街に侵入してこようとしている。
別のドラゴンでも現れたのか!?
呆然とその姿を見上げる俺の耳に、誰かの叫び声が聞こえた。
「沈黙の魔女だ!?」
……え?
土煙が晴れると、“巨大な何か”の姿がはっきりと見えた。
城壁を突き破り、街へと侵入してきたのは、ルルイェの歩く塔だった。
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