第29話 最強の弟子

 その頃、地上では凄惨な戦いが繰り広げられていた。

 押し寄せる魔王軍の物量は、イルファーレンの守備兵の数十倍。魔物たちが城壁を取り囲み、絶え間ない攻撃を繰り返してくる。

 まるで、アリの群れにたかられる、死にかけの虫。

 堅牢な城塞都市といえど、落城は時間の問題と思われた。


「東門が破られました! 敵軍が、街へ雪崩れ込んできます!」


 ついに城門のうちの一つが突破されたという報告が舞い込んできた。

 それを聞いた王子が叫ぶ。


「あやつはどうした! 享楽の魔女は!」


 怯え、頼みの綱の存在を求めて、無様にかけずり回る王子。

 その前に、美しい少年の姿をした魔女が現れた。


「おお、どこへ行っていたのだ魔女よ!」

「何かご用でしょうか?」


 魔女のとぼけた態度に、王子は表情をゆがめる。


「城門が破られた! 魔王軍がここまで来るのも時間の問題だ!」

「それはそれは……」

「あれの復活はまだか!」


 急かす王子に、享楽の魔女はほくそ笑む。


「よろしいのですか、本当に?」

「構わぬと言っている! 早くしろぉ!!」

「かしこまりました」


 少年の姿をした魔女が浮かべた薄ら笑いの意味を、王子が理解するのは、もう少し後だった。



   × × ×



 俺は、一度だけ女の子から告白された事がある。


 ある時、下駄箱に手紙が入っていて、指定された場所に待っていたクラスの女子に、告げられたのだ。


 ――ずっと好きでした。付き合ってください。


 その頃、まだ純真だった俺は、即座にオーケーした。

 そして、裏切られた。

 よくある、たちの悪いイタズラだった。

 でも俺は、あの手紙を受け取った瞬間から、裏切りが発覚するまでの束の間のトキメキを、今でも大切に胸にしまっている。

 罰ゲームで俺に告白させられたあの子には、だからちょっとだけ感謝しているんだ。


 今、なぜだかあのトキメキが胸に蘇ってきていた。

 ……相手は、超おっかない人喰い鬼だったが。


「地下ニ捕ラワレテイル間、ズット考エテイタ。オレハ何ノタメニ戦ウノカト……。魔王ハオレニ、戦イノ場ヲ与エテクレタ。ダガ、戦ウ理由ハ与エテクレナカッタ」

「お、おう」


 そんな真面目な話をされても、俺の方には戸惑いしかない。

 実はこいつ、あのぼくっ子魔女の仲間で、罰ゲームで俺に告白させられてるんじゃないだろうな。

 俺の胸中など知らず、ガイオーガは続ける。


「オマエト戦ッタ時、オレハ驚イタ。一切ノ殺気ヲ放ツコトナク戦ウ者ガイタトハ……。オマエノ言ッタ、活人剣トイウ奥義ニ、オレハ衝撃ヲ受ケタ」

「……そんな事言ったかな」


 たぶん、俺が人生で二度目になる、死んじゃう直前の出来事なので、さすがに全然覚えてない。なんか言ってた記憶はあるが。


「オレノチカラモ、誰カヲ活カスタメニ使エルダロウカ……?」


 ガイオーガがこうべを垂れたまま、上目遣いに俺を見る。

 いや、可愛くないから。

 アイシャさんにやられたら、それだけでだいたいの事は許すだろうけど、おまえみたいなゴツいのに上目遣いされても、恐いから。


「さあ。人それぞれだからなぁ。てか、そんな口から出まかせ信じて弟子入りしようとか、どんだけ純粋なんだよ。俺、あんたの将来が心配になるよ」

「クチカラデマカセ?」


 ジロッ。


 睨まれて、俺は震え上がる。

 相手が下手に出るものだから、つい調子に乗って余計な事を言ってしまった。殺されるかも。

 しかし、ガイオーガは、フッと笑った。


「オマエハ助ケタデハナイカ、アノ魔女ヲ。チカラヲ失ッテナオ」

「……え、俺がルルたんの魔法で強くなってたの、気づいてたの?」

「ウム」


 なんだろうなぁ、このオーガー。

 バカなのか賢いのか、どっちなんだよ。


「オレハ、オレノチカラヲ、殺スタメデハナク、生カスタメニ使イタイ」


 だから俺に弟子入りしたいと。

 オーガーの考える事は分からん。


「でもさ、あんた……人喰い鬼なんだろ?」


 こいつらにとって俺って、ようするに餌なんだよな?

 たまに、インコやネズミがネコと仲良くしてる動画とか、ネットで見てたけどさぁ……。

 するとガイオーガは顔を上げて、真顔で言った。


「オレハ、ベジタリアンダ」


 その一言で、色んな事がどうでもよくなった。

 なんだよ、ベジタリアンの人喰い鬼って。


「弟子にするかは分からんけど、まずやるべき事がある」

「ナンダ?」

「脱出だ!」


 ガイオーガは立ち上がると、俺を掴んで肩に乗せた。

 そして、走り出した。




「速い速いっ、危ないってぇぇ真っ暗なんだからっ!?」

「安心シロ。見エテイル」


 ガイオーガは闇の中を疾走した。

 時折、不幸にも行く手に現れたグールを薙ぎ倒しながら。

 そして、いきなり壁を殴りつけたかと思ったら、そのまま体当たりして突き破り、明るい陽の差す場所へと飛び出した。


「外ヘ出タゾ」

「お……おう」


 急加速のGと、壁をぶち抜いた時に飛んできた石を喰らって大ダメージを受けつつも、どうにか生きていた俺は返事をした。


「…………って、なんじゃこりゃあっ!?」


 出た先は、戦場のど真ん中だった。

 イルファーレンの街の中のはずだが、魔王軍に攻め込まれ、一方的な虐殺と略奪行為が繰り広げられている。

 それは、控え目に言っても胸くその悪い光景だった。


「師ヨ。コウイウ時、ドウスレバイイ?」

「弱い方を助ける」

「ウム」


 ガイオーガは、俺を肩に乗せたまま、周囲の魔王軍を蹴散らし始めた。

 本来仲間であるオーガーに攻撃され、オーク兵や他の魔物たちは困惑しつつも、すぐに刃を向けてくる。

 だが、何匹来ようと、ガイオーガの敵ではなかった。


「ほんとに、めちゃくちゃつえーな……」

「ソレシカ取リ柄ガナイ」

「“自分不器用ですから”、みたいなキャラ付け、ダサいからやめような。それを言い訳にして努力を怠るのは、さらにカッコ悪いしな」

「……ウム」


 でかい図体をしゅんとさせるガイオーガは、少しだけ可愛かった。

 その可愛らしさを隙だとでも思ったか、オーク兵の部隊が、襲いかかってきた。

 動揺もなく迎え撃とうとするガイオーガだったが、それよりも先に、降り注いだ矢の雨が、オーク部隊を全滅させた。


「この矢は……」


 既視感を感じていると、矢を放った者らのうちの一人が、戦場に似合わぬのんきな声をあげた。


「あれれ? タケル殿?」


 とんがった耳と、流れるような金髪のロングヘア。そして何より特徴的な、柔らかそうなおっぱい。

 弓を構えたアイシャさんが、建物の上にいた。


「タケル殿が、なぜこんなところに……って、ええっ!? 足下にいるのは……ガイオーガッッッ!!!!??」


 アイシャさんの叫びに、物陰に潜んでいたハイエルフたちも、跳び上がって弓を構えた。

 彼らにとっては、悪夢のような相手だろうから、過敏反応するのもしょうがない。


「あ、こいつ、改心したんで。もう敵じゃないんで。な?」

「ウム」


 肩に乗ったまま頭をペシペシと叩いて、おとなしいオーガーですよとアピールする。


「アイシャさんこそ、なんでここに? どうやって来たんです??」


 ここは城壁の中で、外は魔王軍で溢れているはず。


「話せば長くなるんですが……」

「三行でお願いします」


 竜のアギトを奪われた時、密かに追跡していた仲間がいた。

 そいつが、街の中に印を付け、ハイエルフの長老がゲートを開いた。

 そこを通って来た。


「なるほど、竜のアギトを取り戻しに来たんですね」

「まさか、魔王軍に攻め込まれているとは思っていませんでしたが」


 そりゃびっくりしただろう。


「ところで、そろそろ誰か教えてくれませんかね。その竜のアギトって何なのか」

「あれ、言ってませんでしたっけ? 竜のアギトというのはですね――」


 やっと胸がすっきりする、と思って耳を傾けていると、突然地鳴りと共に足下が激しく揺れ、アイシャさんの話が中断されてしまう。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。


「なんだなんだ、地震か?」


 建物がきしみを上げて揺れている。相当大きな地震だ。そこかしこから聞こえていた戦闘の声も、どよめきに変わる。

 すると、俺たちがいる場所から少し離れたところに建っていた大聖堂が、音をたてて崩れ始めた。

 耐震性に問題のある建造物だったか、と日本人らしい感想を抱いていると、その崩れた大聖堂の屋根を突き破るようにして、何かが現れた。


「なんだあれっ!?」


 本日二度目のオシッコを軽くちびりながら、俺は叫んだ。

 イルファーレンの街で、最も巨大な建造物、シャピール大聖堂。スペインのサグラダ・ファミリアくらいの高さはありそうだった。

 その塔の先端よりも高い位置に、そいつの頭はあった。それも、二つ。

 土煙の中に、シルエットを浮かび上がらせる、二つの頭を持つ大怪獣。


「遅かったか……」


 ハイエルフの一人が、畏怖と後悔の入り交じった表情でシリアスにつぶやいた。


「な、なんなんだ、あの怪獣は!」


 アイシャさんも、いつになく真面目な顔をしながら言う。


「クリスタルドラゴン……。人が造りし、最悪の災厄です」

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