第28話 暗闇にうごめく者
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……………………ふぎゃっ!?」
真っ暗な穴を落下した俺は、何か弾力のあるクッションのような物の上に落ちた。
暗くてそれが何かは見えないが、ちょうど俺の体が収まるような形状をしている。
「た……助かった!」
どのくらいの高さがあったのかは分からないが、普通なら無事では済まないはずだ。
しかし、この通り無傷。
「実は俺、やっぱりチート能力に目覚めてるんじゃないか?」
もしそうなら、どうにかここから脱出して、あの嘘つきぼくっ子魔女に仕返しをしなければ。
「で、どこなんだここ……」
不安な気持ちで周囲を見渡すが、何も見えない。
「……さっきから、生臭い風が吹いてきてるんだよな。こっちから」
手を伸ばすと、壁があった。
ごつごつしているが、生暖かい。
「ん? これ壁じゃないのか。なんだこれ……」
だんだんと暗さに目が慣れてくる。
「……生暖かくて、かすかに動いてて、まるで……」
その瞬間、カッと見開かれた二つの目と、至近距離で目が合った。
「うわぁぁっ!?」
思わず飛び退いた俺は、俺を受け止めてくれていた物から、今度こそ本物の地面に落ちた。
かなり痛かったが、そんな事よりも、恐怖の方が俺を支配している。
見覚えがあったからだ、そいつの顔に。
「な、なな、なんでおまえがここにいるんだ…………ガイオーガ!?」
暗闇の中でうずくまっていたガイオーガは、名前を呼ばれ、ムハーっと臭い息を吐いた。
「ヤハリオマエダッタカ。ニオイデワカッタ」
低くくぐもったような声は、ハイエルフの里で聞いたものと同じだった。
すぐにでも逃げ出したいのに、足がすくんで立てない。
暗闇の中で再会したくない相手ベスト1だろう。オシッコちびるのを我慢するだけでやっとだった。
しかし、俺はふと気づく。
「おまえが受け止めてくれたのか……?」
「ウム」
落下した俺の体にジャストフィットしていたのは、こいつの両手だったのだ。
「……なんで助けてくれたんだ?」
「落チテキタカラダ」
おまえ、ウ○コが降ってきてもキャッチするのかよ!
という小学生みたいな反論をするのはよしておこう。
「こんなところで、何をやってるんだ?」
「享楽ノ魔女ニ破レ、捕マッタ」
そういえば、俺が死んでる間にそんなような事があったと、アイシャさんが話していた。相手はあのぼくっ子魔女だったのか。
「ヤツラハ、オレヲ手ナズケヨウトシタガ、デキナカッタ。ダカラ殺ス事ニシタガ、ソレモデキナカッタ」
「それで、こんな場所に放置されてると……。あんたの力なら、脱出できるんじゃないの?」
「デキナイ。コノ鎖ニ、チカラヲ奪ワレテイル」
ジャラジャラと、両手両足を拘束した鎖を見せる。
思い出すなぁ。俺もこの世界へ来たばかりの時はそうだった。あれ、歩きにくいんだよ。
妙なところで妙な奴と再会してしまったが、襲ってはこないようだし、まあいいだろう。
「……ていうか、こんな相手でも、顔見知りがいるだけで随分心強いもんだ」
動けないガイオーガは置いておいて、俺は周囲を探った。
「うげ、白骨死体かよ……やなもん見ちゃった」
鎧を着た白骨死体が多数転がっていた。
俺と同じく、あの落とし穴に落とされた犠牲者だろう。
さらにその周りには、
「……ん? なんかいるぞ」
大きなネズミか何かかと思い近づいてみたら、人だった。
「こっちは腐乱死体かよ……俺もう肉食えないかも」
と思っていたら、その腐乱死体が動いた。
這いずるように、近づいてくる。
「ゾンビ!?」
「グール。人間ノ死骸ヲ食ウ下等ナ魔物ダ」
「こっちに来るな!」
俺は、白骨死体の傍にあった錆びかけの剣を拾って振り回した。
のそのそと鈍重に見えたグールは、俺の剣を受け止める。
三発、四発と攻撃し、どうにか倒すものの、気がつくと、周囲をグールの群れに囲まれていた。
「ど、どうしよう……」
だがグールたちは、遠巻きに見ているだけで、襲ってはこない。ガイオーガが怖くて、それ以上近づけないのだ。
だが、油断はできないし、第一ここにずっといるわけにもいかない。
「……あと二十四時間以内に戻らなければ、俺は死ぬ」
何か使える物はないか?
ポケットを探る。
でてきたのは、ポーションの
ただし空っぽの。
「くっ……
一度言ってみたかった台詞が、自然と口から出た。
だが、マンガの主人公が「万事休すか!」と言う時、だいたい何か解決策がある。
俺もそうだった。
瓶に残った、一滴のマル秘ポーション。
こいつは飲んだ量に比例した時間、チート能力を与えてくれる。
「一滴なら、ほんの数秒か……」
俺は瓶を左手に、右手に剣を握りしめ、周囲を取り囲むグールの群れを睨む。
「……そんだけありゃ充分だ!」
瓶を
瞬間、体にみなぎるチート能力!
推定三秒。
その間に、グール共を蹴散らさねば――
ガキィィィィィィィィィィィィン!!!!!!!
俺の振り下ろした剣が、鎖を断ち切った――ガイオーガを拘束する鎖を。
そこで、ポーションの効果が切れた。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
俺は剣を振り下ろした体勢のまま、固まる。
その俺の前で、ガイオーガがゆらりと立ち上がった。
優に俺の倍以上ある
暗闇の中にあって、闇そのものが膨らんでいくような威圧感に、俺は冷や汗を垂らす。
拘束の解けた両足と両手を確かめると、ガイオーガはおもむろに
グォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
怒りか、それとも
ガイオーガの
俺はその衝撃で吹っ飛ばされる。
地面を蹴り、ガイオーガが走った。
ほんの数瞬、目を閉じ、再び開いた時にはグールの群れは一掃されていた。
「ムフゥ……」
力がみなぎっているガイオーガ。
暴れたくてしょうがないって感じだ。
「……やっぱまずかったかな」
しかし、俺のゲーマー脳は、この場を切り抜ける最良の選択肢はこれだと告げていた。
グールはたぶんこの先にもいるし、地下洞窟を脱出できたとしても、今度はイルファーレンの兵士がいる。凡人の俺一人じゃ、とても突破できない。
だが、もし選択肢をミスっていたら、俺の命はあと数秒。
グール相手に取り戻した力を確かめたガイオーガが、俺のところへのっしのっしと歩いてくる。
その一歩一歩が死へのカウントダウン。
俺は再びオシッコちびりそうになりながら、なけなしの勇気で剣を握った。
ガイオーガが俺の力の由来に気づいてなければ、ハッタリが通用するかもしれない。
ドスン!
俺の前まできたガイオーガが、その場にあぐらをかいて座った。
そして、頭を下げる。
「な、なに……? 人喰い鬼も、食事の前に神様に感謝の気持ちを捧げたりするんですか??」
戸惑う俺に、ガイオーガは言った。
「オマエノ弟子ニナリタイ」
びっくりしすぎて、ちょっとだけオシッコを漏らした。
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