第25話 人質

「うおっ、すげーなに今の!?」

「宮廷魔術師が使う、伝書の魔法です。開くには、開封の魔法が必要ですが……」


 ルルイェが、杖でトントンと叩くと、封書が開いた。

 すると、今度は手紙から立体映像が浮かび上がる。

 身なりは立派だが、落ちくぼんだ目をした人相の悪い男が現れた。


「兄上!」


 ライリスが思わず叫ぶ。

 って事は、これ王子? こいつが?

 オーラなさ過ぎなんですけど。

 などと失礼な事を考えていると、立体映像がしゃべりだした。


『沈黙の魔女よ。我が妹を人質に取ったようだが、今すぐ解放せねば、容赦はせんぞ』


 ルルイェが首をかしげる。


「人質ってなに?」

「……王子は、あなた方が姫様を拉致し、人質に取ったとお考えのようです」

「? そんな事してない」


 あぁ、やっぱりそうなったか。

 先に逃げ帰ったライリス騎士団の誰かが報告したんだろう。

 ルルイェは、リーン王国では嫌われ者のようだしな。


「にしても、手回しが早すぎない? まだ一日もたってないのに」


 人相の悪い王子の立体映像は、まだ話を続けていた。


『返す気なら、不本意ではあるが身代金を支払う用意もある』


 立体映像の王子が、金貨の束を見せる。


『この財宝を運ばせる。受け取ったら、護衛の者に妹を引き渡すか、同封してある印の場所へ送れ』


 そこで、立体映像は消えた。


「えーと、王子の使者が来るから、金を受け取って姫さんを引き渡すか……印の場所へ送れ、というのは?」


 ボスコンが、封書に入っていた紙を広げる。

 そこに、魔方陣が描かれていた。


「転送魔法用の印です」


 アイシャさんが前に話していたな。


「これがあると、例のゲートを開けるのか」


 ルルイェが首を振る。


「これはテレポート専用の座標。運べるのは一人。使えるのは一度きり」

「それじゃ、姫さん一人しか送れないじゃん。なんだよ、用意の悪い王子だな。まあでも、さっさと誤解を解くために、姫さんだけ先に送り返した方がよさそうだな」


 ボスコンの方は、後から帰せばいいだろう。

 彼も、ライリスを護衛しながらより楽な旅ができるだろうし。

 ルルイェも、見ず知らずの人間をさっさと追い出したいのだろう、早速、送られてきた座標を使い、テレポートの呪文を唱える。


「……」


 しかし、無事で帰れるというのに、ライリスの表情が冴えない。

 ボスコンも、青ざめた表情を浮かべていた。


「どうしたんだ、二人とも。ボスコンさんも後から送ってくから、心配いらないって」

「……戻れば、私は殺される」


 ぼそぼそと、ライリスがつぶやいた。


「はい?」

「兄上はこのたびの一件を利用して、私を暗殺するつもりじゃ。魔女に殺された事にして……」


 ルルイェが、杖を掲げた。

 その杖でライリスを指し、


「テレポー……」

「御免!」


 ボスコンが、突然ライリスを突き飛ばした!

 そして、ルルイェの杖の前に、俺を押し出す。


「おわっ!? な、何をす――」

「……ト」


 言い終わらぬうちに、俺は光に包まれて、次の瞬間――




「――る!」


 光が晴れると、抗議すべき相手の顔が、目の前から消えていた。


「…………あれ、ここどこ?」


 こっちの世界に来てから「ここどこ?」が口癖になりそうだ。

 しかし、言わずにはいられない。

 ルルイェの塔の二階にいたはずの俺は、次の瞬間、全然知らない場所にいた。

 広間のような場所で、足下には赤い絨毯が、壁にも装飾品が飾られている。

 そして、俺の周囲には鎧をまとった兵士がいて、目の前には、人相の悪い兄ちゃんが立派な椅子に座って俺を怪訝に見下ろしていた。


「誰だ、貴様は」


 さっき、立体映像で見た陰険そうな顔をした王子だった。

 どうやら俺は、ライリスの身代わりにされたらしい。


「答えろ、何者だ!」


 横にいた兵士が、槍を突きつけてきた。


「シノノメ・タケルって者ですっ」

「名前などどうでもいい。何者だと聞いている。ライリスはどうした」


 ど、どう答えよう。

 ボスコンに押されて、うっかり来ちゃいました、なんて言おうものなら、槍でぶすりとやられそうだ。


「し、使者としてきた! 身代金を受け取るためにな!」

「魔女の手下か」

「そんなところだ」


 どうしても自分から奴隷だと名乗るのは照れくさい。

 王子があごをしゃくると、配下の者が、金貨の詰まった箱を持ってきた。

 三人がかりでどうにか運べる量の金銀財宝だ。


「妹を返すがよい」

「えーと……」

「どうした、何をまごまごしている」


 苛立つ王子の人相が、ますます悪くなる。


「こやつ、怪しいな。本当に使者か?」

「ほ、ほんとです、嘘じゃありません!」


 いかん、必死さが出過ぎてしまった。嘘がばれたら、殺されるぞ!

 その時、どこからともなく、涼やかな声がした。


「沈黙の魔女に手下がいたとは、初耳だ」


 俺を囲んでいた兵士がどいて、隙間から美少年が現れた。

 傍まで来て、俺の事をじろじろ見てくる。


「……ほう、嘘じゃないようだ」


 美少年は、本気で驚いたようだった。

 王子を振り返り、言う。


「この者は奴隷です。沈黙の魔女と、魂の奴隷契約を結んでいる」


 なんで分かったんだろう。どこか見える場所に書いてあるのか?

 美少年が、また俺を物珍しそうに覗き込んでくる。


「あの魔女が奴隷をね……。しかし、冴えない男だな。なんでこんなやつを」


 思わずドキドキしてしまう。

 近くで見ると、女の子かと思うくらいの美少年なので。

 失礼な発言も見た目に合っていて、むしろプラスに作用する。


「あのぉ、一つ質問いいですか?」

「なんだい、奴隷くん」

「ここってどこですか?」

「イルファーレンにある王子の屋敷だよ。それを知って何をするつもりか知らないが、ここはぼくの完璧な魔法防御壁で護られているから、沈黙の魔女といえど手出しはできないよ」

「ああ、いえ。だいたいの場所が分かればいいんです。すいません、変な事聞いちゃって」


 へらへらと笑ってごまかしながら、内心で俺は超焦っていた。

 って事は、ルルイェの塔から余裕で五キロ以上離れてるじゃないか!


「……やばい、二十四時間以内に帰らないと、死ぬ」


 奴隷は主人の許可なく五キロ以上離れると、二十四時間以内に死ぬ、と契約書に書いてあった。


「王子、この者の処遇はぼくに任せていただけませんか?」

「うむ、好きにするがいい。そのかわり、妹の始末は頼むぞ」

「御意」

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