第24話 魔王軍、侵攻

「それで、どうするんだよルルたん。あの人たち」

「……放り出そう」


 お風呂の用意をする俺の後ろで、ルルイェがもう裸になっていた。


「って、おい! 服脱ぐの早い! 着ろっ!」


 ルルイェはいそいそと裸にローブだけまとう。

 パンツとかそこらに放り出したままでお行儀が悪い。

 長い間一人暮らししていると、人間だらしなくなるもんだ。


「放り出すという表現はあれだが、それが一番だな」


 塔を止めて出てけって言ったら、たぶん素直に出ていくだろう。少なくともあの老騎士は、争いを避けようとしている。


「ルルたんが風呂に入ってる間に追い出しておくから。この塔、どうやって止めるんだ?」

「地下にある真ん中のレバーを引くと止まる」




 というわけで、入浴中のルルイェに代わって地下室へ降り、俺は塔の動きを停止させた。

 脚を収納したのを確認し、一階の玄関を開く。


「こんな森の中で申し訳ないですが、どうぞお引き取りくださいませ」


 数日分の食料も渡してある。

 勝手に人んちに上がり込んで家捜ししてたんだから、この程度の扱いは仕方ないだろう。


「フンッ。手勢を連れて必ず戻るぞ。覚悟しておく事じゃ、魔女とその下僕」


 形のいい鼻をツンとさせながら外へ出ようとしたライリスの手を、俺は慌てて引っ張った。

 戻ってきたライリスを、勢い余って抱きとめる。


「ひゃっ!? にゃっ、にゃにをするのじゃっ!!!!」


 びっくりして赤くなっているライリスのすぐ横を、斧が掠めていった。

 玄関から、斧を手にしたオークの兵士が入ってくる。


「おのれ、醜悪なオークめ!」


 ボスコンが剣を抜き、オークを斬り伏せた。

 だが、相手は一匹じゃなかった。塔の外に、オーク兵の集団がいて、こちらへ攻め込んでこようとしている。


「なんでこんなところにオークが!?」

「姫様、お下がりください!」


 ボスコンは勇敢にも、玄関から雪崩れ込もうとするオーク兵を食い止めようとする。

 ライリスはガタガタと震えて、今にもへたり込みそうだ。


「魔女の従者よ、姫様をどうか!」


 俺は迷った。

 二階へ避難するべきか、それとも……。


「姫さん、こっちへ!」


 俺はライリスの手を引いて、地下へ走った。


「ど、どこへ行くのじゃ!?」

「ルルたんに助けを求めに行ってたら、時間がかかる。その間に、ボスコンさんが死ぬぞ!」


 入浴中のルルイェに事情を説明して降りてこさせるには、時間が足りない。

 なぜならルルイェはお風呂が好きなので、すぐには出たがらないだろうし、いきなり浴室に飛び込んだら、水の魔法で窒息させられかねないからだ。

 それよりも、塔を動かす方が早い。

 俺は、止めたばかりの塔を再び歩かせるため、レバーを押した。


 ゴトン!

 ゴゴゴゴゴゴ…………。


 収納していた脚を再び出して、塔が歩き出す。

 また転びそうになるライリスを抱き留めると、俺はすぐに上の階へ引き返した。

 一階へ戻ってみると、ボスコンはすでに三匹のオーク兵を倒していて、今、最後のオークと戦っていた。

 しかし、手傷を負っていて、ボスコンの方が壁際に追い込まれている。


「姫さん、剣借りるよ!」


 俺は、ライリスの腰のレイピアを抜き、オーク兵に背後から斬りかかった。


「とりゃーーーーーーっ!!!!」


 斬るというより思い切り叩きつけたレイピアは、オークが被っていた兜に当たり、真ん中からひん曲がった。

 しかし、ダメージはあったようだ。

 怯んだオーク兵に、ボスコンが刃を突き立て、開いたままの玄関から外へと押し出した。

 地面は玄関から数メートル下にある。最後のオーク兵は、うめきながら落ちていった。


「わ……私のレイピアが……父上からたまわった家宝が……」

「あ、ごめん……。つい。それより、大丈夫ですかボスコンさん? うわっ、めっちゃ血が出てる!」

「このくらい、どうということは……ぐふっ」


 ボスコンは強がるものの、顔色が青い。

 もういい年のようだし、放っておくと危ないんじゃないだろうか。


「こういう時の応急処置ってどうすりゃいいんだ……!」


 学校の保健体育で、もしかしたらやったかもしれない。授業を真面目に受けていなかった事を、こんなところで後悔する事になろうとは。

 だがしかし、保健体育の授業を真面目に受けたり、時々あるテストでいい点取ったりすると、エッチだって思われて、次の日から卒業までネタにされ続ける地獄が待っているからしょうがなかったんだ。


「その人たち、なんでまだいるの……?」


 頭上から声がしたと思ったら、髪が濡れたままのルルイェが、上の階から覗き込んでいた。


「おおっ、いいところに! 助けてルルたん!」




 ルルイェが嫌々治癒の魔法を使ってくれたおかげで、ボスコンは一命を取り留めた。


「また薬草をってこないと……」


 空になった薬草入れを見つめて、ルルイェがめんどくさそうに言う。


「おい、今、盗ってくるって言ったか? “る”じゃなくて“盗る”って。まさか、野菜みたいにどっかから盗んできてたんじゃ……」

「……森の外に棲んでいる知らない魔女が庭に干してるのを少々」

「この魔女業界の面汚つらよごし!」

「はううっ」

「今度菓子折持って謝りにいくぞ」


 野菜売りの婆さんみたいに、積年の恨みで凶暴化しているかもしれない。そうなったら命がけだ。

 ボスコンを救ったのが魔女の薬草だと聞き、ライリスが複雑そうな表情を浮かべている。よくも悪くも、信仰心のあつい子なのだろう。


「しかし、なんでこんなところに魔王軍がいたんだ? ハイエルフに味方したルルたんに、仕返しに来たのかな」

「森に勝手に入ってこないでほしい」


 ルルイェも心当たりがない様子だ。

 すると、やっと血が止まった傷口を押さえながら、ボスコンが言った。


「……おそらく、沈黙の魔女が動いたためでしょう」

「どういう事です?」

「隣国が魔王の手に落ちて久しく、百年以上に渡り、沈黙の森を挟んで睨み合って参りました……」


 ボスコンが長くて真面目な話を説明してくれた。

 要約するとこうだ。

 沈黙の森の西がリーン王国。東が魔王の領土。

 対立する二つの勢力が、長年睨み合いを続けてきた理由は、両国の間に沈黙の森が横たわっていたから。

 リーン王国が恐れるのと同じくらい、魔王軍も、沈黙の森と、そこに棲む魔女を恐れて、森には踏み込まなかったのだ。

 広大な緩衝地帯があったおかげで、両陣営の争いは小競り合い程度で済んできた。

 ところが、千年動かずにいた重しが、先日どこかへ行ってしまった。

 その隙を突いて、魔王軍が森を越え、イルファーレンを急襲していると。


「……て事は、今この辺りは、魔王軍の魔物がうじゃうじゃいるのか」


 王国にとってイルファーレンは、魔王軍の侵攻を食い止めるための最初の砦。

 城壁は厚く、駐屯する兵力も強大だ。

 そこを攻める魔王軍は、その何倍にもなるだろう。

 ここでこの二人を放り出せば、あっという間に捕虜にされるか、最悪殺されてしまう。


「うーむ、困った」


 なんだか厄介な事になってしまったな。こんな事ならあの時、食事の用意の前に放り出しておけばよかった。


「だいたい、なんであんたたちは塔にいたんです?」


 そもそもの疑問を口にすると、ライリスは不機嫌に、ボスコンはそれを気遣いながら事情を説明した。


「我らは竜のアギトを奪う部隊への随行が許されず、何もない場所を警備させられておったのです……。そんな時、突然歩く塔が現れたとの報告があり、これを接収すれば、姫様のお手柄になると考え……」


 なるほど。はぶられたと思ったら、思わぬ手柄を発見し、飛びつこうとしたわけか。


「フンッ。この塔を持ち帰れば、父上も我が功を認めてくださる」

「父上?」


 さっきも言ってたな。あのひん曲がったレイピアは、父上からの授かり物だとか。

 ボスコンが耳打ちする。


「国王陛下にございます」

「へぇ、国王。……えっ、なにこの子、一国の姫なの?」

「さよう!」


 がばっと立ち上がり、ライリスは青いマントをハデにひるがえした。


「我が名は、ライリス・パスクール・ウインクル・(中略)・リーン。王国の第二王女じゃ!」

「はぁ……そうっすか」

「くっ……なんじゃその薄い反応は! 偉いのじゃぞ!」

「あ、ごめんなさい。こっちの事情、よく分かってないもんで」


 本人が自称する通り、偉いんだろう。リーン王国は、魔王軍と戦争してるくらいだから、大きな国なんだろうし。


「でも、そんな偉いお姫様が、なんではぶられちゃってるんです?」

「うっ」


 ライリスはしおしおとしぼんでいき、泣きそうになってる。


「ひ、姫様は跡継ぎ争いを避け、あえて今のお立場をお選びになったのです!」

「……父上は私の味方じゃ。じゃが、兄上がそれを許さぬ」


 つまり王宮内の弱小派閥なんだな。率いてた兵隊も、なんかやる気なさそうだったし。

 ライリス騎士団ってのは、姫様の暇つぶしのために作られた騎士団なのだろう。

 ボスコンは出世の望めない叩き上げの軍人で、おもりをやらされてるってとこか。忠誠心はありそうだが。


「なぁ、ルルたん。この人たち、さっさと解放しないと、マジで厄介だぞ」

「どうして?」

「そりゃおまえ……」


 俺の言葉を遮って、一羽のカラスが窓から飛び込んできた。

 カラスはテーブルの上に舞い降りると、驚く間もなく姿を消し、代わりに一通の封書がぽとりとテーブルに落ちた。

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