第23話 姫騎士ライリス

「貴様がこの塔の主か」


 細身のレイピアを抜き、切っ先を突きつけながら、ライリスと名乗る女騎士が問うた。


「タケタケはごはんの用意をしておいて」


 そう言い残し、ルルイェは下の階へ降りていこうとする。


「待て、どこへゆくのじゃ! 誰かその者を捕らえよ!」


 女騎士が命じると、下の階からうじゃうじゃと兵士が登ってきた。どうやら、ライリス騎士団とやらの団員らしい。


「邪魔」


 ルルイェが杖を一振りすると、塔の外壁に、口が開くみたいにパクッと穴が空き、そこから兵士たちが吸い込まれるように放り出される。

 邪魔者を次々払いのけながら、ルルイェは下の階へと降りていった。

「うわー」「どわー」「ぐわー」という間抜けな声がだんだん遠ざかっていき、十数回繰り返された後静かになった。


「……?」


 待てど暮らせど、誰もルルイェは捕獲されてこない。

 アイシャさんの守備範囲内とおぼしき女騎士の傍に控えていた白髪の老騎士が、表情を険しくする。


「くっ……魔女か」

「すいません、マイペースなやつなんです」


 仕方なくフォローを入れながら、俺は俺でごはんの用意を始めた。

 しばらくすると、床が浮き上がるように揺れた。


「きゃっ!?」


 女騎士が、バランスを崩して床に尻餅をつく。


「な、何事じゃっ、地震か?」

「姫様、ちがいます、動いています、塔が!」

「なんじゃとっ!?」


 女騎士改め姫様が、窓から外を覗く。


「ほんとじゃ……塔が…………歩いておる!」


 慌てふためく二人をよそに、俺はごはんを作る。

 材料は、以前街で買ったものがまだ残っている。

 アイシャさんが魔法で作ってくれた冷蔵庫のおかげだ。石の箱の中に冷気を出す精霊を封じ込めているらしい。

 適当に野菜をざく切りにしていると、地下室に行っていたルルイェが戻ってきた。


「ごはんまだ……?」

「これから煮込むから、あと三十分はかかる。火加減が弱いんだよなぁ、このコンロ」

「……まかせて。魔法で火力を強める」


 早く飯が食いたい俺たちは、他の事には一切構わず、料理に集中した。

 そうしてできあがったクリームシチューが、テーブルに並ぶ。


「いただきます」


 俺が手を合わせて言うと、ルルイェも真似をして、


「いただきます……」


 お行儀よくふたりで食事を始めた。

 空腹の限界だった俺たちは、作っている時同様、無心でシチューを貪った。

 一皿目をぺろりと平らげ、おかわりを半分ほど食べて、ようやく気持ちに余裕が出てくる。


「こら、ルルたん。ちゃんとニンジンも食べなきゃダメだって言ってるだろ」

「……これ、変な味がする。嫌い」


 と、ルルイェはニンジンを皿の端っこによけている。


「美味いだろ、ほくほくしてて。身体にいいんだから、食べなさい」

「うるさいなぁ……」

「なんですか、その言いぐさは!」


 反抗的な態度に、ついママ口調になる。


「ワガママ言う子には、ごはん抜きですよ!」

「そんな事したら、追い出す」


 と、ルルイェは杖を振って、壁にボコッと穴を空ける。


「壁にしがみついてでも出て行くものか。ここに置いてもらえないと、俺生きていけないからな!」

「でてけ」

「やだね!」

「でてけ」

「やだったらやだね!」


 というやりとりを、気まずげに見守っている観客が二人ほどいた事を、俺はやっと思い出した。


「あ、食べます?」

「……」


 ルルイェが不服そうにする。

 できる事なら、鍋のシチューを独り占めしたいって顔だ。


「い、いらぬ! 魔女と食事を共にするなど、我が信仰への冒涜じゃ」

「おまえって、そういうあれなの?」


 俺の問いに、ルルイェは首をかしげる。


「……この塔は、どこへ向かっている」


 老騎士が、声のトーンを落として尋ねた。俺たちを刺激しないようにしているらしい。


「どこだ?」


 俺も気になったので尋ねる。


「元の場所」

「だそうです」

「元の場所とは……?」

「沈黙の森だっけ?」


 こくこく。肯定。


「沈黙の……まさかっ」

「どうしたのじゃ、ボスコン」

「い、いえ、そんなはずは……。沈黙の魔女が動く事など……」


 俺はシチューを食べながら、親切心から教えてやる。


「ああ、その沈黙の魔女っていうの、こいつの二つ名らしいですよ」


 すると、ふたりが急に青ざめた。


「沈黙の魔女の塔じゃったとは……」

「我らを連れ去り、どうする気だ」


 老騎士の質問にルルイェは、


「……はぐはぐ、もぐもぐ」


 無視。


「いや、そこは答えてやれよ。ほら不安がってるじゃないか。ばい菌みたいな扱いされてムカつくのは分かるけどさ」

「……ばい菌?」

「さっきあの姫さんが、おまえの事をばい菌みたいに言ってたじゃん。一緒に飯食うのやだって。小学校の時、俺もあったよ。気にしないのが一番だぞ」

「そうなの?」


 問いかけられ、姫騎士は「うっ」とたじろぐ。

 すると、老騎士が横から口を挟んだ。


「そ、それは我らの信仰において、魔女は悪しき者とされているからであって、貴殿をことさら特別視した発言では……」


 姫騎士が、こくこくと必死に頷く。


「とりあえず、飯食ったら? 信仰上、肉が食えないとかじゃなきゃですけど」


 俺が勧めると、老騎士が席に着いた。


「い、いただこう」


 姫の方もそれにならう。

 皿にシチューを盛ってやると、まず老騎士が口を付けた。毒見のつもりだろう。


「……っ」

「ど、どうしたのじゃボスコン。まさか毒が……」


 老騎士ボスコンは、軽く目をみはると、短く一言。


「……なかなか美味ですな」

「フンッ。魔女の食べ物など……」


 毒じゃない事にほっとしつつも、ボスコンの感想に不服そうにしながら、姫様も口を付けた。


「……ふむっ!?」


 こっちは、もっと分かりやすい反応だった。

 二口、三口とスプーンを口に運び、柔らかく煮たニンジンを頬張る。


「こ、これは……」

「普通のクリームシチューですけど」


 ルルイェの魔法のおかげで、圧力鍋で煮たみたいに具が柔らかく、味もしみているが。

 こっちの世界にはクリームシチューはないんだろうか。


「……ぜ、全然美味ではないなっ!」


 と言いながら、姫さんは、あっという間に一皿平らげてしまった。


「おかわりもありますよ」

「くっ……卑劣な……」


 悪魔に誘惑でも受けているみたいな態度で、姫さんは空っぽのお皿を差し出した。


「わっ、わたしが先っ」


 ルルイェが慌てて三皿目を要求する。


「ダメだ。ニンジンがまだ残ってる」

「ぅぅ……」

「ちゃんと食べないと、おかわり入れてあげませんからね」


 ルルイェは半泣きになりながら、皿の端っこによけていたニンジンを食べた。


「……はい、食べたから早く入れて」

「よしよし、えらいえらい。えらいから、おっきいお肉を入れてやろう」

「わぁ~」


 嬉しそうに手をパチンと叩くルルイェを、老騎士ボスコンは、怪訝そうに見ていた。これが本当に、あの恐ろしい魔女なんだろうかと。

 姫様の方はルルイェよりも、大きな肉を羨ましげに見ていた。

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