第22話 魔女の涙

「ど、どうしたルルたん! お腹痛いのか?」


 ルルイェは泣きながら首を振る。


「じゃあ何だよ」


 アイシャさんが見かねて、俺に耳打ちする。


「……タケル殿が生き返ったから、嬉しくて泣いてるんですよ」

「大げさだなぁ」


 はっはっは、と大物風に笑いながら、ふと思った。


「え? 今、生き返ったって言いました?」

「はい」

「それは比喩的表現?」

「いいえ、死んじゃってたんですよ、タケル殿」

「へぇ、死んじゃってたんだ。二度目ですよ死ぬの。よく生きてたなぁ」


 現実を受け止めきれず、訳の分からない事を言う俺に、アイシャさんが笑いながら言う。


「ほんとほんと。内臓が出ちゃってましたからね。でろ~んって(笑)」

「(笑)じゃねーよ!」

「わわっ、すみませんっ」

「うわぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!!!」


 相変わらず全力で泣きながら、ルルイェがまた俺のお腹を撫で回す。くすぐったい。


「死んじゃってたのに、どうやって生き返ったんです?」

「ルルイェ様の魔法です。我々ハイエルフも知らない、とんでもない究極魔法で蘇らせた後、ハイエルフの薬草で一週間治療していました」

「一週間も寝てたの!?」

「はい。その間、ルルイェ様は、ずっとこことかそこに籠もっておいででした」


 と、アイシャさんが、ベッドの下と戸が開いたタンスを指すと、相変わらず泣きながら、ルルイェはうんうんと頷いた。


「だってぇぇぇぇ、知らない人がぁぁぁぁぁぁ、いっぱいいるんだもん~~~~うわぁぁぁあああああ~~~~~~~~ん!!!!」

「わかった! わかったからもう泣くな!」


 コミュ症をこじらせまくっているルルイェだけど、俺の傷が治るまで傍にいてくれたのか。


「ルルたん……」


 俺はしんみりとして、ルルイェを見つめる。


「そこまでハンバーグが食いたかったのかよ、食いしん坊め」

「うわぁぁぁぁあああああああ~~~~~~~~ん!!!!」


 ルルイェが勢い余って俺に抱きついて、かさぶたさえなく綺麗さっぱり治ったお腹に額をぐりぐり押しつけてくる。

 なんなんだ、そのスキンシップ。犬か。


「そういえば、ガイオーガはどうしたんです? 俺が死ぬ直前に、ルルたんが例の破壊魔法を使おうとしてましたけど」


 俺が蘇生して嬉しそうにしていたアイシャさんが、急に真面目な顔になる。


「リーン王国軍が現れたんです」

「リーン王国? あのイルファーレンの街の、援軍を断った連中ですか?」


 アイシャさんは頷く。


「ですが、援軍にやってきたわけじゃありませんでした。彼らの目的は、我々と魔王軍を戦わせ、疲弊させる事。そして……」


 悔しげに言葉を句切る。


「その隙に竜のアギトを奪う事だったんです」


 なんと。リーン王国の連中も、竜のアギトを狙ってたのか。

 ところで、竜のアギトって何なんだろう?

 未だに誰も説明してくれないから、それが何で、どのくらいの大きさなのかも知らない。


「その事に気づいたガイオーガが、ルルイェ様の魔法が発動する前に星映ほしうつしの泉へと向かい、あの場は収まりました」

「でもじゃあ、ガイオーガとリーン王国軍が戦ったんですよね。あの連中に、ガイオーガを撃退するのは無理なんじゃ」


 ルルイェの魔法でチート能力を手に入れた俺に、一方的に蹴散らされた連中だ。

 そのチート能力も、ガイオーガには通用しなかった。


「それが……。リーン王国軍に随行していた謎の少年によって、捕獲されました」


 マジか。


「何者ですか、その少年って」

「さあ、分かりません。ただ、強力な魔法使いである事は間違いありません。ガイオーガの魔法耐性を無効にするくらいの」


 なんだなんだ。俺が死んでる間に、随分色んな事が起こったんだな。

 真面目な話をしている間に、ルルイェが泣き止んでいた。

 ぐしぐしと涙を乱暴に拭き、その涙で濡れた手で俺の手首を掴んだ。


「どこ行くんだ?」

「グスン……帰る」


 鼻をすすると、ルルイェは杖で何もない空間に円を描いた。

 いつぞやのように、円の中に別の空間が出現する。

 そして俺の手を引っ張ってゲートをくぐった。

 俺が通り抜けるとゲートは閉じ、俺たちはルルイェの塔の二階、キッチンにリフォームした部屋に立っていた。


「アイシャさんにお別れも言わずに帰ってきちまった……。まあいいか」


 竜のアギトとやらは守れなかったけど、ハイエルフの里は守れたみたいだし、一応目的は果たせたと言えよう。

 後の事は、俺たちには関係ない話だ。


「腹減った。飯にしようぜルルたん」


 こくこくこくこく。大肯定。


「そこで何をしている!」


 いきなり、俺でもルルイェでもない野太い男の声が聞こえたと思ったら、鎧を着た白髪のおっさんが上の階から降りてきた。


「何者だ貴様ら!」

「おっさんこそ、何者だよ。人んちで、何してんだ」


 俺んちでもないけど。

 その質問に答えたのは、おっさんではなかった。

 おっさんを押しのけ階段を降りてきた、流麗な白銀の鎧に青いマントをまとった若い、というか、たぶんリアルに中学生くらいの年齢の女騎士が、高飛車な態度で名乗った。


「我はリーン王国軍ライリス騎士団団長、ライリス・パスクール・ウインクル・(中略)・リーン。この塔は我らが接収したのじゃ!」

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