第21話 ニセモノの勇者

 痛いとか苦しいとかそういうレベルじゃなく、死ぬ寸前なのが分かる。

 たぶん血とかいっぱい出てるんだろう。

 そんな俺を、ガイオーガが見下ろしていた。


「死ヌ前ニ、ヒトツ聞カセロ」


 俺は黙って質問を待った。


「オマエノ攻撃ニハ殺気ガナカッタ……。ドウスレバ、殺気ヲ持タズタタカエル」


 なんだ、そんな事か。

 殺気なんてないに決まってる。殺そうとなんて思ってないんだから。

 そうか、ガイオーガは俺から殺気を感じなかったから、最初行く手に立ちふさがった時も、スルーしていったんだな。

 別に、無視して、中学時代のほろ苦い思い出を想起させようという、高度な精神攻撃ではなかったのか。

 俺は、フッ、と精一杯ニヒルに笑った。

 どうせ死ぬならカッコよく散ろう。


「俺の国には、こんな言葉がある。活人剣。剣の道は人をあやめるためにあらず。人をかしてこそ剣……」

「……」


 ガイオーガは俺の最期さいごの言葉に感銘を受けたのか、それとも意味が分からず困惑しているのか、黙って立ち尽くす。


「タケル殿を守れ!」


 アイシャさんの必死の声が響き、ハイエルフたちが矢を放った。

 どうせまた叩き落とされる。

 そう思ったが、体は無意識に動いていた。

 手元に落ちていた折れた魔法の杖。その先端部分を念じながらガイオーガに投げつけた。


「光れ……マックスで!」


 魔法の杖が一瞬だけ、強烈な光を放った。


「グオオッ!?」


 突然の光に、ガイオーガの目が眩む。

 ガイオーガを害しようとする魔法は、魔法耐性で効果をなくす。

 だが、これはただ光るだけの基本的な魔法だ。消される事なく、力が発揮された。

 そこへ、矢が降り注ぐ。

 魔法の力が削がれて勢いこそ弱まったものの、数十本の矢はガイオーガの鋼のような体に突き刺さった。

 効果があると見るや、ハイエルフたちはさらに矢の雨を浴びせる。

 たまらず後退しようとするガイオーガ。

 その背後には、クマ五郎から這い出た少女が立ちふさがっていた。


 沈黙の魔女――そう呼ばれる伝説の魔女が。


「絶対に許さない。絶対にだ」


 怒りに震えるルルイェの声が聞こえる。

 ルルイェは愛用の杖を頭上に掲げ、呪文を唱えた。


「消えてなくなれ…………ウルトラギガトン破滅…………」


 やめろルルイェ、それやったら、ガイオーガだけじゃなくて、俺とか他の人もみんな死ぬ……。

 ルルイェの究極破壊魔法のせいか、それとも出血のせいか、俺は意識を失った。




 こちらの世界へ来て、何度目だろう。

 俺は、失っていた意識を取り戻した。


「……生きてる」


 寝たまま、顔の前に手を出して、グーパーと繰り返す。

 次にその手でお腹の辺りをまさぐる。


「なんか俺、すげー血を流してた覚えがあるんだが、気のせいか」


 マル秘ポーションの効果が切れ、ガイオーガに吹っ飛ばされた時、腹に焼けるような痛みが走って、血がドバドバ出てた気がしたが、衝撃と痛みで錯覚でもしてたんだろう。

 俺は上半身を起こし、全身の感触を確かめながら立ち上がった。


「どこだここ……?」


 薄暗い部屋。

 木造の建物の中のようで、隣の部屋から明かりと、楽しげな声が漏れてきていた。

 扉の代わりに掛けられた布を少しだけ開いて覗いてみる。


「エイラたんは可愛いでしゅねぇ~。アイシャお姉たんと一緒にお風呂に入りまちょうねぇ~。あらあら、どうちたの? なんで黙っちゃうの? あ、照れてるんでしゅね。んもぉ、エイラたんは恥ずかしがり屋さんでしゅね~」


 アイシャさんが膝にちんまいエルフの幼女を載せて、なにやら心がざわつく言葉を語りかけていた。

 エルフの幼女は表面上は笑顔を浮かべているが、眉が八の字に下がっていて、明らかな困り顔だ。


 ガバッ!


 カーテンを勢いよく開いて俺は叫んだ。


「イエスロリータ、ノータッチ!」

「タケル殿!?」


 驚くアイシャさんの膝に載っていたロリータエルフを、俺は素早く救出する。


「俺の国だとあなたの行為は犯罪な上、同胞たちにも多大な迷惑がかかるタブー中のタブーです! あなたのように、触れてはいけないものに触れる愚か者がいるから、規制が厳しくなるんです!」

「なんの話です??」


 自分の行いをまるで客観視できてないアイシャさんは放っておいて、俺はロリータエルフに言う。


「もう大丈夫だよ。さあ、安全な場所へお逃げ」

「ありがとう、救世主のお兄ちゃん」


 ロリータエルフは、俺にハグして、さらにほっぺにチュッとキスまでして、どこかへ逃げていった。

 俺は沢山の嘘を重ね、間違ってここまで来てしまったニセモノの勇者だ。

 だが、今この瞬間だけは、あの子の救世主だった。


「ああっ、ずるいですタケル殿! 私もほっぺにチュッてしてほしいです!」

「ずるいじゃないです! 幼女に何をやってるんですか!」

「エイラは私の妹です。姉が妹を可愛がるのは当然じゃないですか?」


 強く主張するわけでもなく、取り繕うわけでもなく、ごく当たり前の常識を再確認するようにアイシャさんは言う。


「この手の犯罪者は自覚症状がない上、すぐ自分を正当化する。いいですか? イエスロリータ、ノータッチ! さあ、繰り返して」

「い……イエスロリータ、ノータッチ……?」

「もう一回! イエスロリータ、ノータッチ!」

「イエスロリータ、ノータッチ!」

「よろしい。その言葉を胸に刻んで、今日から朝晩十回ずつ唱えましょう」

「は……はい??」


 分からないなりに、アイシャさんは頷く。

 いい人なのだ、アイシャさんは。ただ、性癖が歪んでいるだけで……。


「それより、無事なのですか?」

「ええ、どうにか」


 俺がラジオ体操の動きをしてみせると、アイシャさんは目に涙を浮かべた。

 こっちの世界にはラジオ体操はないだろうから、奇抜なダンスに見えてしまったんじゃないだろうかと心配する俺の手を、アイシャさんが泣きながら握る。


「よかった……本当によかった……」

「あの程度全然平気っすよ」

「ルルイェ様! ルルイェ様ぁ~~!」


 アイシャさんが廊下に飛び出し、別の部屋へ行く。

 俺も付いていく。


「ルルイェ様! タケル殿が目覚めました!」

「? ルルたん、どこにいるの?」


 アイシャさんが飛び込んだ部屋には、誰もいなかった。

 誰かの私室なのか、ベッドと、観音開きのタンスがあるだけだ。


「ルルイェ様?」


 アイシャさんが床に這いつくばって、ベッドの下を覗き込んだ。

 そこにルルイェがいるのかと思いきや、アイシャさんの頭上で、タンスの戸がひとりでに開く。

 トンガリ帽子にゆるいローブ姿のちんちくりんの魔女っ子が、中で体育座りをしていた。


「そんなとこで何してんだよ、ルルたん……」


 ドン引きしながら問う。いたずらをして反省させられている子供か、未来から来たネコ型ロボットじゃないんだから。

 ルルイェはタンスからのそのそと降りてきて、俺のシャツを捲り上げた。

 ぺたぺた。さっき俺がしていたみたいに、お腹を触る。


「わはははっ、くすぐったい、何をするルルたん」

「……ぅぅ……」


 ルルイェの顔が、くしゃっと歪んだ。


「うわぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!!!」


「どわぁっ!?」


 いきなり、ルルイェがぼろっぼろと涙をこぼしながら大声で泣きだした。

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