第20話 恐怖! オーガーの勇者ガイオーガ

「おい、でかいの。好きに暴れてくれてるじゃないか」


 パンパンと、着地の際に膝についた土を払う。


「だが、それもここまでだ。俺が来たからには……って、おいどこ行く!」


 ガイオーガが俺の前を素通りして行こうとするので、慌てて回り込む。


「おまえは俺が倒す!」

「……」


 ガイオーガがまた俺を避けて行こうとする。

 おいおいびびってんのか、ガイちゃん?

 三度行く手を塞ぐと、俺はルルイェから借りた魔法の杖を構えた。


「いくぜ、でかぶつ!」


 地面を蹴って一気に間合いを詰めた。

 杖で頭を殴りつけ、気絶させてジエンド。

 のつもりでいたが、俺の攻撃より速く、ガイオーガの大鉈おおなたが振り下ろされていた。


 ガキィィィィィィーーーーーン!!!!


「うぉ、あっぶねぇ……!」


 杖で受けて、後ろへジャンプ。

 間合いを取ってから、やっと冷や汗を掻く。


「……でかいのに、なんつう速さだ」


 目にも止まらぬとはこの事で、先に動いていたはずの俺よりも速く、あの大鉈が頭上から降ってきた。

 しかし、驚いているのは俺だけじゃないようだ。


「……キサマ、何者ダ」


 今の一撃をガードされると思ってなかったんだろう。


「異世界から来た救世主と呼ばれる男だ」

「キュウセイシュ……?」


 オーガーには、ちょっと難しかったか。


「ようするに助っ人外国人だ!」

「……」


 力量の読めない者同士、無言の睨み合い……になるかと思いきや、ガイオーガがのっしのっしと近づいてきて、無造作に攻撃してきた。


 ガキィィン!

 ガキンガキン!

 ブオンッ!!


「うおっ、ちょっ、待てって……ひょわっ!?」


 俺の胴体より太い腕で振り回す大鉈の連撃を、マル秘ポーションで強化された反射神経で受け止める。

 だが、体重の軽い俺は一撃のたびに後ろへ飛ばされ、手にした杖がいつへし折られるか冷や冷やだった。


「だ、大丈夫だろうな、この杖!」


 この杖は、ルルイェから借りた魔法の杖だ。

 効果は、先端を光らせる事。

 杖を持って念じるだけで、蛍光灯みたいに光る。

 樹海の旅ではとても役立ってくれたが、今はただの棒だ。

 しかし、それでも魔法の杖。元の材質は木だが、魔力を秘める事で強化され、とても硬い。

 物理攻撃で壊れる事はないとルルイェは言っていた。

 実際、あの強力なガイオーガの攻撃を何度か受け止めているが、まだ折れていない。


「だからって、そう何度も受けていられないぞ……」


 重い一撃は、受けた腕に、そして吹っ飛ばされる体にダメージを与えてくる。

 防御しつづけていれば、いずれやられる。

 とはいえ、大鉈はリーチが長く、ガイオーガはでかいくせに素早くて隙がない。

 どうしたらいいんだ!

 攻めあぐねる俺。

 無造作に攻撃を仕掛けてくるガイオーガ。

 その時、物陰から飛び出してきた一匹の熊が、人喰い鬼に強烈なフックをお見舞いした。


 グォオオオッ!


「クマ五郎!」


 俺という強敵に気を取られていたガイオーガは、そのパンチをまともに喰らった。

 トロールを沈めるほどのクマ五郎のパンチは、オーガーの勇者にも有効だった。

 さらにパンチを浴びせるクマ五郎。

 ジャブ、ジャブ、フック……と見せかけて強烈なリバーブロー!

 相変わらず、どうして爪で引っ掻かないのか知らないが、パンチは確実に効いていた。

 たまらずガイオーガが、大鉈を振り上げ反撃しようとする。

 その隙を、俺は逃さなかった。


「おらぁっ!」


 頭部に一撃を叩き込む。

 ガイオーガがよろめき、片膝をついた。


 うおおおおおおーーーーーーっ!!!!!


 砦で見ていたハイエルフたちから歓声が上がった。


「救・世・主! 救・世・主!」


 手を叩き、コールするのはアイシャさん。

 他のハイエルフたちも声を合わせる。


「いけるぞ、クマ五郎!」


 ガウ!


 左右から挟み込んで攻撃だ!

 と思って、その作戦を実行しようとするより先に、ガイオーガが目の前にいた。


「え? うわぁっ!?」


 慌ててジャンプしてかわした俺を、ガイオーガが大鉈を持たない方の手で掴んだ。

 ガードを固めている相手には投げ技が有効。格ゲーの基本じゃないかっ!?

 俺はそのまま、地面に叩きつけられる。


「ぐはっ!?」


 やばい、やられる!

 クマ五郎が体当たりし、俺にとどめを刺そうとしたガイオーガの一撃は、俺の顔のすぐ横五センチの地面をえぐった。


「あっぶねぇ……!!!!!!???」


 転がって間合いを取って起き上がるが、すでにガイオーガが追ってきていた。


「うわっ、こいつしつこい!」


 防戦一方では、相手を調子づかせるだけだ。

 俺は攻撃をかいくぐりながら背後へ回り込み、反撃を仕掛ける。

 だが、かわされる。

 こいつ、パワーだけじゃない。戦い慣れしてやがる。

 今も、俺とクマ五郎を同時に相手するのではなく、俺だけを執拗に狙い続けている。

 そこへクマ五郎が攻撃を仕掛け、避けるために生まれた隙を俺が突こうとするが、やはり防がれる。

 俺の脳裏に、「生兵法は大怪我のもと」という言葉が過ぎる。

 常に一対多数で戦い、生き抜いて来たんだろう、ガイオーガは。俺が思いつく戦法など、全てお見通しなのだ。

 そんなじり貧の戦いが続くうち、俺に焦りが出てくる。


「……ポーション飲んでから、何分経った?」


 時計なんてないので正確には分からないが、たぶん十分は経っていると思う。

 早く勝負を決めないと、マジで死ぬ。

 そう思い、焦ったのがいけなかった。

 俺は、先ほどから何度か試していたフェイントで、ガイオーガに肉薄した。

 そこへ、待ち構えていたように大鉈が振り下ろされる。

 ガイオーガに、その動きはとっくに見切られていたのだ。


 ガッキィィィィィィィーーーーーーーーーン!!!!!!


 どうにか防いだものの、渾身の一撃を受け止めた魔法の杖は、ものすごい音と共に……折れた。


「ファッ!?」

「タケル殿!」


 俺を救おうと、ハイエルフたちが一斉に矢を放った。

 しかし、先ほどと同じ。途中で勢いを失った矢は、たやすく叩き落とされる。


「死ヌガイイ」


 地獄から響いてくるような低い声と共に、とどめの一撃が振り下ろされた。

 それを阻止しようと、クマ五郎がタックルを仕掛ける。


「邪魔ヲスルナ」


 腰にしがみつくクマ五郎。

 だがガイオーガはその怪力で、クマ五郎を引っこ抜くように抱え上げた。

 そして、ブリッジしながら背後に向かって叩き落とす。

 バックドロップ炸裂!?

 地面に叩きつけられたクマ五郎の頭部が砕け散った。


「クマ五郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 物言わぬ石像だったが、樹海を共に旅した仲間だ。

 時々パンダみたいにごろごろ転がって遊んでいる姿は愛らしかった。

 しかし、クマ五郎はゴーレムなので、頭部を破壊されたからといって、死ぬわけじゃないらしい。

 むくり、起き上がった。

 そして、吠えた。


「がおお!」


 その声は、迫力ある獣のそれではない。

 幼さの残る少女の声だった。


「………………え?」


 頭部を砕かれ、右肩から上が無くなってしまったクマ五郎。陶器のような作りで、中は空洞だったらしい。

 それはいいのだが、その空洞に、誰かが入っていた。


「ルルたん!?」

「――――っ!?」


 クマ五郎の中身は、やっと自分の姿が剥き出しになっている事に気づく。


「いいえ……人違いです」

「え、何? どういう事!? ずっと入ってたの……? クマ五郎はルルたんが操縦してたの?」


 ゴーレムにしては、妙に愛嬌のある仕草をする熊だと思っていたが……。

 それも、ディテールに異様にこだわるルルイェ作ならそんなものだろうと思って納得していた。


「……」


 ガイオーガも、まさか熊型ゴーレムの中から、ちんまい女の子が出てくるとは思ってなかったんだろう。ルルイェを見つめて固まっている。

 その視線を受けたルルイェは、


「こ、こんにちは……」

「……」

「わたしは、わた……わたし……えっと……その……」


 クマ五郎の中の狭いスペースで、おどおどと自己紹介を始める。


「コミュ症発動してる場合かっ、早く逃げろ!」

「う、動かない……壊れたみたい」


 フリーズ状態から立ち直ったガイオーガが、大鉈を振り上げた。

 無防備なルルイェめがけ、打ち下ろされ――る前に俺は二人の間へ飛び込み、大鉈を握るガイオーガの腕を受け止めた。


「ルルたん、さっさと逃げろ!」

「あせあせ」


 ローブが引っかかってクマ五郎から出られず、焦っているルルイェを背中に庇いながら、ふいに、全身にみなぎっていた力が急速に抜けていくのを感じた。


 時間切れだ――。


 ただのひ弱な人間に戻った俺は、ダンプカーにでも追突されたみたいに吹っ飛ばされて、宙を舞った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る