第19話 異世界から来た救世主

 砦に籠城していたハイエルフたちは、最初アイシャさんの帰還を喜んだ。

 だが事情を聞くうち、だんだんと暗い表情になっていく。


「やはり人間は信用できぬ!」


 守備隊の隊長だという精悍せいかんな顔立ちの男のハイエルフが、声を荒げる。


「ですが、もっと頼りになる援軍をお連れしました」

「……わぁ、ほんとに若い人しかいないんだ」


 アイシャさんたちが難しい話をしている間、暇だったので、ハイエルフたちを観察していたんだけど、見事に若い人しかいない。

 実際は俺の何十倍も生きてるんだろうけど、外見はせいぜい二十代くらいに見える。


「タケル殿……タケル殿っ」

「はい? あ、俺か」


 頼りになる援軍とか言うから、俺以外にも誰か連れてきたのかと思ってしまった。


「異世界からの救世主にして、かの古き者がお一人、沈黙の魔女ルルイェ様の従者を務めるお方です」


 ハイエルフの皆さんにガン見されるが、外見から何者か推し量れなかったのだろう、彼らは俺の事はいったんスルーして、ルルイェの話を始めた。


「沈黙の魔女を動かしたのか……!」

「アイシャも知っていよう、あの伝承を。沈黙の魔女が、永き沈黙を破る時、世界に動乱が訪れる……」

「ですが、竜のアギトを魔王の手に渡してしまっては同じ事。それに、ルルイェ様は我らに干渉する事を頑なに拒まれて、従者のタケル殿をお遣わしになりました」

「この熊はなんだ」

「クマ五郎です。ルルイェ様がお作りになったゴーレムで……」


 さっき森でクマ五郎に助けられたハイエルフが、長老に耳打ちする。


「なんと……トロールを素手で!」

「頼もしい援軍だ!」

「これなら、あのガイオーガを倒せるかもしれん!」


 なんか盛り上がっている。

 あれ? それ俺の役目じゃなかったでしたっけ?

 いや、クマ五郎に代わってもらえるならありがたいんだけど、でもだったら俺、何のために五日間も樹海を歩いてきたんだってなるよね。

 夜、たき火しながら――


「ねぇ、タケル君は好きな子いる?」

「……アイシャさんこそどうなんですか?」

「え~、私はぁ……いる……かな」

「ほんとに? だれだれ?」

「ウソウソっ、今のなし~(汗)」


 ――みたいなドキドキする会話をしたり、水浴びをこそっと覗き見したり、そういうオプションも付いてくるものと期待してたけど、全然なかったし。

 まあ、でもいいか。死ぬよりは。

 ここはより雑魚っぽさを演出して、救世主の座をクマ五郎に譲ろうじゃないか。

 と思っていると、


「ふっふっふ、みんな見る目がありませんね」


 急にアイシャさんが不敵に笑いながらドヤ顔でしゃべり始めた。


「クマ五郎も強いですが、タケル殿はもっと強いですよ! 何せ、シャピール聖騎士団を、たった一人で壊滅させたんですからね!」


 おおっ!


 どよめきが広がる。

 アイシャさん、軽く話盛ってませんか?

 その言い方だと、何千騎の兵を俺一人で倒したみたいに聞こえますよ。


「信じられん……この子供みたいに若い人間が」

「だが、あの沈黙の魔女の従者なのだろう……?」

「異世界から来た者は、すごい能力を秘めている事があると聞くぞ」


 …………。


 くそう、気持ちいいなぁ!


「ガイオーガ? 確かに手強い相手なのでしょう。ですが、私に言わせれば猿山の大将。異世界を股にかけるこの私とはレベルが違う」

「おぉ……!」

「これで我が里は……いや、世界は救われる!」


 つい世界規模のでかい口を叩いてしまった……。

 ハイエルフの皆さん、めっちゃ盛り上がってるし。


「……まあ、ルルたんのポーションがあるし、大丈夫だろう」


 ちょっと不安になり始めたところで、傷を負ったハイエルフが、倒れ込むように駆け込んできた。


「が……ガイオーガが現れました!」


 ざわっ。


「北側通路の守備隊は壊滅状態……奴は、もうすぐそこまで……」


 ガクッ。そこまで言って、気を失う。

 皆の視線が俺に注がれていた。


「先生!」

「救世主よ!」

「タケル殿!」


 引くに引けない空気の中、俺は、


「その前に、オシッコしてきていいですか? 実はずっと我慢してて……」

「ダメです、ガイオーガはもうそこまで来ています!」


 その言葉の通り、砦のすぐ外から「うわー」「ぎゃー」という悲鳴が聞こえてきた。

 砦の戦士たちが迎撃へ向かう。


「さぁ、参りましょうタケル殿!」


 アイシャさんに手を引かれて、俺もそちらへ向かった。




 砦の門にある物見櫓ものみやぐらに駆けつけた俺が見たものは、まるで小さくて超強力な竜巻だった。

 寄る者は、敵味方関係なく吹き飛ばす。

 周囲に何者もいなくなり、砂塵が晴れると、やっとその中心にいる者が姿を見せた。


「でけえっ!?」


 森で出会ったトロールより頭一つ小さいくらいだが、あんなぶよぶよとだらしない体はしていない。

 ずんぐりとした体型の、鋼のような筋肉の塊。

 それが、俺の身長くらいあるなたのような片刃の大剣を振り回している。


 オーガーの勇者――ガイオーガ。


「今から俺、あいつと戦うの……?」


 ハイエルフたちが一斉に矢を放った。

 あの魔法のかかった、ライフル弾のような矢だ。

 目にもとまらぬ速度で迫った矢は、しかしガイオーガの手前で勢いを失い、


「フンッ!」


 大鉈おおなたの一振りで全て打ち落とされてしまった。


「あれが、ガイオーガの魔法耐性です」


 アイシャさんが言う。

 なるほど、矢にかかった魔法を無効化してしまうのか。

 ハイエルフの主要武器である弓矢が効かないのでは、苦戦するのも無理はない。


「……俺の魔法は大丈夫だろうな」


 ガイオーガの魔法耐性はあらかじめ聞いていたので、マル秘ポーションを受け取る時、俺はルルイェに尋ねた。効果が消されるんじゃないかと。

 するとルルイェはこう答えた。


「さぁ」


 不安しかない。


「ええい、やってやる! どうせ一度死んだ命だ!」


 俺はルルイェのマル秘ポーションを、一気に飲み干した。

 体の内側から力が湧いてくる。


「とぉっ!」


 砦の物見櫓ものみやぐらから、数メートル下の地面へ俺は飛び降りた。

 普通なら足がボキボキに骨折する高さだが、なんなく着地する。マル秘ポーションのおかげだ。

 そこはもう、ガイオーガの目の前だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る