第15話 沈黙の魔女、動く
「沈黙の森からハイエルフの里まで、徒歩だと一ヶ月以上かかります。一度イルファーレンへ戻り、馬を調達すべきでしょう」
そう提案したのはアイシャさんだった。
それを受けた俺は、魂が抜けた状態でぐったりしていた。
「無理です……人喰い鬼と戦うなんて……無理です……」
「謙遜も、そこまでいくと嫌味ですよタケル殿。魔王との戦いで磨いた武勇をお示しください」
「相手がパソコンかスマホの中にいるならさぁ……いくらでもやってやるけどさぁ……」
その様子を、上の階から盗み見ていたルルイェが、
「ぷぷ」
ざまぁ、って顔をしている。
「ルルたん、さては
「ぴゅ~ふふふ~~」
ルルイェはヘタクソな口笛でごまかす。
千年以上生きてても、口笛が上手くなるとは限らないんだな。
「ルルイェ様、何か馬に代わる移動手段はないでしょうか」
ワイバーンを壊されてしまったが、他にも移動に使えるゴーレムはいるかもしれない。
一日遅れれば、仲間の被害は大きくなる。アイシャさんとしては切実だ。
「……ある」
「お貸しいただけないでしょうか。謝礼はいたします!」
「ほんと……?」
「はい」
ルルイェは、もじもじしながら言う。
「本がほしい」
「どのような?」
「絵が沢山ある本。字ばっかりのは眠くなるから」
「かしこまりました。里の蔵書をお好きなだけお持ちください」
ルルイェは、ぱぁ~っと嬉しそうな顔になって、階段を上がっていった。
しばらくして戻ってくると、今度は一階まで降りていく。
トントン。
杖で一階の床を叩くと、音をたてて床板が開いた。
「隠し階段?」
どうやら地下室があるらしい。
ルルイェに続いて、俺とアイシャさんも階段を降りていく。
地下は巨大な歯車が組み合わされた、機械室って感じの場所だった。しかし、どれも止まっている。
ルルイェはその中央にあった機械に、持ってきた大きな鍵を差し込んで回した。
「……目覚めよ、“歩く者”よ」
巨大な歯車が動き出した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ゴトンッ、ガタガタッ…………ゴゴゴゴ…………。
ふいに足下が、浮き上がるように揺れた。
「なんだなんだ、地震かっ!?」
「はわわっ」
ルルイェがよろけて俺にしがみつく。
アイシャさんは、
「何事でしょう?」
平然としていた。
ハイエルフの身体能力は、こんな時に手近な男に抱きつくようなラッキースケベは起こさないらしい。
アイシャさんは揺れる足下を物ともせず階段を上がっていった。
俺たちも後に続いて一階に出ると、玄関を開いたままアイシャさんは固まっていた。
「大変です! 動いています、塔がっ」
「なんですと?」
俺も外を見る。
景色が揺れながら、後ろへと流れていった。
「ほんとだ、動いてる!」
塔の下からヤドカリみたいな足が生えていて、歩いている。
「フフン」
なんと、ルルイェが提供した乗り物は、この塔そのものだった。
かくして、北の大樹海を目指す旅が始まった。
「ぬおっ、罠だったか!? こざかしいやつめ!」
「……何してるの」
屋根裏部屋に勝手に入って、ボードゲームを遊んでいた俺を見つけ、ルルイェが恐い顔をする。
「死ぬ前に一度遊んでみたかったんだ、これ。ゲーマーの血が騒ぐんでな」
今もこの塔は、俺たちを乗せて移動している。
ハイエルフの里へたどり着いた時が、俺の二度目のご臨終の時だ。
「これよくできてるなぁ。ルルたんが作ったのか?」
「うん」
ルルイェが得意げな顔をする。
「この思考結晶体ってやつ、すごいんだってな」
時々虹色に光る卵型の水晶玉みたいなやつは、思考結晶体というらしい。
これを見たアイシャさんは、奇声をあげて驚いていた。
「し、ししし、思考結晶体が……完成していたなんてっ!?」
「そんなにすごいんです?」
「だ、だって、魂を持たぬ物質に思考させているんですよ?」
「ふーん。コンピュータみたいなものか」
「タケル殿は、どうして驚かないんですか?」
「俺のいた世界じゃ、普通だったんで。パソコンは一家に一台あったし、スマホも普及してるし、最近じゃテレビから炊飯器まで、何にでも搭載されてたからなぁ」
「す……すごい……」
ハイエルフも及ばぬ叡智を極めた超超超超魔法国家の存在に、アイシャさんは戦慄を覚えている様子だった。
「なかなか手強いな、この卵」
「フフン。絶対勝てない。タマちゃんはすごく賢い。わたしは五百年で一回も勝った事ない」
この虹色タマゴはタマちゃんというらしい。
自慢げに言っているが、自分で作っておいて、それどうなんだ。
「じゃあ、もし俺が勝てたら、なんでも言う事聞いてくれるか?」
「うん、いい」
よほど自信があるらしい。
「よし、言ったな。絶対だぞ」
俺は正座して、本腰を入れて攻略にかかった。
五分後。
「チェックメイト。俺の勝ち~」
「うそだ……」
敵ユニットを全て撃破しての完全勝利だった。
「生粋の引きこもりゲーマーを舐めちゃいかんよ」
ゲームが上手いと言われても、普通の人にはピンとこないだろう。反射神経がいいとか、頭がいいとか思うに違いない。
だが、そう単純な話じゃない。
ゲーム性を理解し、何をすれば効率よく攻略できるかを判断できる事。
それが「ゲームが上手い」という事だ。
そうなるためには、沢山のゲームを攻略し、経験を積む必要がある。
俺には、その経験がある!
「ふふふ、ルルたん君。約束は守ってもらうよ」
「ぅぅ……」
実は、ルルイェが屋根裏へ戻ってくる前に、すでに十連勝くらいしていた。
それを隠して勝負をふっかけるのも、ゲームの上手さなのである。
「一緒に来てくれとは言わない。せめて、聖騎士団を蹴散らした時の魔法を、俺にかけてください!」
俺は床に額をこすりつけてお願いした。
「……わかった」
「ありがとうルルたん!」
嬉しさのあまり、俺はルルイェを抱きしめる。
「はわわっ」
「きっと生きて帰るからな」
「いいえ、お構いなく」
「帰ってくるからな!」
「どうぞ、お気になさらずに」
そんな激しい攻防はあったものの、ルルイェは俺に魔法の薬を作ってくれると約束した。
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