第14話 勇者誕生

「リストランテ・シノノメへようこそ」

「おぉ……」


 俺にエスコートされて階段を降りてきたルルイェを、料理と飾り付けされたテーブル、そして、麻袋あさぶくろを頭から被ったアイシャさんがお出迎えした。


「よ、ようこそ」


 麻袋あさぶくろの中で、もごもごとしゃべる。

 可哀想だが、これがルルイェの出した条件だったのでしょうがない。


「さあ、こちらへ」


 俺は椅子を引き、ルルイェを座らせる。

 テーブルには、できたてのクリームシチューの他に、パンとサラダがある。


「食べていい……?」

「どうぞどうぞ」


 許可が出るなり、ルルイェはスプーンを手に取った。


「はぐはぐもぐもぐ!」

「がっつくなって。誰も取ったりしないから」


 あまりの食べっぷりに、ちょっと嬉しくなる。

 このクリームシチューは、我ながらよくできたと思う自信作だ。

 材料は、昨日イルファーレンで仕入れた野菜と肉、それにミルクとバターと小麦粉、塩少々。煮込みに時間がかかるが、簡単な料理だ。そして美味い。


「ぉ、おかわりっ」

「はいよ」


 おかわりをよそってやり、シチューのついた口の周りもぬぐってやる。


「パンもあるぞ。それからサラダも」


 言われて気がついたみたいに、ルルイェがパンとサラダも食べる。

 サラダはアイシャさんが作ってくれた。エルフは服も葉っぱみたいだが、食事も葉っぱばかり食べているらしい。


「はぐはぐもぐもぐ!」

「ぁ、あのう……」

「……」


 アイシャさんが声を発すると、ルルイェがスプーンを止めた。


「いえ、なんでもないですっ」


 気配を察して、アイシャさんが謝る。

 俺は、こそっと言う。


「……アイシャさん、向こう向いててもらっていいですか」

「は、はい」


 椅子ごと回して、アイシャさんが壁の方を向いた。

 なんかだいぶ哀れだが、ハイエルフの里を、そして世界を魔王の手から救うためだ。


「食べながらでいいから聞いてくれ。こちらのアイシャさんがおまえに会いに来たのには理由があるんだ」


 俺はアイシャさんに代わって、事情を説明した。

 ルルイェは食べるのに夢中で、ほとんど話を聞いてなかったが。

 というか、まったく聞いてない。


「いいか、三行にまとめるぞ? お願いだから、三行分だけ聞いてください。えー、ハイエルフの里が魔王に襲われて大変だ。助けてルルたん。なるはやで」

「……やだ」

「ホワイ、なぜに?」


 問いを発した瞬間、左手がズキンと痛んだ。


「いてっ! げっ、カウントされてる!?」


 8だった『反逆カウンター』が7に減っていた。

 どうやらルルイェにとって、詮索されるのが反逆に当たる質問だったらしい。

 俺は比喩的な意味で手のひらを返す。


「とルルたんもおっしゃってますので、アイシャさん、世界の平和は諦めてください」

「竜のアギトが魔王の手に渡る。この意味、ルルイェ様ならばお分かりですよね!」


 麻袋あさぶくろの中のアイシャさんは、最早方向感覚を失っているので、ルルイェがいるのとは全然別方向の、何もない壁に向かって、必死に懇願した。


「……なぁ、ルルたん。竜のアギトが魔王の手に渡ったら、どうなるんだ? ていうか、竜のアギトって何?」


 アイシャさんに聞こえないよう、俺はこそこそと聞いた。

 ルルイェは、いつになくシリアスな表情を浮かべて、一言ぼそりとつぶやいた。


「…………誰、マ王って?」

「そこからっ!?」

「ルルイェ様は、魔王をご存じない?」

「し、知ってるし……あれでしょ、マ族の王様でしょ」

「目が泳いでるぞルルたん。あと魔物の王様だからな。族みたいな言い方してたけど。魔物は知ってるよな」

「……」


 千年以上生きているくせに、味のあるごはんも知らなかったような残念な魔女だ。魔王を知らなくても不思議じゃないか。


「あー魔王ね。知ってる知ってる……本で読んだ。あれでしょ、魔物の王様」

「今更知ってるアピールされても。てか、その説明、今俺が言ったやつだし」

「……でもあれ、おとぎ話でしょ。え……ほんとにいるの?」


 どうやら、魔王をフィクションの存在だと思っていたようだ。


「わかる。俺も実は、まだ存在を疑っている」

「えっ、タケル殿っ」

「だいたい何を思って、魔王なんて名乗ってるんだろうな。恥ずかしくないのかな」


 こくこく。ルルイェが同意する。


「おまえもだぞルルたん。沈黙の魔女とか古き者とか、おとぎ話度合いで言えば、むしろルルたんの方が上だし」


 なにせ、ハイエルフの伝承として残ってるくらいだ。


「じ……自分で言ったんじゃない……から」

「ていうか、ほんとにルルたんが、その沈黙の魔女なのか?」


 誰かと間違われてるんじゃないだろうか。


「……さぁ」


 ルルイェも自信がないって顔で首をかしげた。

 おいおい。


「ルルイェ様!」


 俺たちののんきな会話に我慢できなくなったアイシャさんが、口を開いた。


「魔王軍は大攻勢に転じようとしています。あなた方、古き者がもたらした世界の秩序を破壊するために。どうかお力をお貸しください」

「……ハイエルフは強いし、負けないと思う」


 シチューに入っていたニンジンをスプーンで脇にどけながら、ルルイェが主張する。


「ダメだぞ、ルルたん。好き嫌いせず食べるんだ。でないと、おかわりよそってあげないぞ」

「ぅぅ……わかった」


 うえぇ、って顔しながらニンジンを頬張るルルイェ。


「おっしゃるとおり我らハイエルフは、歴史上、幾度か魔王軍の侵攻を受け、これを撃退してまいりました。ですが、今回はそうもいきそうにないのです」

「どうして?」

「敵軍に、オーガー族の勇者、ガイオーガがいるからです」


 ルルイェも俺も、誰それって顔をする。


「オーガーって何?」

「人喰い鬼……人型の魔物の中では、トロールの次に大型の種族です」


 そんなのいるんだ。おっかねぇ。


「ガイオーガはオーガーの中では知能が高く狡猾で、その上、魔法が通じません」

「?」

「元々オーガーは魔法防御力が高く、魔法が通じにくいのですが、ガイオーガのそれは桁違いです。大抵の魔法は弾き返し、強力なものも威力は軽減されます」

「でも一人なんでしょ? 魔法じゃなくても倒せるんじゃ」


 アイシャさんが首を振る。


「やつはオーガー族の勇者と称されるほどの怪物。我らハイエルフの力の要は魔法です。それが通じないとなると、ガイオーガを仕留める術はなく……」


 肩を震わせるアイシャさん。

 シリアスな空気なのに麻袋あさぶくろを頭から被っているせいで、かなりおかしな絵面になってしまっている。


「でも、それじゃルルたんが行っても意味ないんじゃ。魔法通じないんでしょ?」

「ルルイェ様の魔法は我らのものとは別格です」

「……いかにも」


 照れながら、得意げにするルルイェ。自信ありげだ。


「例えば、どんな魔法で倒すんだ」

「ウルトラギガトン破滅ビーム」

「……」


 聞き間違いだろうか。


「もっかい頼む」

「ウルトラギガトン破滅ビーム」

「なんだそのファンタジー世界観台無しなネーミング! ダサいし!」

「えっ……」


 なんでそこつっこむの、みたいな顔してる。

 いや、どう考えてもつっこみ待ちだったろ。


「つ、強い魔法だから……強そうな名前にした」

「ちなみに、どのくらい強いんだ?」


 ルルイェは地図をテーブルに置き、ハイエルフが暮らすという北の大樹海をぐるっと指で囲った。


「この範囲が?」


 ルルイェは、グーに握っていた手を上向けて、パーに開く。


「消し飛ぶ?」


 こくり。肯定。


「強すぎ! みんな死んじゃう! 森の生き物たちも一匹残らず!」

「……だ、だって、一番強い魔法だから」

「見ろよ、アイシャさんを。びびって震えてるじゃん」


 てんで見当違いな方向を向いたまま、アイシャさんはガタガタと震えていた。

 麻袋あさぶくろの下で、恐くて泣いてるんじゃないだろうか。


「他にもっと弱い攻撃魔法はないのか」

「……ない」


 ルルイェは、気まずそうに目を逸らす。


「だって、いらないから」


 そうか、いらないか。

 そうだよな。千年、塔に引きこもってて、いったい誰を攻撃するんだって話だよな。

 そんな話をしている間に、ルルイェはシチューを食べ終えてしまった。


「げぷ」


 お上品な天使の吐息を漏らし、無情にも席を立つ。


「お待ちを、ルルイェ様!」


 アイシャさんが、ルルイェを呼び止めた。


「では、タケル殿をお貸しください!」


 え?


「タケル殿の武勇であれば、ガイオーガをほふる事もできるかもしれません。いいえ、できます!」

「いやいやいやいや、無理無理無理無理!!」

「いいえ、無理では――」


 ついにアイシャさんは、頭の麻袋あさぶくろを脱ぎ捨てた。

 目の前にいるはずのルルイェと俺が見当たらず、一瞬戸惑ってから、こっちを向き直して、もう一度叫んだ。


「無理ではありません! リーン王国が誇るシャピール聖騎士団。その精鋭を、一人で倒したタケル殿ならば!」

「いや、あれは……」

「あちらの世界で魔王と日夜戦い続けた、異世界の勇者ならば!」


 嘘の雪だるまが、ついにここに完成を見たようだ。


「許可する」


 ルルイェは力強く頷いた。


「おいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

「ありがとうございます、ルルイェ様!」


 アイシャさんは嬉しそうに、声と巨乳を弾ませたのだった。

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