第12話 闇
「よろしいのですか、浴室を使わせていただいて」
「ええ、全然構いませんよ。どうぞ旅の疲れを癒やしてください」
「助かります」
急ぎの旅で、水浴びもままならなかったという。
ハイエルフともなれば綺麗好きなんだろう。心から嬉しそうだ。
人んちの風呂を勝手に使わせながら俺は、バスタブに張られたお湯を見つめて、想像する。
もうすぐここで、アイシャさんが裸になる。
ほっそりとした体型のわりに、アンバランスに大きな胸。シャツの襟元から度々こんにちはする谷間は、張りがあるタイプではなく、しっとりふわとろな感じだ。きっと柔らかいんだろうなぁ。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ! 覗いたり絶対しませんから!」
「はい、信頼しています。異世界で勇者として名を馳せたタケル殿が、そのような卑劣な行為に及ぶはずはありませんから」
心からそう信じている笑顔は、俺をほろりとさせる。
引きこもりゲーマーになって数年。ゲームの外で、俺の事をこんな風に信頼してくれる人がいただろうか。いや、いない。
裏切れない、この笑顔は、絶対に。
だから、音だけ聞いて我慢しよう。想像するだけなら、誰も傷つけないで済むから。
「では、ごゆっくり」
「あっ」
階段を降りていこうとする俺を、アイシャさんが呼び止めた。
「なんですか?」
「こ……この浴室は、ルルイェ様もお使いになられているのですか?」
なぜか急にもじもじしながら、アイシャさんはそう尋ねる。
「ええ」
ここへ連れてこられた直後に見た。
お尻をふりながら上機嫌で
アイシャさんと比較するのが可哀想なほど、色んな部位がつるつるぺったんこだった。
「そうですか……」
やや憂いを帯びたような表情で、アイシャさんはうっとりと、バスタブの縁を撫でた。
「ルルイェ様が……ここで……裸に」
「?」
「うふふ……うふふふふ…………」
「あ、あの……アイシャさん?」
高原の美味しい水みたいに清らかな存在であるはずのハイエルフの中に、今、闇というかなんというか、見てはいけない汚物を見た気がして、背筋に悪寒が走った。
「あ、すいませんっ」
アイシャさんが我に返る。
「私、子供が好きなんですよ。ハイエルフの里には、子供はほとんどいませんから。だから、人間の子供を愛でるようになって。……里では変わり者扱いですけどね」
てへぺろ。
と舌を出す。可愛い。
しかし、俺の直感が囁いている。こいつはヤバい何かだと。
「ルルイェ様って、なんだか人間の子供のようですよね。小さくて、とっても……愛らしいです」
だから、「愛らしい」の部分の言い方が、妙にねちっこいのは、なんでなんだぜ。
「で、では、ごゆっくり」
「はい、ありがとうございます」
ハイエルフ然とした清らかな笑みの向こうに、底知れない闇がある気がしたが、下手に触れると呑み込まれる気がして、俺はそっと目を逸らし、階下へ降りていった。
そして、沐浴する水音に、そっと耳をそばだてた。
× × ×
「沈黙の魔女が動いた?」
城塞都市イルファーレンの中心に位置する、シャピール大聖堂。
不遜にも、その祭壇に腰掛けて、祈りを捧げるでもなく足をぶらぶらさせていた少年は、報告を聞いて鼻で笑った。
「……突然、前触れなく街に現れまして」
「それであんたら、まとめてフルボッコにされちゃったんだ。ウケる~」
まだ年端もいかぬ少年は、薄暗いせいか、服装が違えば少女に見間違えそうな美しい顔立ちをしていた。
そんな少年に跪き、報告をしているのは、鎧こそまとっていないものの、シャピール聖騎士団の団長その人である。
その光景を目にする者があれば、異様に映った事だろう。だが夜も更けたこの時間、礼拝堂を訪れる者はいない。
「なぜ、今現れたのでしょう? まさか、我々の計画が……」
「んー、それはないかなぁ。あのヒキコモリも、たまには外の空気を吸いに出てくるってだけでしょ。心配しなさんな。あいつは、首を突っ込んでこないから」
少年の断言で、騎士団長はほっとした表情を見せる。
「でももし、ひとたび沈黙が破られれば、覚悟する事だね」
団長の安心した顔を見て、少年は意地悪く言う。
「この街もろとも……ううん、国ごと吹っ飛ぶかもね。くくく」
「ご、ご冗談を。いくら古き者の一人といえど、そのような力は……」
「じゃあ試してみる?」
「それは……」
「ま、あいつは絶対に動かない。そういう性質なんだ」
「性質……?」
意味深な言い回しに戸惑う団長を無視して、少年は愉しげに薄ら笑いを浮かべた。
「だから沈黙の魔女なんだよ」
少年は、祭壇から飛び降りると、声を低めて言った。
「それで、計画の方は?」
「魔王軍がハイエルフの里を攻撃中とのことです。先日、ハイエルフの使者が救援の要請に参りましたが、知らぬ顔で追い返しました」
「それでいい。ハイエルフの相手は魔王軍にやらせよう。あいつら数は少ないけど、少々手強い相手ではあるからね」
歩き出した少年の美しい横顔を、窓から差し込む月光が照らす。
年相応の、屈託のない笑みが、薄闇に浮かび上がった。
「ただし、竜のアギトはぼくらがいただく。ふふ、享楽の幕開けはすぐそこだ」
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