第10話 古き者

 ナッツや木の実を干した物を、俺はちまちまと食べていた。

 エルフのお姉さんこと、アイシャさんが分けてくれた物だ。

 ハイエルフ的スタンダードな、旅の保存食らしい。美味いけど、おやつみたいであんまり腹はふくれない。


「タケル殿は、ルルイェ様の召使いなのでしょうか?」

「ええ、まあ。そんなところです」


 奴隷です。

 と面と向かってアピールできるほど、俺の神経は太くない。


「見ていましたよ、広場での大立ち回り。タケル殿は、棒術の達人なのですね。シャピール聖騎士団を、ほうき一本で蹴散らすなんて」


 ちょっとマジで「尊敬します!」って感じの目をされる。


「ま、まあ、俺くらいになればね。あの程度の雑魚はね。あははは」


 気分がよくて、つい嘘を言ってしまった。

 まあ、今後、あのような棒術を披露する機会はないだろうから、別にいいか。


「ところで、なんなんです? 古き者って」


 干しぶどうを摘まみながら、何の気なしに尋ねる。

 アイシャさんは驚いた顔だ。


「ご存じないのですか?」

「俺、つい今朝まで、こことは別の世界にいたもので」

「漂流者でしたか。それで……」


 俺の不思議な言動に、合点がいったようだった。


「では、この世界については、何もご存じないのですか」

「はい。全く」


 胸を張って答える俺。

 こんなに自信を持って人に伝えられる事は、そう多くはない。


「ならば、この世界の成り立ちからお話しなければなりませんね」

「三行でお願いします」

「……。ずっと昔、私たちハイエルフさえも生まれていない時代、世界は大いなる存在の手によって創られたと言われています」

「ふむふむ」

「しかし、そこにはまだ秩序は存在せず……」

「混沌としたスープのようなものだった」

「? ご存じなのですか?」

「いえ、ありがちな設定だと思って、つい先回りしてしまっただけです。続けてください」


 話の腰を折られて続けづらそうにしながら、アイシャさんはまた語り始める。


「大いなる存在が去った後、地上にはいくつかの種族が生まれていました。古き者たちです。彼らは争いながら、混沌とした世界を、少しずつ整えていきました」

「争いながら、というのは?」

「詳しい事は分かりませんが、この世界を形作る上での主導権争いがあったのではと言われています」


 なるほど。その結果が、今のこの世界の有りようだと。


「現在、地上に存在している種族は、その過程で生まれたとされています。中でも最も古くに生まれたのが、私たちハイエルフ。高い魔力と身体能力、永遠の寿命を持つ我々は、古き者に最も近しい種族だと言われています」


 心なしか自慢げだ。

 ハイエルフって他の種族を下に見てそうだなぁ。


「ルルたんは、その古き者ってやつの一人だと」

「はい」

「ふぅん」


 ポリポリ。

 ナッツうめぇ。


「いやいや、ないないない!! 誰っすか、そんないい加減な神話をねつ造したの!」

「ええっ!? 本当です、ハイエルフの里に千年前から伝えられている事ですからっ」

「百歩譲って伝承はほんとだとしても、あのちんちくりん魔女が、そんな偉い存在なわけ……だって、それって神様みたいなものでしょう?」

「はぁ、まぁそうですね。神殿を造ってまつっている種族もいます。本当に、そのくらいの力をお持ちですし」

「だったら味のあるおかゆが出せるはずでしょ」


 納得いかないので食い下がる。


「おかゆ?」

「あいつ、料理できないから、魔法で食べ物を出してたんですよ。それが味のないインスタントおかゆで、超まずいんですよ!」

「食料を魔法で出す? すごいじゃないですか! 無から有を生み出す魔法は最も高度なもので、魔法を極めた大魔法使いでなければ行えない秘術ですよ」


 そう言われるとなんか凄そうだが、それで出すのが、あの味のないクソまずいおかゆでは、飢え死に寸前でもない限り、ありがたみゼロだ。


「まあ、ルルたんの事はいいや。魔王って何者なんです?」


 とっくに三行過ぎているけど、気になるので尋ねた。

 すると、アイシャさんの表情が緊張で引きしまる。


「魔王……。それは、世界を闇の力で支配しようと目論む、邪悪な存在です」

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