第9話 さよなら、ワイバーン
「え、魔王軍ってほんとにいるの?」
その単語を聞いて思い出したのは、俺を転生詐欺にかけたあの黒服サングラスだった。
確か、魔王軍と戦うために俺を転生させてどうのこうのと言っていた。
詐欺だったわけで、全部嘘かと思っていたが、魔王というのは本当にいるらしい。
「我が里は魔王軍の攻撃を受け、今も戦闘が続いています。古き盟約を頼り、イルファーレンへ救援を求めに参りましたが、命短き者たちはすでに約束を忘れており、援軍の要請には応えられないと……。このままでは、里は滅びます」
「……」
ルルイェは、さっきから変わらず、威厳っぽいものを表現した顔をしてふんぞり返っている。
ただ、俺の背中で完全に遮られているので、エルフのお姉さんからは何も見えていない。
「しかし、事は我らハイエルフの存亡のみに終わりません。古き者がお一人、ルルイェ様ならばご存じでしょう。大樹海の最奥部、
「あのぅ、お姉さん? 真面目なお話をしている最中に水を差すようで申し訳ないんですが……」
深刻さの演出か、涙ぐみ、膝をついた状態でさらに俯いて悔しそうに語っていたエルフのお姉さんは、話の腰を折られて、ちょっと苛立った様子で顔を上げた。
「なんでしょうか」
俺は、ちょいちょいっと後ろを指した。
ふらふらとおぼつかない足取りで去っていくルルイェの背中があった。
「ああっ、ルルイェ様、どちらへ!?」
「……いっぱい人に会って疲れた。もう無理、帰る」
「お待ちを、ルルイェ様ぁ~~」
今すぐ家へ帰るんだというルルイェの決意は揺るぎなく、エルフのお姉さんと俺は、その後ろを追いかけるしかなかった。
感情の抜けきった能面のような顔のまま、無言で歩き続けたルルイェは、ワイバーンを待機させていた場所までたどり着いた。
「っっ――」
しかし、そこで待っていた物を見て、絶句する。
「おーい、どうした…………おわっ、なんじゃこりゃ!?」
無残な姿に変わり果てたワイバーンが、そこにいた。
なんたら聖騎士団の連中がやったんだろう、飛龍を象ったゴーレムは、完膚なきまでに破壊されていた。
「ぅぅ……ぅぅぅ…………」
がっくりと膝をつくルルイェ。
ぽとりと、トンガリ帽子が地面に落ちる。
そんなに大事にしているとは思わなかった。
物言わぬゴーレムとはいえ、一人であの塔で暮らすルルイェにとって、どこへ行くにもいつも一緒な友達のような存在だったのかもしれない。
「ルルたん……」
慰めの言葉もなく、項垂れる姿を見守る。
ルルイェはワイバーンの破片を一つ拾い上げ、その表面を撫でながら涙声で言った。
「首の後ろの付け根の部分……ここの、
うん。なんか悲しんでる方向性が、予想と違った。
「それ、自分で彫ったのか?」
こくん。肯定。
「精巧に作らないと魂が宿らないからとか、そういう魔法的な理由で?」
ふるふる。否定。
「……カッコいいから」
嗚咽混じりの吐露。
俺は、今にも大声で泣き出しそうなルルイェの背中を撫でながら、優しく声をかけた。
「そうだよな。大事だよな、カッコいいって。俺もネトゲやってる時、性能とは無縁の飾りにしかならない装備品を、わざわざ課金して買ったりしてたもん。クリスマスとかハロウィンになると売り出されるんだよ。運営に、まんまと踊らされてたってわけさ」
「ここの喉のところ……少し硬い毛が……生えてる。お尻にほくろがあって、そこからも一本だけ……」
「そうかそうか。ところで、なんで毛にばっかこだわるんだ? ワイバーンのカッコよさってそこだっけ?」
そんな俺たちを見て、エルフのお姉さんは、ただただ困惑していた。
「しかし、困ったな。ワイバーン壊されちまって、どうやって帰ろう。街に戻って馬車でも調達するか」
財布には、まだまだ余裕がある。
「グスン」
鼻を啜ると、ルルイェは立ち上がって、ぼそぼそと呪文を唱えながら杖で空中に大きな円を描いた。
すると、その円の内側に、別の空間が現れる。
ムスッとしながら、ルルイェは、黙ってその円をくぐって中へ入ってしまった。
俺とエルフのお姉さんも、慌てて後に続く。
穴の向こう側は、ルルイェの塔の二階だった。
「すげー……」
「空間転移ゲートですね。とても高度な魔法です」
エルフのお姉さんも、初めて見るって顔で驚いている。
「なぁ、なんで行く時は使わなかったんだ?」
「ゲートを開くには、その場所に一度行って、印を付けておく必要があるんです」
答えたエルフのお姉さんに、ルルイェは頷いて肯定する。
「だったら、イルファーレンの街に印を付けてから帰ってくりゃよかったじゃん!」
「?」
「そしたら、これから買い出しとか超楽になるし! ワイバーンでハデに移動しなきゃ、あいつらに見つかったりもしなかったんだぞ?」
「……」
そういえばそうだ。
という顔をしながら、だが俺の意見を認めるのはシャクだから黙っているルルイェと、
「買い出しに高位魔法を使うなんてとんでもない!?」
と、青い顔をするエルフのお姉さん。
「高位魔法だかなんだか知らんけど、俺が住んでた世界なんて、マウスを1クリックしただけで、翌日には荷物が届くのが普通だった。当日に届く事もあった」
俺はプライム会員だったからな。
「高度な魔法文明をお持ちだったのですね……」
「ほんと、今思うと魔法みたいだったなぁ。高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない、なんて言葉聞いた事あるけど、本物の魔法より便利だったかも」
抱えてきた荷物を降ろしながらぼやく俺を、エルフのお姉さんは唖然として見ていた。
ゲートを開く高位魔法で驚かない事に、驚いているらしい。
俺の側に、魔法のすごさ基準がないだけなんだが。
ルルイェはとぼとぼと、階段を上がっていく。
「どこいくんだ?」
「……部屋」
できうる限り親と会話したくない思春期の子供みたいな態度で、ルルイェは自分の部屋へと戻っていった。
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